《永遠の抱擁が始まる》第三章 最初の抱擁が始まる【五千年の約束2】
「──かのようにし、その二人は園から追い出され、この地に住まうことになったのです」
「それで、裏切りの魔王はどうなったのじゃ?」
「彼もまた、男と同様にこの地に墮ちました。力の全てを奪われた後に」
「では今もどこかにいるのか、魔王は。興味深いのう。是非とも逢ってみたいものじゃ」
 
そして王が玉座から立ち上がります。
彼がその言葉を発するのは初めてのことでした。
 
「そなたの話は面白い。もっと聴かせよ」
 
特に悪い點のない娯楽、または王にされた指摘を綺麗に切り返せた表現者はそれまでにも何人かいて、そういった賢き者は死に追い込まれることがありませんでした。
しかし、王から賛の言葉をかけられた者や他の作品を求められた者はというと、それまで一人たりともおりません。
次の話を所された青年が幸運かどうかは判りませんが、彼は王にとってとても珍しく、特別な者であったようです。
 
「承知いたしました。それでは、そうですね。太古にあった戦爭の話などいかがでございましょう? ある王が大剣を振りかざし、たった一人で様々な國を制してゆく語にございます」
「よし、話せ」
 
青年の語る語は、王の興味を非常に駆りたてました。
ある話は新鮮で、ある話は痛快。
またある話は刺激的で、ある話は神に満ちています。
青年は次々に語を繰り広げてゆきました。
 
當初は椅子に深く腰を下ろし、軽く頬杖をついていた王ですが、いつしかを乗り出し、その目を大きく見張って青年の話に沒頭してゆきます。
 
「つまり彼が男裝を解かれたのも、落下するところを助けられたのも、全ては父親に殺されるこの日のためだったのでございます」
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「なるほどのう。では常にの恰好をさせれられていた弟のほうはどうなったのじゃ?」
「彼はその後、姉にり代わって男として生きることとなり、終いには父親の財を継ぎました」
「ほう、無なりにもよく頭の回る親じゃ」
 
あくる日もあくる日も、青年は語を語ります。
王は人を悶絶させたい衝など忘れ、ずっと耳を傾けています。
青年はまるで竪琴を奏でるかの如く、流れるように言葉を紡いでゆきました。
 
「その男は言葉が足りないばかりか人の話さえも解しません。しき姫は道理に合わぬことを許しませんから、その商人をひっ捕らえ、痛み渦巻く地下の部屋へと連れました。
男はこれから自分のに降りかかる苦痛を予し、止めてほしいと哀願します。自分には大切な一人娘がいるのだと。結婚したばかりで子を宿しているのだと。だから無傷で帰りたいのだと申し出ます。その言がまたしても説明になっていなかったので、姫は怒りのあまり笑いました。
『孕んだ娘がいるから無事に帰りたい? 意味が解らんわ! 娘がいようといまいと関係なかろう! そんなに許してほしいならこの十五本の手投げの矢を全てあの的に當てよ』
指差す先には壁があって、そこはとりどりに塗られています。花畑のようなその壁には丸い印があって、的として盛り上がっておりました。的は大の大人が両の手を結んで作ったほどの大きさです。そこにはいやらしく笑う魔人の絵が描かれてありました。
姫が合図をすると楽団が高らかに気な曲を奏で、姫は男に『心して遊戯せよ』と命じました。
一投、また一投と商人は小さな矢を投げてゆきます。一本でも外れてしまえば殺されてしまいますから、その様はとても必死でござました。
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ところが、途中で投げた矢が的に刺さらずに床へと落ちてしまいます。商人は青ざめて『お許しを』とひれ伏しました。しかし意外にも姫は寛大で『気にするな。一投ぐらい大目に見てやろう。今一度投げよ』と自ら矢を広い、男に手渡してあげるのです。
商人はそれで安堵し、やがて全ての矢を的に當てました。
『見事じゃ!』と姫が手を叩きます。男はそれでさらに安心しました。しかしすぐ、男は大きな聲で泣きじゃくることになるのでした。
明るい曲が止まり、兵士たちが彩りかな壁をどけると、そこには若いが柱に括りつけられているのが判ります。
姫が高らかに言います。『娘がいるから無事に帰りたいのか、娘が子を宿しているから無事に帰りたいのか、おぬしの言いたいことがさっぱり解らぬが、両方ともいなければ問題なかろう? おぬしが自ら排除したのじゃ。これでもう、家に帰らずともよいな?』
男が的だと思って矢を突き立てていたは、落書きを施された一人娘の膨れた腹だったのでございます」
 
