ムーンゲイザー 第3章
カーテンから差し込む強烈な日差しで私は目を覚ました。
もう朝とは言えない時間である。
部活がない夏休みは小學生以來だ。
思う存分、寢坊を堪能できる。
中學3年に上がり、進路を決めるとき、私は生まれて初めて「選択」というものを経験した。
本當は行きたい高校があったが、私の績では遠く及ばず、ミッション系の子高に進學すると決めてからはだいぶ楽になった。
験のプレッシャーから開放されたのはいいが、これで本當に良かったのか、私にはわからなかった。
その子校は特に行きたい訳ではなかったが、
母親が勤めている関係で小さい頃から何度か遊びに行ったことがある。
歴史のある學校で煉瓦造りの校舎がなんとも言えない風を醸し出している。
昔からおっとりした格だった私は
小學校學當時は男子の兇暴さに圧倒され、
行くのが怖かった。
母はそんな私をかにずっと心配していたようで、
私が進路に悩んでいた時期に私立の子校でのんびり過ごしてみてはどうか?
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と今回提案してくれたのだ。
果たしてこれでよかったのだろうか。
もうし頑張るべきだったのだろうか。
私は逃げたことになるのだろうか。
そんな疑問が湧いてくるが、
もう進路のことで悩まなくていいという魅力にはかなわなかった。
夏休みにると、
この気楽な生活が捨てがたく、
可い制服だし、子校生活楽しむのも悪くないか、
と前向きに考えるようになっていた。
そして、あの満月の夜以來、私の頭の中はあの男の子のことでいっぱいだった。
初めて見たとき、靜かに涙を流していたこと。
「ツムギ」という名前がすごく似合っていること。
こどもみたいに笑うこと。
夏が終わるとどこかに行ってしまうこと。
私が知っているのはそれくらいだった。
彼のことはまだほとんど知らない。
もっと知りたい、話したい、一緒に過ごしたい。
いろんな「もっと」が湧き出てきて、自分でも戸っていた。
その日は街まで出かけて、新しいジャージを買った。
白にピンクのラインがった、可いデザインだ。
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それまで使っていた陸上部の真っ黒なジャージを著る気になれなかったからだ。
ドラッグストアでいい香りのする制汗スプレーと付きリップも買った。
あー、これでお年玉使い切っちゃったよ、
と嘆きつつも心はワクワクしていた。
早くツムギに會いたい。
夕食後、新調したばかりのジャージを著ていつもの時間に家を出た。
ツムギはすでにいつものベンチに座っていた。
今日はイヤホンをしている。
今日もいた!
私の心は踴り出しそうだった。
彼は私に気づくとイヤホンをはずした。
「あれ?今日はなんか雰囲気違う。」
ツムギは笑った。
あぁ、なんて表をするんだろう。
彼の笑顔は破壊力抜群だ。
「ほんと?ふふ。」
ジャージを買ってほんとによかった。
いつものジュースを買ってベンチに座り、呼吸を整えた。
「ねぇ、何聴いてるの?それ。」
私はツムギが持っていたCDプレイヤーを指差して言った。
「これ?聴いてみる?」
と言って彼は片方だけイヤホンを貸してくれた。
ベンチに2人で座って一緒の音楽を聴いてるなんて、
よそから見ると人のように見えるだろうか。
鼓がどんどん速くなる。
ふと橫を見ると、ツムギの顔がすぐ近くにあった。
まつが長いんだな、つい見とれてしまう。
ツムギはいろいろ聴かせてくれた。
主に洋楽のロックが多かったが、
中には邦楽もあって私が好きなバンドの曲もあった。
「あ!これ好き!」
その曲は「スターゲイザー」という名前だった。
「俺も!
タイトルもいいよな。
星を見上げる人。
俺らはいつも月見てるから『ムーンゲイザー』だな。」
とツムギは笑った。
「俺ら」って言ってくれたのが嬉しかった。
なんだか隨分前からずっと一緒にいるような気分になった。
「『ムーンゲイザー』かぁ、、
なんだか素敵な響きだね。」
「月ってさ、毎日かたち変わるから、見てて飽きないんだよな。
見てると懐かしいじもして、俺って月からやってきたのかも、って思う事があるんだ。」
「はは。何それ?
かぐや姫?いつか月に戻っちゃうの?」
私が笑いながら言うと、
ツムギは真剣な顔をしたままだった。
彼がそんな顔をすると、ほんとに月に帰ってしまうような儚さがあった。
なぜだかわからないけど。
「かぐや姫ってさ、楽しいことや悲しいこと、いろーんなを知りたくて地球に來たんだよ。
でも、現実が辛すぎて、月に嘆くんだ。
『早く月に帰らせて』って。
で、月からお迎えが來ることになった時、
初めて後悔するんだよ。
もっともっと地球で、たくさんのことをじたかった。人生を思い切り謳歌したかった、と訴えるんだけど、もう遅いんだ。
天の羽を著せられると、喜怒哀楽すべてのがなくなってしまう。
そういう話なんだよね、ほんとは。」
2日前に出會ったばかりの私に何でこんな深い話をするんだろう。
やっぱり変な子。
でも、面白い話だな、と思った。
「そうだったんだ。
アニメ映畫でやってたよね、そういえば。
かぐや姫の犯した罪と罰ってそういうこと?
