《ムーンゲイザー》生い立ち

ツムギが出発するまでの一週間、私たちは毎晩同じベンチでたくさんの話をした。

その日も2人でベンチに座ってグラウンドの野球の練習を見ていた。

何かの流れでお互い家族の話になった。

「夕香子はどんな家で育ったの?」

「うちは平凡だよ。

サラリーマンのお父さんと高校職員の母、2つ上のお姉ちゃん、の4人家族だよ。

お父さんは社的でお酒が大好きで明るい人だけど、怒るとめちゃくちゃ怖いの。

小學校の頃はほんとひどくて、夫婦喧嘩も絶えないし、離婚の危機も何回かあったみたい。」

「ふーん。夫婦喧嘩は辛いよね、よくわかるよ。

子供の前では仲良くしててほしいよね。

親が仲悪いのって子供にしたら結構恐怖だからさ。

自分の存在さえ否定し兼ねないから。

で、今はどうなの?」

「今はちょっと落ち著いたけど、お父さんあんまり家にいないから3人家族みたいなもんだよ。

お母さんはすごい優しくて、子供たちも前ではどんなに疲れててもニコニコしてて、あんなお母さんになりたいな、って心から思ってる。

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あんな大変なお父さんとよくやってきな、って尊敬してるよ。

ツムギのうちは?」

私はしドキドキしながら聞いた。

「うちはね、、うーん、いろいろ複雑で。 

俺の母さんね、昔から自由奔放な人でさぁ、5歳くらいの時かなぁ、好きな人ができて父さんと俺をおいて出て行っちゃったんだよね。」

初めて彼の過去を知る時が來た、と私は構えた。

「で、そのまま消息不明。

父さんは仕事バリバリしてる人だから俺を育てられなくて、一旦おじいちゃんとおばあちゃんに引き取られて山で暮らしてたことがあったんだ。」

そこまで言うと、ツムギは空を見上げた。

「山で見る星がすっごい綺麗で。

これの倍以上はあったかなぁ。

畑仕事手伝ったり、山の中を探検したり、同い年くらいの子が何人かいて冒険ごっこしたりね、楽しかったなー。

勉強はほとんどしてなかったけど。」

ツムギは遠くを見ながら懐かしそうに笑った。

そうか、期に自然の中で育ったんだ。

山で駆け回る年の頃の彼を想像した。

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「おじいちゃんは元々、畫家だっだから、いつも絵を描いていた。

おじいちゃんが描いてる隣で俺も絵を描いてたんだ。

今でもよく描いてるよ。

落ち著くんだ、絵を描いてると。」

「ツムギが絵を描いてるところ、見たいな。」

「え?俺の絵じゃなくて?描いてるところ?」

「うん。もちろん絵も見てみたいけどね。」

真剣な表で描いてツムギも素敵だろうな、と想像してし恥ずかしくなった。

「でも、山の暮らしも4年で終わっちゃったんだ。」

ツムギはし寂しそうに言った。

「再婚した母親がひょいっと現れて俺を引き取りたい、って言い出したの。

すごいでしょ?

ここからが急展開。

俺もおじいちゃんも反対して、絶対行かない、って言ってたんだけど、ちょうどその頃おじいちゃんが病気で倒れちゃって。

もう山では暮らせなくなったんだ。

だから、おじいちゃん、おばあちゃんは元々住んでた家に戻ることになって、俺はそのタイミングで母親に引き取られることが決まったんだ。

おじいちゃんは俺の母親、まぁ自分の娘なんだけどね、あんまりまだ信用してない部分があったみたいだけど、昔よりは落ち著いたし、まともに生活しているし、しぶしぶ了承して、俺は母さんと再婚相手の男と暮らすことになったんだ。