その話をとても不思議に思ったので、王は問いました。
 
「そなた、その話は本當に自分で作った語か?」
「その問いに答える前に、わたくしに遊戯の提案をさせていただけませぬでしょうか?」
「許そう。なんだ?」
「質問の合戦にございます。王様の問いに答えたら、今度はわたくしの問いに貴様がお答になる。これを互に繰り返すのです」
「ほう、面白い。乗ってやろう」
「ありがたき幸せ。では先の問いの答えを申し上げさせてくださいませ。今させていただいた噺は、わたくしの想像によるものではございません」
「ふむ。では、そなたが問う番じゃ」
「お訊ねします。何故、この噺が私の作ではないと気づかれましたか?」
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「心當たりがあるからじゃ。では、わらわの番じゃな? そなたの語、必ず最後に人が死んだり國が滅ぶのう。何故じゃ?」
「そこにお気づきになるとは、王様の才にはつくづく思い知らされます」
「世辭も達者よのう」
「わたくしの語はわたくしが考え出すものではなく、亡骸が教えてくれるのでございます」
「亡骸が? どういうことじゃ?」
「恐れながら申し上げます。王様、問いは互とさせていただいております」
「おお、そうだったな。今のはわらわの失言であった。許せ」
 
ただの平民に謝罪をするのは初めてのことでしたが、王は何一つ嫌な気がしません。
そのことが自分でも不思議でした。
 
「お訊ねいたします。王様は、今まで殺めた者のことを覚えておられますか?」
「忘れることもあれば、思い出すこともある。で、 亡骸がそなたに語を伝えるとは、どういうことじゃ? 詳しく申せ」
「は。王様に癒しの力があるように、わたくしにも特別な力がございます」
「ほう」
「人の亡骸を見ると、その者が生前にどのような道を歩んでいたのか、まるで自分の思い出であるかのように知れてしまうのです。例えその亡骸が白い骨になり、果てていたとしても」
「なるほどのう。それで今の噺にも納得がいく。そなた、わらわが処刑し、野ざらしにしておいた男の亡骸を見たというわけか」
 
王はそれで、責めに責め抜いた商人のことを思い返しました。
ささくれのような細かな返しの棘がたくさん付いた鉄の棒で、何度も何度もを犯したときの、あの男の表といったら。
気を失う寸前に下郎の傷を癒し、再びを傷つけ、失神に功されたら今度はへそのに木の枝を突き刺して起こす。
そんなことを何度繰り返したことか。
 
