《永遠の抱擁が始まる》第四章 三人の抱擁が始まる【アスラのように2】
あたしはお酒を止めているから、きっと雰囲気に酔ったのだろう。
窓からめる夜景がさっきよりも綺麗に思える。
前菜の効果なのか空腹が増して、次の料理も楽しみだ。
 
彼がのポケットに手を忍ばせる。
 
「ちょっと煙草、失禮してもいい?」
 
あたしは笑顔で「駄目」と斷言をした。
 
「手厳しいな」
「まあね。でもさ、あんたも相変わらずよく々と考えるよ」
「そりゃ、ねえ? あそこまで手の込んだプロポーズをしておいて今回何も意識しなかったらよくないと思って」
「ありがと」
「いえいえ。それにしても、今後また抱き合った骨が発見されたらと思うと、気が気じゃないよ。また何かと考えなきゃならない」
 
あはは。
と、あたしは笑う。
 
「いいじゃない、お話考えたら。ルイカさんみたいにさ」
「ルイカさんみたいに、か」
 
彼はそこで再びグラスに手をばす。
 
「彼も僕と同様、話を作るのに苦労した」
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「へえ。どんな風に?」
 
訊ねると彼は一口だけワインを飲み、を潤す。
私は、私自をモデルにすることしか思い浮かばなかった。
まだ十歳だった當時を思い返す。
あの頃に失った右腕と、家族の顔──。
 
神がチクリと痛んだが、あたしは子供たちに笑顔を見せた。
 
「じゃあ、お話始めるね?」
 
クラーク年は「すみません」と禮儀正しくペコリと頭を下げ、は「やったー!」と萬歳をした。
二人をベンチに座らせ、私は通るように聲を張り上げる。
 
「昔々ある町に、十歳のの子がいました」
 
大型馬車の事故に遭って、家族と一緒にいたその子はんなをいっぺんに失ってしまうの。
なんて重い話、こんな子供に聞かせてしまって大丈夫だろうか。
 
片腕を失うほどの重癥だったのに、後日になっても痛みをじなかったことが今でも印象的だ。
深すぎる傷に痛覚が麻痺したのだろうか。
 
公園は靜かで、私たち三人以外に人影はない。
たまに吹くささやかな風が涼しく、背までびた私の栗をなびかせる。
 
「の子はね? 何もかも無くすような大きな事故に遭ってしまって、行くところがなくってね。ある教會の、とても親切なシスターに引き取ってもらったの」
 
マザーと呼ばれていた老齢のシスター。
現在はもう亡くなっていて、今では私と同い年ぐらいの娘さんがその跡を継いでいる。
相変わらず寄りのない子供たちを引き取って暮らしているのだそうだ。
でもまあ、そんなエピソードは端折って構わない容だろう。
 
「の子は本を読んでもらうことが大好きだったから、たくさん勉強して字が読めるようになっていったのね。その教會でもたくさん本を読んで、昔自分がしてもらったように、まだ字が読めない他の子供たちに話をして、んな語を聞かせていったの」
 
あの頃。
話を聞いてくれた子が「もっと!」と喜んでくれて、私まで嬉しくなったものだ。
そこで私は暇さえあれば本を読み、次の話を蓄えていった。
 
今にして思えば、私が語り部という道を選んだのも皆のおかげだ。
マザーや教會のみんなに、今でも深く謝している。
 
「こうして、の子は大人になる頃、語を話して聞かせるっていうお仕事を始めていたの」
 
さて、ここからどうしよう。
この先は自分の想像力に頼らなくてはならない。
 
気がつけば、もうすぐ夕方なのだろう。
さっきよりも影がびていて、し寒くなっている。
 
なんだかんだで私は、「魔法使いに出逢って様々な試練をこなし、褒に新しい右腕を貰う」なんていう陳腐な話を長々と語るといった恥ずべき事態に陥っていた。
 
「ごめんね」
 
クラーク年の希通り、結末は腕が復活するというくだりで締めくくってはみたものの、やはり喋ると同時に語を想像するなんて私には難しい。
 
「つまらなかったでしょう? 今度時間があるときにあたしまた來るから、そしたらもっと楽しい話、々してあげる」
 
もちろんお金は要らないから、今回はこんな話になってしまったことを許してね。
そう加えようとしたところ、クラーク年に制される。
 
「いえ、非常に楽しめました」
「はあ」
 
見た目も聲も子供なのに、どうしてこう大人びたことを言うのだろう。
なんて落ち著いた雰囲気を醸し出すのだ。
 
「ただ、もう一つだけお願いが」
「なあに?」
 
年はすると、またもや目を伏せる。
 
「最後、新しい腕が生えるといった部分なのですが、そこの描寫をもっと詳しく聞かせていただけませんか?」
 
私は再び「はあ」と覇気のない返答をする。
クラーク君は小聲で「すみません」と口にした。
 
「腕が蘇る部分ね? こんなじでいいのかなあ」
 
私の語りが再び始まる。
 
よりリアルに話をするため、私はゆっくりと噛み締めるようにイメージを膨らませていった。
芽が育つかのように腕が生え、あっという間に手の形に形される覚。
出來る限り詳しく話せるように、出來る限り鮮明に、細部に渡って想像を巡らせてゆく。
 
「それはまるで一瞬で育つ樹木のようだったの。見る見るうちにそのはびていって、だんだんと『かせること』まではっきり判るようになってね? 肘に當たる部分を曲げたりしてを確かめているうちに、先端が枝分かれをして指が五本生えて──」
 
小さな子供に解るような言葉を選べなかったのは、やはりクラーク年の大人びた気配のせいだろう。
 
「爪が作られ、うっすらと産まで生えて、気づけばそのの子は新しい右手で髪をかきあげていたの」
 
ジェスチャーで示すように、私は右手で実際に髪をかきあげる。
 
その瞬間、私は「え?」と凍りついてしまった。
 
腕が、ある。
無かったはずの右手が確かにある!
 
「どうして!?」
 
先ほどまでしていた自分のイメージが現実になってしまったかのようだ。
両手を互に見比べる。
どっちも同じ手だ。
夢や錯覚の類では斷じてない。
私の手だ。
 
「新しい腕は、楽しい話をしてくださったチップです」
 
クラーク年が微笑んでいた。
初めてみる彼の笑顔だ。
 
私はあたふたと「え? だって」を何度も繰り返し、混を隠せない。
 
「それと、これは正規の報酬です。け取ってください。もしよければ、その右手で」
「え? ちょ、そんな──」
 
クラーク君が私の右手に素早く封筒を握らせた。
 
呆然とする私に、年はさらに驚くべき提案を始める。
 
「先ほど、僕らに両親はいないと言いましたよね?」
「え? はい」
「実は住み家もないんです」
「あ、そうなの? はい」
「そこでお願いなんですが……」
「ええ」
「僕ら二人をあなたの家に置いていただけませんでしょうか?」
「え?」
「いえ、決して迷はかけません。生活に必要な費用はあります」
「ちょ、な……」
 
姉らしきは早くも大はしゃぎで、「二年ぐらいお世話になりまーす!」とそこら辺を飛び跳ねている。
 
ちょっと落ち著くまで待って。
気持ちを整えたいから。
 
たったそれだけがなかなか言えず、私は何度も自分の両手と兄弟を互に見やる。
 
空の片隅がしだけオレンジに染まり始めていた。
優しい日のは確かに私の右手を照らしている。
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