《梨》羽蟲

冷たいタイルを這う羽蟲が死んだ。私が用を足している間の出來事である。一歩、二歩と重い足を運び、とうとう死んでしまった。目の前で命の絶えるのをみると改めて気づくのだが、常に何かが死んでいるようである。小學校の道徳では何秒に何人が死んでいるなどと言うけれども、実際に目の前で何人も死なれたわけではない。あれは噓なのか、はたまた死に気がつかないほど生きが多いのか。目隠しをされている気がする。死の予兆はきっと誰もがじるものだと思うが、ではあの羽蟲は死ぬとわかりながらどこへ向かおうとしたのだろう。とにかく私は、かたや用をたす命の前にひとつの絶命をみて怖くなった。

客席に戻りいくつかの皿を平らげ様々な會話をわした頃には、羽蟲のことなど微塵も覚えていなかった。し酒のまわった頭で、夜の道をあるく。一歩、二歩と重い足取りで自宅へと向かう。あの羽蟲のような男がショーウィンドウのガラスに見える。あんなに怖かったくせに、今まであいつを忘れていたことに気づき驚いた。でもまあ、なんというか、常に羽蟲を意識する人生など死んでいるようなものに違いない。死と隣り合わせという事実を意識していては生きていられないのだ。

ここへきてやけに、今日の自分の死への執著に気がつく。一歩、二歩、三歩、重い足を運ぶ。

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      つづく...
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