王はかすかに吐息をらし、足を組み直しました。
自分がっているのが自分でも判ります。
 
「遊戯は止めじゃ」
 
王はまじまじと青年のを眺め回します。
彼は若く、たくましく、眼に力がありました。
 
「そなた、わらわの夜の相手をしてみるか?」
 
一國の長が庶民にを委ねるなど、今までに例がありません。
しかし王は続けました。
 
「わらわに面白い噺を聴かせた褒じゃ」
 
椅子からゆっくりと立ち上がり、留めていた黃金の髪をほどくと、王はの眼で青年の首筋に手を添えます。
 
「誰もが羨むこの、抱いてみい」
 
しかし、なんとしたことでしょう。
青年は片手を挙げて王を制してしまうのでした。
 
「お斷り申し上げます」
 
まさか拒絶されるとは思っていなかったので王はわずかに驚き、また同時に殘酷なを表に浮かべます。
 
「おぬし、怖気づいたか? それとも自分には勿ないと判斷したか?」
 
答えによっては青年に命はありません。
王は腰に下げた鎖に手を添えました。
 
青年は、まっすぐに王の目を見つめます。
 
「わたくしとわれば、貴様が死んでしまうのです」
「なに?」
 
思いもよらぬ答えでした。
 
「わらわが死ぬとな?」
「はい」
「何故じゃ」
「わたくしの病が移り、王様のを汚してしまうからです」
「ほう。そなた病気か」
 
それならば問題が大きくありません。
王は鎖の柄から手を離します。
 
「そなたは運が良い。わらわ自らが特別に治してくれようぞ。どこが悪い?」
 
ここかここかと王は青年のを、腰を、背に手をやります。
すると王はたじろいて、青年の顔を、頭を、手を、足を、指を、隅々にれてゆきます。
 
「なんじゃこれは! 良いところなど一つもない! そなた、全を冒されておるではないか!」
 
すると青年は寂しげに微笑みます。
 
「わたくしはを患っているのでございます」
「だと!?」
 
王にとってそれは聞いたことのない癥例でした。
 
「治しても治しても、悪いがすぐに良いを汚してしまいます。わたくしの命はもう長くはないのです」
「なにを馬鹿な! 試しもせずに何故判る!?」
 
青年の服をがせ、王はその板に両手を置いて念を込めます。
治しても治しても良くなったそのはを流れてしまい、すぐに悪いと混ざって汚れてしまいます。
王は狼狽しました。
 
「わらわの治す早さが足りぬのか……」
「自分のにあるこの悪い予、勘違いではありますまい」
「そなた、死ぬのか」
「はい。近いうちに、必ず」
「死ぬると人はどうなるのじゃ?」
 
今まで散々人を死に追いやっておきながら、そんな疑問は今の今まで持ったことがありません。
王は若き男にすがります。
 
「教えよ。人は死んだあと、どこへ行く?」
「生まれ変わって別の者となり、再び生きます」
「ではそなたが死んだらすぐに生まれ変われ。そしてわらわを訪ね、面白い語をもっと聞かせるのじゃ」
「それは葉いません」
「どうしてじゃ!?」
「次に生まれるときには、今のことを全て忘れてしまうからです」
「そうだ! そなたの、全て移し替えしてしまおう! この國には腕の良い醫者だって大勢おる! も屑どもから集めれば事足りよう」
「ありがたいお話ですが、それもできることではございません」
「何故に!?」
「理由が二つございます。どちらも大事なことです」
「申せ」
「はい。一つは、人のには多くの種類があるのです。闇雲に他者のをわたくしにれてしまえば馴染まぬはたちまちに我がの中で暴れだし、わたくしは二度とけなくなってしまうでしょう」
「もう一つの理由とは?」
「もう一つは、わたくし自の質故でございます」
「質とな?」
「はい。水のない場所で魚が生きられないのと同じく。わたくしは、自分のために誰かが犠牲になることを嫌います。そんなことがあるぐらいなら、わたくしは自らこの命を絶ってしまうことでしょう」
「そうか。では、どうにもならぬのか」
「なりませぬ」
 
それで王は黙ってしまいました。
夜風がそよそよとバルコニーを流れ、松明のを揺らせます。
 
「わたくしが死ぬまでの間──」
 
青年が沈黙を破りました。
 
「しでも多く、王様のお側に居させてはもらえぬでしょうか?」
「そなたはなにをんでおるのじゃ?」
「貴様にもっと多くの語をお聴かせしたい。それがわたくしの希にございます」
「何故じゃ? 何故そなたは命を使ってわらわに盡くす?」
「わたくしが語を語るようになったのは王様、貴様にお聴きれいただきたかったからに他なりません」
「それが解らん。わらわに慕があるわけでもあるまいに」
「あります」
「ん? 今、なんと?」
「貴はおしい」
 
この言に王はすっかり唖然としてしまい、もはや聲を出すことが葉いません。
 
青年がすっと腰を上げ、王の肩にローブをかけました。
 
「今宵は寒うございます。おを壊さぬよう」
 
彼は深々と王に禮をします。
 
「それではまた明日に。失禮いたします」
 
それはそれはとても綺麗な月夜のことでございました。
 
詩人のようにしい気持ちを持つ青年。
彼の本當の願いが王への復讐であることを、彼はまだ知りません。
 
 
夜が深まった頃に男がの部屋を訪ねる理由はそう多くはないでしょう。
大臣がいそいそと、抑えきれぬをに扉の前に立ちます。
しく浮き彫りにされた黃金の獅子はを咥えており、大臣はそれを手に取ってそっと三度扉を叩きました。
中から王の聲が聞こえます。
 
