《ムーンゲイザー》デート

次の日、起きてすぐに今日著ていく服を決めよう、とクローゼットを開けた。

こんな時に著る可い服を私はあいにく持っていなかった。

お年玉は新しいジャージに費やしてしまったせいで底をついていた。

あーあ、普段からおしゃれしておくんだったよ、と嘆いたが、そんなことをしても始まらない。

ダメだとは思いつつも、姉の部屋に忍び込み、クローゼットを漁ってみた。

デートにぴったりな綺麗なのワンピースが何著かあって、この時ばかりは姉の香子が羨ましくなった。

數枚のワンピースの中で特に目を惹くものがあった。

薄い緑のワンピースで、夏っぽいさわやかな素材がに心地よかった。

こんなの持ってたっけ。

姉の趣味にしては地味だったが、上品で綺麗なデザインだった。

鏡の前でその服をあててみる。

自分で言うのもなんだけど、よく似合っていた。

何も言わずに勝手に著るなんて、

バレた時が恐ろしいけど、姉は今日はバイトで夜まで帰ってこない。

しょうがない。

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あとで謝ればいいや。

だって、私には時間がないから。

昨日のツムギの言葉をふと思い出した。

夏が終わると彼はアメリカに戻ってしまうのだ。

思い出しては落ち込んでしまう。

「今この瞬間」を楽しむんだ、と彼は言っていた。

確かにそれができれば彼とのデートはもっと楽しく過ごせるだろう。

でも、私にはできない。

ずっと一緒にいられると思うから、

「今この瞬間」も楽しめるんじゃないか。

いつか會えなくなるとわかっていたら、

最初から彼を好きになることもなかったのだろうか。

いや、それはない。

私は初めて彼を見た瞬間にきっとに落ちてしまったのだから。

このままどんどん彼を好きになっていったら、私はどうなるのだろう。

寂しさに耐えられるのだろうか。

一つのことであれこれ考え過ぎるのは昔からの癖だ。

不安からを守るための私なりのなんだろうと思う。

考えすぎて余計不安に拍車をかけているのも事実だけど。

今はツムギのことで頭がいっぱいだ。

今までなら警告音が鳴ると、それはやめておくことにしていた。

でも、今回のことはちょっと違っていた。

これ以上彼を好きにならないようにブレーキをかけている自分と、夕方のデートに向けて踴り出しそうにワクワクしている自分が共存していて、私は困していた。

夕方、姉のワンピースをこっそり借りて、

いつものベンチに向かった。

今日は汗だくになりたくなかったから待ち合わせ場所まではバスで出かけた。

まだツムギは來ていなかった。

今日も自転車で來るんだろうか、それか歩いてくるのかな。

そもそも、うちはどこなんだろう。

あれこれ考えていると、

「夕香子ちゃん!」

と呼ぶ聲がした。

自転車に乗ったツムギだった。

白い半袖シャツにくるぶしまで折り曲げた水のパンツを履いて涼しげな素材の帽子をかぶっていた。

いつもよりお灑落をしているようだった。

かっこいい、、心の中でつぶやいた。

「夕香子ちゃん、今日はいつもと雰囲気違うね。

なんかの子らしいし、ちょっと張するよ。」

と彼が言ったので、私は恥ずかしくて顔から火が吹きそうになった。

「だって、私いつもジャージだもんね。」

照れ隠しで私は言って、2人で笑った。

その日のツムギは本當に素敵だった。

夕方に見ると、薄いの瞳と栗の髪がより明るく見えて、どことなく外國の匂いがした。

「ねぇ、暑いし、カキ氷食べに行かない?」

と言って、ツムギは荷臺を指差した。

2人で乗るのは2回目だ。

今回もよそよそしく荷臺をつかんでいると、

「ちゃんとつかまってて。

この時間は自転車多いから危ないんだ。」

と手首を摑まれ、ツムギの腰に手を回す格好になった。

彼の背中にぴたりとをくっつけながら、私の心拍數は一気に上がった。

疎水沿いの緑のトンネルは自転車で走り抜けると爽快だった。

風が気持ちよかった。

疎水をずっと走ると有名な桜の名所にたどり著く。

夏は濃い緑に覆われ、なんとも気持ちのいい遊歩道になっている。

そこからもっと進むと、古い寺に続いている。

有名な寺で、シーズンになると全國から観客が訪れる。

ツムギは寺のり口の近くに自転車をとめた。

「この寺の裏に店があるんだ。」

と彼は言った。

2人で並んでしばらく歩く。

私のの鼓はずっと鳴りっぱなしだった。

緑に囲まれたその道はしひんやりとしていて、火照ったに心地よかった。

「ここだよ。

今日やってるー!よかった!

