「おはよー」

はそう言うが、いつもは真っ先に返ってくるの友人の聲がなかった。

教室を見渡しても、友人の姿は見當たらず、風邪でもひいたのだろう、とは思っていた。

そのころ、の友人は、病院のベットにいた。たくさんの管や、機械に囲まれ眠っていた。そのベットのそばでは、は友人の母親が椅子に座っていた。

の友人は、夏休みが終わる數日前の夏祭りの帰り道、事故にあった。それからずっと目を覚ましていないのだ。幸いにも命には別狀は無く、醫者によると、數週間もすれば目を覚ますという。

♢

始業式から數日が過ぎた。の友人は、になんの連絡も無しに、続けて休む事がなかった。不思議に思ったは、友人の家を尋ねた。

「凜花なら、今、病院に院してるよ」

は、友人の兄からそう聞いた。そして、直ぐには、聞いたその足で、教えて貰った病院へ向かった。の友人は、病室で変わらず、たくさんの管や機械と共に眠っていた。

「あ、加奈ちゃん」

そう言ったの友人の母親は、娘の事故後つきっきりで病院にいたからか、いやに痩せていた。

「凜花、事故に遭っちゃって。もうすぐ、二週間になるの」 

友人の母親が、小さな聲で言った。は、何も返せずに、ただただ友人を見つめ、茫然としていた。

それから、は毎日のように、病院に通った。學校でのことを、眠ったままの友人に話した。聞こえているかは、分からなかった。

だけど、友人が目が覚めるのを信じて、毎日話に來た。

ある日のこと。は、學校終わりに友人の病室に行った。椅子に腰掛け、今日あったことを話し始めた時、の友人が、ゆっくりと目を覚ました。それは、の友人が事故にあって、三週間が経った頃の事だった。

「凜花、凜花！」

は、何度も友人の名前を読んだ。友人も、それに反応したのか、の方を見た。そして、ゆっくり口を開いた。

「あなた、誰、ですか」

は、一瞬、何を言われたのか分からなかった。の友人が忘れてしまったのは、の事だけだった。すぐに醫師が來て、はいくつか検査をけた。だけど、その原因ははっきりと分からなかった。

それから二ヶ月。の友人は、外傷はあまりなかったため、學校に復帰した。この日もは、いつもよりし遅れて學校に來た。

教室のドアを開ける直前、教室から話し聲が聞こえてきた。

「ねえ、凜花。加奈の事忘れちゃったって、ほんと？」

笑いながら言われたその言葉に、は開けるのを止め、聞き耳を立てていた。

「ああ、うそうそ。もう、うんざりしちゃったんだもん」

そう答えた聲は、紛れもなくの友人のものだった。

は、頭が真っ白になるのをじた。は、ドアを開けることを止め、走った。靴の踵を踏みつけたまま、全力で走った。いつもより遅く來たとはいえ、ほとんどの生徒は登校さえしていない。は急いで家路に著いた。

家に著くなりは、制服姿のまま、部屋にこもった。

「加奈、學校行かないの？」

の母親が、聞いていた。

「行かない」

は、小さく返した。

それから一週間後。にとっては、一週間ぶりの學校だった。

「おはよー」

は、教室のドアを開けた。

なんの変化もなく、クラスメイトは口々に挨拶を返してくれる。

「おはよ、凜花」

いつものように、いつものように、と心の中で言い聞かせながら、は、友人にあいさつした。

「お、おはよう」

の友人は、戸ったように返した。

休み時間。また、話し聲が聞こえた。

「なんなの、あいつ。忘れたってのに、話しかけるって」

「ほんとだよね。でも、加奈、これが噓だって知ったら、悲しむんじゃない？」

「あ、最近休んでたの、この前の話、聞かれたからかもよ」

「かもねー。まあ、別にどうだっていいけど」

大きな笑い聲が響いた。その中には、の友人の聲もあった。

は、辛かった。いつから、そんな風に思われていたのだろう、と、悲しかった。

それでもは、翌日も、知らないふりをしながら、の友人にあいさつをした。話しかけた。

それから、何日も何日も、同じようにあいさつをして、聲をかけた。

「おはよー」

「おはよ」

「次の授業、なんだっけ」

「か、科學、じゃ、なかったかな」

「あついねー」

「そう、だね」

⋯⋯⋯⋯

聲を掛ける容なんて、話す容なんて、なんでも良かった。ただ、は、の友人と話すだけで良かった。でも、その度に、自分に対する愚癡や文句が聞こえてくるのが、はただただ辛かった。だけど、は、それに耐えよう、と思った。は友人を、しでも信じていたかった⋯⋯。