「誰じゃ」
「わたくしめにございます」
 
普段ならここで「れ」と命じられ、そのまま事に勵むのですが、この晩は違いました。
 
「わらわは疲れておる。用があるなら明日に聞く」
 
大臣が王にどんな用事があるのか、いつものことなので彼は解っているはずです。
今宵は月に一度のの日でもありません。
にもかかわらずこの言い草。
大臣にかすかな違和を與えました。
 
鎮められるとばかり思っていた自分自をめられないのは大臣にとって思いもよらぬこと。
すぐに戻る気が起きようはずもありません。
 
「王様、愚民をこらしめるための新たな道の話でもしませぬか」
 
すると扉の向こうから「くどい」と苛立った聲が。
 
「わらわは疲れておると言っているのだ。二度言わせるようならおぬしが考案した道を全ておぬしに使うぞ。下がれ馬鹿が」
 
こうして大臣が覚えた違和はさらに膨らみを増すのでした。
 
王はというと、部屋で多くの書を貪るかのように読み漁っています。
様々な病気を取り扱った本。
薬草について詳しく書かれた本。
を良くするための食事の作り方が書かれた本。
それら多くの書は王の寢臺の上で山のようになっています。
 
さて。
約束の日になると、いつものように語の使い手が閲覧の間に現れました。
うやうやしく頭を垂れる彼に、王が命令をします。
 
「今日は語を聞かせずともよい。城外の散策をいたす。供をせい」
 
護衛を付けず、人目を忍ぶかのように王は青年を連れ出すのでした。
 
湖の畔では鳥の鳴く聲が遠くでするだけで靜かなもの。
切り倒された大木の幹に、二人は腰を下ろしました。
 
「の神とまで稱されるわらわに治せない病があっては沽券にかかわるからのう。家臣たちの目に屆かぬほうが好都合なのじゃ」
 
王はそのように切り出します。
彼は次々と薬草や瓶詰めにされた薬品を取り出しました。
 
「そなた、これらの薬は試したことがあるか?」
「その問いに質問で返す無禮をお許しください。これらは一……?」
「どれもに効くばかりじゃ。わらわ、普段は自分の力で傷も病も治せるゆえに知識がなくてのう。書を久しぶりに読んだ」
 
薬草や薬を家臣に取り寄せさせれば「なんでも治せるはずの王が何故このようなをするのだろう」と不思議に思われてしまいます。
そこで彼は変裝をして庶民にりすまし、自ら町まで買い出しに行っていたのでした。
 
「そなた、これら全部持ち帰って試せ」
「恐れ多いお心遣い、痛みります」
「そなた獨り者であったな? 食はどうしておる?」
「は。自分で作ることもあれば、宿の食堂を利用することもありまする」
「それはいかん。日頃の食にも注意を払え。治療にならずとも、悪化を食い止めることぐらいにはなろう」
「勿無いご忠告、誠にありがとうございます」
「そうだ。そなた城まで馬で來ていたな? それ以外は歩くのであろう? の巡りが早くなってはに悪い。これからはわらわがそなたの住まいに出向いてやる。そなたは橫になったまま語を話せ」
 
彼は心、とても大きく驚いていました。
青年の病気をしっかりと理解していなければ、この薬草もあの忠告も出ようはずがないからです。
王がでどれだけの本を読んだのか、容易に察することができました。
 
