「ねえ、加奈。また、教室に行かない？」

ある日、尋ねられたが、はすぐに答えられなかった。

「でも⋯⋯」

「大丈夫。今度は、私が付いてるから。行きづらいのは、私たちのせいだよね。分かってる。でも、私が付いてるから、どうか安心して。」

の友人は、笑顔でそう言った。

翌日、は教室のドアの前に立っていた。は、一度ゆっくりと深呼吸をして、ドアを開けた。

「おはよ、加奈」

の友人の聲で、他の生徒も「おはよ」と、に言った。

「おはよう」

は、笑顔で言った。

それから數ヶ月後。は、熱夜の薄暗い夜道を、一人で歩いていた。履きなれない下駄で、急ぎ足で何度も転びそうになりながらも、何とか転ぶことなく、目的の場所に辿り著いた。

「おーい、加奈！こっち！」

聲のした方を見ると、浴姿の友人が、大きく手を振りながら、の事を呼んでいた。

は、自分の走ってれた浴を直しながら、友人の元へ急いだ。

その日、はこの友人と、神社で行われている夏祭りに來ていた。保健室で話していたあの日から、二人は良く一緒にいるようになっていた。

かき氷にクレープ、綿菓子、的、金魚すくい。達は、この友人と友達になれて良かった、と心から思った。それは、この友人も同じだった。

夏祭りも終盤を迎えた頃、の友人がの手を引いて、二人は走った。夏祭りに來た時のように、は何度も転びそうになった。

夏祭りの會場である神社の裏のごく小さな山。その山の中ほどの小さな広場、そこでの友人が足を止めた。ここがの友人が、を連れてきたかった場所だった。

「なんで、ここに？」

は尋ねた。

「ここはね、この夏祭りの最後に上がる花火が凄く綺麗に見えるんだよ。誰にも教えてなかったんだけどね」

の友人は、笑って答えた。

「じゃ、私たち二人のの場所、だね」

は笑顔で言った。本當に嬉しかった。

「そうだね」

の友人も、笑顔で答えた。の友人も、と同じ気持ちで嬉しかった。

ほどなくして、一発目の花火が上がった。とその友人は、二人だけの靜かな空間で綺麗に上がる花火を見た。は、こんな時間がもっともっと長く続けばいいな、と思った。それは、の友人も同じだった。たちの中で、その年のたった數発の花火は、どんな大きな花火大會よりも、どんなに大きくて綺麗な花火よりも、綺麗だと思った。

小さな町の、小さな夏祭りの最後に上がるたった數発の花火。だけど、たちには、かけがえのない思い出になった。

花火も終わり、帰り道。

「加奈」

し前を歩いていた友人が振り返り、友人は、の名前を呼んだ。

「なぁに？」

は友人に尋ねた。

「私、加奈と友達になれて良かったよ。なんで、あんなことしちゃったんだろ。ほんとごめん」

はそれを聞いて、可笑しそうに笑った。

「いいんだよ、もう、そんなこと。私、あの日、保健室に凜花が來てくれて、謝ってくれて、ほんとうに嬉しかったんだ。あの時は、ありがとね」

の友人は、ほっとしたように笑って前を向いた。

「これからも、ずっと友達でいようね」

夏祭りの最後に買った、ラムネ瓶の中のビー玉を落とすと、泡が吹き出た。たちは、真っ暗になった道を二人で、歩いていた。たちの手には、開けたばかりのラムネ瓶が握られていた。

それから數日後。夏休みの明けた、始業式の日。は、いつもより遅れて學校に來た。

「おはよー」

──しかし、いつも真っ先に返ってくるの友人の聲がなかった。そして、教室を見渡しても、彼の友人の姿はなかった⋯⋯。