ここは店主の気まぐれで、やってない日も多くてさ。」

その店はこぢんまりとした2階建の木造の建で、なんとも風のあるお店だった。

るとの人がニコニコと迎えてくれた。

2人は散々悩んで、やっとオーダーを済ませ、2階のカフェに上がり、向き合って座った。

も趣きのある、レトロな裝で、

どっしりとした木でできたテーブルと椅子が並んでいた。

お客さんは私たちの他には誰もいなかった。

大きな窓からは夕が差し、緑が見えてなんとも気持ちがいい。

そう言えばこうやって向き合う格好はあまりなかったかもしれない。

いつも隣に座るか、自転車に2人乗りだから。

正面から見ると、ツムギはまた違う魅力があった。

笑うとあどけないが、時折見せる真剣な表の時にはぐっと大人に見えた。

何人も同居してるような、不思議な顔だ。

「ここのはほんっとおいしいの!

氷がフワフワで!

この夏はよく食べたなぁ、、」

「へぇ、私知らなかった。

わりと近所なんだけどね。」

やがてかき氷が運ばれてきた。

ツムギの言う通り、氷はフワフワで上に乗った桃の果実とシロップがほどよい甘さだった。

「何これ!

こんなおいしいかき氷、生まれて初めて食べたよ!」

私がしていると、

「でしょ?

本當においしいでしょ?

これ、食べてる時、他のこと何も考えられないくらい、夢中になるんだよね。」

と本當に夢中で食べていた。

その様子を見て彼の言う「今この瞬間を楽しむ」というのはそういうことなのかな、としわかった気がした。

ツムギは私の知らないことをたくさん教えてくれる。

どういう人生を歩んできたのだろう。

彼への興味が止まらない。

でも、今は目の前のかき氷に集中しようと、意識を戻した。

夢中で食べたかき氷は本當においしかった。

普段、私はここまで食べものを味わっているだろうか。

頭で関係ないことを考えながら、なんとなく口に運んでいるだけなのではないだろうか。

食事一つとっても「今この瞬間を楽しむ」という事はできていないんじゃないだろうか。

かき氷を食べて満足した私たちは店員さんが持ってきてくれた溫かいお茶を飲んだ。

冷えたが溫まり、心もほんわかした。

「ねぇ、夕香子ちゃんはみんなにどう呼ばれてるの?」

突然、ツムギが聞いた。

「え?うーん。

友達からはゆかこ、って呼ばれてるかなぁ、、」

「俺も夕香子って呼んでいい?

平仮名じゃなくて漢字で夕香子ね。」

「えー?

平仮名も漢字も呼ぶ時は一緒じゃない?」

夕香子は笑いながら言った。

「違うよー。

すごく大事だから、それ。

夕香子って漢字、すごいいいから。」

「うん、いいよ。

夕香子って呼んで。」

「よかった。

アメリカってさぁ、『ちゃん』とかつけないから、呼び捨てなんだよね。みーんな。

だから、『ちゃん』に慣れてなくてし恥ずかしくて。」

ツムギは照れながら言った。

「じゃあ、私も『ツムギ』って呼んでいい?

もちろん、カタカナで。」

「いいねー。ぜひカタカナでお願いします。」

ツムギに呼び捨てにされて、夕香子は恥ずかしくなったが、一気に距離がまったみたいで、嬉しかった。

木の香りのするお店でツムギと2人、お茶を飲んでおしゃべりをしている。

なんて落ち著くんだろう。

この時間が永遠に続けばいい、と私は本気で思った。

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