だからこそ、王は知っているはずです。
様々な手を盡くして命を一日ばすことはできても、死は確実にやってきてしまうことを。
 
この日は夕刻まで世間話をし、青年は何度も王に禮を言って帰路についてゆきました。
 
それからというもの、王は護衛をつけぬまま青年の家に足を運ぶようになります。
歓迎のための茶を用意しようとすることさえ、王は許しません。
 
「そなたは寢ておれ。茶など飲みたい気分ではない。それより、薬はまだあるか? そろそろなくなる頃かと思ってな、新しいのを持ってきた」
 
薬草を手渡す王のその指先が傷だらけだったので、青年は疑問の念を抱きました。
 
「王様、お手に怪我を」
「構うな。それより、今日はどんな語を聞かせてくれるのじゃ?」
 
青年の寢臺の橫に椅子を持ってきておいて、彼は長いようで短い語を堪能します。
今日の噺も、とても楽しむことができました。
 
「面白かった。褒じゃ。臺所を借りるぞ」
 
王は立つと、鞄を手に調理臺に向かいます。
 
何を始めるのかと好奇心が湧いて青年がかに覗くと、なんと王は一生懸命に本を見ながら、料理を作っているではありませんか。
食材を見ると、どれもに良いばかり。
慣れない手つきで山菜を刻み、苦労して火を點け、湯を沸かしています。
青年はそっと場を離れ、寢臺で橫になって待ちました。
 
「できたぞ」
 
王がシチューとパンを青年の部屋まで運んできました。
手の傷がさらに増えたのか、指先には薄く包帯を巻いています。
 
「さあ食せ。ただし、わらわの力で人が治せないことが民に知られたらただではおかんからな。薬草のことも食事のことも決して他言するなよ」
「承知いたしました」
「よし、では喰おう」
 
それはお世辭にも味と呼べるものではありませんでした。
は固く、野菜の形は歪で、風味も良くありません。
 
一緒に食べている王もそうじ、「に悪くないのだが、味くないな」と悲しげな表を浮かべます。
 
しかし青年は斷ずるのでした。
 
「たいへん味しゅうございます。このように味なる料理は今まで口にしたことがございません」
「そうか!」
 
王が嬉しそうに表を明るくします。
 
「城の調理場で練習した甲斐があった! 今度はもっと味くなるようにするゆえ、楽しみにしておれ」
「ありがたき幸せ。いやしくも、全て平らげさせていただきます」
「うむ。遠慮するでないぞ。そなたの病が治ったら葡萄酒を飲もう」
 
青年にとって孤獨ではない食事は久しぶりで、それはとても心溫まる一時でした。
 
王はそれからというもの、毎日のように青年の家に通います。
中には語を所せず、ただ會話をするだけという日もありました。
 
「のう、そなた將來の夢はあるのか?」
「今は死を待つだけのゆえ、夢など持ち合わせてはおりません」
「そう言うな。の神の名にかけて必ずそなたを治す。いつまでもそなたの語を聴きたいからな。最近はな、わらわ、治す早さを上げようと思ってな、今まで以上に癒しの力を民に振るっておる。いずれそなたの悪いが巡るよりも早く全て治癒させるゆえ、安心せい」
「恐れ多いお言葉、恐せざるを得ません」
「で、そなたの夢はなんじゃ?」
「そうですね。以前はささやかながらでも家族を持ちたいとんでおりました」
「ほう」
 
人が家族をする心も、それを大事に想う気持ちも、王は知識として理解していました。
民の持つそのを拷問に利用していたからです。
この青年も人として當たり前の願を持っていたのでした。
 
「そうか、家族か」
 
王は拷問以外のことで、初めて家族について考えを巡らせます。
どんなに力を施しても、青年の命を大きくばすことはできないことを王は既に察していたからです。
 
一方、城では不穏な空気が漂っていました。
 
「この頃は王の様子がおかしい」
「護衛もつけず、行き先も告げずにどこかに通っている」
「拷問をしなくなったばかりか、癒しの力を民にまで振舞うようになった」
「あれだけの傲慢、それで許されるわけでもあるまい」
「私は人前で怒鳴られ、辱めをけたことがある」
「私など目の前で家族を苦しめられ、殺された」
「私など、妻が産んだばかり赤子を丸焼きにされた。それを皆の見守る前で、妻と一緒に喰わされたのだ!」
「いつまた橫暴なに戻ることやら」
「今の王は油斷をしている」
「恨みを晴らすなら今だ」
「殺してしまうなら今だ」
 
進んで指揮を振るったのは、大臣でした。
 
そんな相談がされているとはとも知らず、王は今日も青年の家まで足をばします。
この日の彼は特にを弾ませておりました。
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