月に帰らせてくださいと願ったことが罪で、
強制的に戻されたことが罰なの?」
「俺はそう思ってる。
いろんな解釈があるけど。」
今日は特別靜かな夜だ。
今日は野球の練習はないみたい。
「だからさ、俺らはたくさんのことを経験して、いろんな想いをするためにこの地球に生まれてきたんだと思う。
現実をこなすのに大変で、みんなそれを忘れちゃってるけど。
ほんとはみんな知ってるんだ、心の深い部分ではね。」
なんで、會ったばかりの私にこんな話をするんだろう。
私、まだこの人のペースつかめないや。
私はし戸いながらも、ツムギの話に引き込まれていった。
「じゃあさ、みんな生まれてくる時はそれを知ってるってこと?
たくさんのをじたくて、たくさんの経験をしたくてんで生まれてきてるってことを?」
そういえば、しばらくそんなこと考えてなかったな。
ただ、毎日やることが決まっていて、辛いことも楽しいこともいろいろあるけど、なんとなく毎日が過ぎていて、なんで生まれてきたか、なんて立ち止まって考えてなかったな。
小學生の頃に時々なんで生きているんだろうって何度か思ったことはあったんだけど。
中學生になって、いろいろ忙しくていつのまにか考えることもなくなっていた。
「そうだよ。
みんなんでこの地球に生まれてきてる。
ちゃんと設定もしてきてるんだよ。
男なのかなのか。
家族はこんな人たちで、環境とかも全て。
だから、ゲームみたいなものなの。
自分が設定して、遊んでるだけ。
そう思うとさ、なんかおかしくならない?
めちゃくちゃ辛いこととかあってもさ、それ思い出したらなーんだ、って楽になるの。
そうやって今まで乗り越えてこられた。」  
ツムギはそこまで話すと、また月を見上げた。
その橫顔はき通るように綺麗で、凜とした強さもあって、
「ムーンゲイザー」という言葉がぴったりだと思った。
彼は今までどんな人生を歩んできたのだろう。
「ツムギくんはそういうの、誰かに教わったの?」
「うん。おじいちゃんに聞いたんだ。小さい頃に。
不思議な人でさ。
いつも面白いこと教えてくれた。」
「素敵なおじいちゃんだね。」
「うん、すごく。
でも、そのおじいちゃんも、もういないんだ。
よく2人で月を眺めてたからさ、満月とか見たら思い出して泣けてきちゃうんだよね。
ごめんね。
會ったばかりなのに、こんな話して。
自分でも不思議なんだ。
月の魔力ってやつかな。」
ツムギは笑ってそう言った。
「ううん、全然。」
そうか、あの日の涙はそうだったんだね。
「ほんとごめん。
しんみりしちゃったね。
でも人生は自分で決めてきてるってのはどうやらほんとみたい。
まぁ、信じてもら信じなくてもどっちでもいいと思うけど。
俺はゲームみたいなもんだって思うと楽しいから思ってるだけ。」
「あ、その話は面白いね!
しかも、よくわかんないんだけど、初めて聞いた話じゃない気もするの。
遠い記憶みたいなじで、どこかがモゾモゾしたの。
うまく言えないけど。」
「そう!そのモゾモゾしたじ!
俺も小さい頃からよくあったんだ。
うーん、なんかね、これ昔から知ってることだ、みたいな」
「わかる!
私も小學生の頃、たぶん暇だったからかな、なんで生まれてきたんだろう、って考えてた時期があって。
結局、答えは出ないまま、中學生になって忙しくなったから最近は考えることすらしなくなったけど。
今の話聞いてしっくりきた気がする。」
私がそういうと、彼はにっこり笑った。
「なんか嬉しい。
この話、ドン引きしない子に會えたから。
話してよかった。」
私も嬉しかった。
こういう話をしたいとどこかで思っていたのかもしれない。
自分の心の深いところにある扉が開かれたじだった。
その日はいつもより遅くなった。
「今日は早く帰らなくていいの?」
「あー!やべ!
またこんな時間?
あー、もういいやー、こっぴどく叱られるかも、だけど。
夕香子ちゃんと話すの楽しいから。」
はぁ、まただ。
この人の言葉はいちいち乙心を鷲摑みにする。
今のは完全に確信犯だ。
私は赤面して、何も言えなかった。
「遅くなっちゃったね、ごめん。
今日は家の近くまで送らせてください。
ここに座ってくれる?」
ツムギは自転車の荷臺を指差した。
私はドキドキしながら、自転車の荷臺に腰掛け、ツムギの腰をぎこちなく摑んだ。
自転車がき出すと、風が心地よかった。
ツムギの背中は意外に大きかった。
やっぱり男の子なんだな。
空を見上げるとし欠けた月が見えた。
男の子と自転車に2人乗りをした初めての日だった。
日記につけておこう、と私は思った。
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