で、そこからが地獄。

新しい男は暴力振るうやつでさ。

何度か殺されかけたんだ。

その時ばかりは本當に母親の男の見る目のなさを呪ったね。」

ツムギはそんなディープな話をさらっと可笑しく話した。

「で、命からがら逃げて母親と2人でしばらく貧乏生活してたんだ。

大変だったけど、なかなか新鮮で面白かったよね。

自炊も完璧に覚えたし。

で、俺が10歳の時におじいちゃんの病気が悪化して亡くなった。

続けておばあちゃんも逝ってしまって。

その頃、いろんなことが起こって正直あんまり覚えてなくて。

おじいちゃんが俺の心の支えだったからさぁ。

もうどうやって生きていけばいいかわからなくなって、學校にも行けなくなったんだ。

ずーっと家にいて絵描いたり、本読んだりしてた。

母親も神的にいろいろ辛かっただろうけど、俺を食わすために観ガイドみたいな仕事に就いて必死に働いてた。

昔、留學してたこともあって英語だけは得意だったんだよね、母さんは。

で、勤め先で知り合ったアメリカ人とに落ちちゃうわけ。

今度の人は本當に大丈夫なのか、さすがに警戒したね。

でもしばらく一緒に暮らしたけど、本當にいい人だった。

學校に行ってない俺のこと心配していろいろ楽しいところに連れて行ってくれたり。

で、12歳の時に母さん、その人と2度目の再婚して俺も一緒にアメリカに引っ越したんだ。

ニューヨーク郊外なんだけど、わりとのんびりしてていい所なんだ。

ただ、言葉とか全くわかんないからね、最初は。

いじめられたし、辛いこともあったよ、いろいろ。

でも、今の父さんは本當にいい人。

母さんのことも俺のことも本當に大切にしてくれてる。

母さん、ようやくいい人に出會えてよかったよ。

學校でバスケチームにったのがきっかけで友達もできたし、今はほんと毎日楽しい。

2歳の弟もいるんだ。

思い切りハーフの顔だから全く似てないけど。」

ツムギは笑った。

「ざっくり話すとこんなじです。

ひかれるかな、と思ってあんまり話したくなかったけど、今日はなぜか話したくなったんだ。」

ツムギは雰囲気や話すことも普通の男の子とは明らかに違っていたし、どんな人生を送ってきたのだろう、と會ったその日から私はずっと気になっていた。

彼の過去を知って、やはり壯絶な人生だったのだ、と思うと同時に平凡に生きてきた自分とは全く違う人生を歩んできた彼との距離をじ、寂しい気持ちにもなった。

私はなんて言ったらいいか、わからなくなってしばらく黙ってしまったが、

「話してくれてありがとう。」

とだけ言った。

素直に嬉しかったからだ。

きっと彼も勇気を出して言ってくれたに違いない。

私は興味本位で彼の過去を知りたいと思った自分が恥ずかしくなった。

こんないろいろあったのに、ツムギはなんともなかったようにサラリと話すのだ。

まるで映畫のストーリーを話しているような。

「ツムギは強いんだね。

私だったら、そんなに辛い過去を客観的に話せないと思う。」

「強くないよ、俺は。

ただ、考え方を変えただけ。

人生は『ゲーム』なんだと思うようにしたんだ。

俺だって、いろいろしんどかったよ。

なんでこんなことばかり起こるんだろう。

人生って辛いことだらけじゃん、って。

でも、小さい頃におじいちゃんが教えてくれたんだ。

人生は自分で決めてきたゲームだから。

いろいろなことを設定して生まれてきたんだよ、って。

だって、ゲームしてて何も起こらないで終わったって面白くないでしょって。

いろいろな敵が現れて、その度に武買ったり、仲間集めたりして、闘いに勝っていくから面白いんだって。

失敗してもやり直すことができるしね。

辛いことを乗り越えた時、前とは違う景が見えるんだ。

辛いことがあるたびにその言葉を思い出してた。

そしたら、なーんだ、ゲームかって。

ホッとするっていうか、肩に力がってたのがゆるむ、みたいなじで楽になるんだ。

おじいちゃん、年寄りのくせにゲーム好きでよく2人でやってたなぁ、、」

ツムギは懐かしそうに目を細めた。

彼は數えきれないくらい、辛いことを乗り越えてきたのだろう。

おじいさんの存在が今も彼の支えになっているのがわかった。

「あ、そうそう、おじいちゃんの元の家が今、俺が一時滯在してる家ね。

ここから自転車ですぐなんだけど。

今は母さんのお兄さん一家が住んでる。

叔母さんがすんごい心配でさ、門限厳しいの。

預かってる間、俺になんかあったら大変だからって。

15歳の男だぜ。

あーだこーだ言われるのも面倒だったから最初は急いで帰ってたけど、夕香子と會ってからはもう門限いいや、と思って。

何回か破ってたら叔母さんも諦めたみたい。」

ツムギは笑って言った。

「そっかぁ。

だから最初大慌てで帰ってたのね。

なんでだろ、って思った。」

「叔母さんには大學生と高校生の息子がいて、そっちは結構放任で育てたみたいだけどね。 

ほら、なんせ俺の母さん、普通じゃないからさ、その息子も変だろうって思われてなんか事件とか起こさないか最初は警戒されてたんだよ。」

「その2人息子はツムギの従兄弟ってこと?」

「そうそう。

大學生の方はもう家出てるけど、高校生の従兄弟はほんとの兄貴みたいなじですごい仲良いよ。

 

バンドでギター弾いててさ、カッコいい兄さんだよ。いろんな音楽教えてくれるし、この夏は野外フェスも一緒に行ったし。」

「へぇ、楽しそう。

ツムギはきっと今までいろいろあっただろうけど、今はすごく楽しいんだね。」

「うん、ほんと楽しい。

母さんが幸せそうなのが本當に嬉しいの。

2歳の弟もすっごい可いし。

生きててよかったなって思うよ。」

ツムギは満面の笑みで言った。

その言葉は彼が発すると、重みをじた。

私もつられて笑顔になった。

ツムギの過去を知って、自分とはかけ離れた人生を送ってきた彼との隔たりをじたりもしたが、

自分の辛かった過去を教えてくれたことが嬉しかった。

彼は大事な話を私にしてくれた。

それだけで十分だ。

心臓の音がドキドキ音を立てていた。

時折、涼しい風が吹いた。

夏はもうすぐ終わりそうだ。

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