《永遠の抱擁が始まる》第四章 三人の抱擁が始まる【アスラのように3】

石造りで、いたるところにガタがきている小さな教會。

そこが私の第二の故郷であり、最も大切な場所だ。

 

私以外にもたくさんの孤児がいたから、今にして思えば毎日がトラブルの連続だった。

マザーはさぞかし苦労をしたことだろう。

 

私はマザーから初めて叱ってもらった日の、あの言葉を忘れない。

 

あれは私が教會の世話になってすぐのことで、當事は絶の只中にいた。

右手と家族を失ったばかりで、自暴自棄になっていたのだ。

 

「片手がない! あたしの手がないよ!」

 

何らかの拍子に溜め込んでいた不満が発し、い私は泣き喚いていた。

他の子供たちにもの繋がった家族などいないというのに、私は自分のことしか考えていなかったのだ。

 

「お母さんもお父さんもいない! なんであたしが一人ぼっちになっちゃうの!? 誰もいない! みんないないよ!」

 

あまりにも激しく、また當時の私はしつこかった。

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だけが高まり、それは治まることがない。

ついぞ、マザーの平手が私の頬を打つ。

 

「家族だったらここにいるでしょう!」

 

みんなが兄弟だ。

私だってあなたの家族なんだ。

マザーの涙は如実にそう語っていた。

 

「家族がいないなんて、もう言わないで」

 

私が商店から果を盜んだと誤解をされたときも、マザーは詰め寄る商人たちの前に立ちはだかった。

 

「この子は絶対に盜みを働きません! 何かの間違いです!」

「でもね、シスター。見たって人がいるんですよ。その子が盜んだのをね」

「では見間違いです! その方に詳しい話を聞いてきてください!」

「いいから盜んだを返すか料金を支払うかしなさいよ」

「ですから、この子は何も盜んでいません!」

「なんで赤の他人をそこまで信じるの?」

「私が信じないで誰が信じるんですか!」

 

後日、私に濡れを著せた大人が真犯人だったことが証明される。

いつしか、私はマザーのことを「ママ」と呼ぶようになっていた。

 

「どこか、掃除などしましょうか?」

 

クラーク君が小さいをそわそわさせている。

相変わらず私に対する気遣いを忘れない子だ。

 

「ありがとう。じゃあ、お仕事お願いするね。お姉ちゃんと一緒に遊んできなさい。子供らしくね」

 

三人で暮らすようになって、もう半年ほどが過ぎただろうか。

誰の子なのか解らない二人と共に暮らすことに不安や抵抗はなかった。

マザーが私にしてくれたように寄りのない子供がいたら可能な限り引き取ってを注ぐのが夢だったし、何よりこの兄弟は素直だ。

むしろ「素直すぎて不気味なぐらい」と表現しても過言ではないだろう。

二人とも大はしゃぎして食を割ることもないし、喧嘩をして泣き喚いたりもしない。

家事の手伝いなど、頼んでいなくとも率先して働いてくれる。

つくづく不思議な子供たちである。

 

「じゃあ公園行こう、クラちゃん!」

 

が手を引き、弟を外に連れ出す。

「馬車に気をつけるのよ」と、私は二人の背中に聲をかけた。

 

玄関が閉まるのを確認し、深い溜め息をつく。

右手が蘇り、子供も二人できた。

ただそれが不穏な噂を呼んでいて、仕事の依頼が今は激減してしまっている。

 

「あのは魔だ。無かったはずの腕も生えたし、奇妙な気配の子供を匿っている。あの子らは悪魔の使いに違いない」

 

この噂が尾を引けば最悪の場合、私たちは火あぶりにされてしまうことにもなりかねない。

何よりもそんな噂が子供たちの耳にることが怖い。

いくら大人びているといっても六歳のの子と三歳の男の子だ。

知れば深く傷ついてしまうことだろう。

 

私自、やはりご近所から様々なことを詮索された。

 

「ルイカさん、その腕は何故また?」

「よく出來ているでしょう? あるお醫者さんから、最高級の義手を作っていただいたんです」

 

「あの子たちは?」

「親友の子供です。先日不幸があって、親友夫妻が子供を育てられなくなってしまって、それであたしが引き取ることにしたんですよ。この義手も、醫者をやっていたその親友がお禮として作ってくれたんです」

 

「二人とも、特に男の子、変わった子ですねえ」

「ええ、本當に。でもあの子たちの親は名の知れた天才ですからね。その筋なのかも知れません」

 

どこまで誤魔化せたのか、正直自信がない。

私には醫者の親友などいない。

かといって本當のことを話せば二人がさらに追求されてしまうことになるだろう。

魔法のような力を出せと迫られ、たかられてしまうことにもなりかねない。

 

腕が生えたことは確かに不自然だし、二人の子供もあまり自分たちのことを話そうとはしない。

悪魔の使いだなんて噂に発展することも解らないでもなかった。

 

それでも。

マザーの微笑みはいつだって私のそばにある。

 

「私が信じないで誰が信じるんですか!」

 

言葉を発し、立ち上がる。

引っ越しの準備をしよう。

お得意様の多いこの町を離れることは痛手だが、次の町でやり直せばいいだけの話だ。

新天地ならば私の腕が本であることを隠す必要もない。

子供たちは私が産んだことにすれば良い。

 

「ただいま」

「ただいまー!」

 

玄関が開く。

二人がこれほど早く戻るとは思っていなかった。

 

クラーク年が神妙な面持ちをしていることに、ふと嫌な予を覚える。

彼がうつむき、ゆっくりと私の前まで來た。

 

「町で悪い噂を聞きました」

「え?」

 

不安が的中すると、頭の中から何かが喪失してしまったような覚に陥る。

たった今、私はそれを味わっている。

 

年は「僕らのせいで、すみません」と深く頭を下げた。

 

「ちょっとなによ急に。何を聞いたっていうの?」

 

恐れていたことが現実になってしまった。

私にかかっている魔

二人の子供が悪魔の使いではないかという噂。

この兄弟は誰から聞いたのか、知られたくない噂の容を全て判ってしまった。

 

「僕らがいないほうがよければ、すぐにでも出ていく所存です」

「何を言い出すの!」

「もちろん噂はどうにかします。今まで、大変ご迷をおかけしました」

「ちょっと待ちなさい! 出ていってどうするのよ!」

「そこは心配なさらずに。生活面は大丈夫ですので」

 

クラーク年の意志は固そうだ。

自分たちのせいで私の仕事に悪影響があったことを彼は最も悔やんでいる。

悪魔の使い扱いをされていることには何もじていないようだ。

そのことが様子から判るから、尚のこと私の心は痛む。

 

子は「役に立つために來たのに逆になってしまった」とか「先見の明がなかった」など、ぶつぶつとつぶやいている。

 

「もちろん、出ていくといっても二度と會えないわけではありません」

 

クラーク君は、蒼白な顔になっていた。

よほど自分を責めているのだろう。

細かく震えてもいる。

 

「たまにこっそり遊びに來てもいいでしょうか?」

「いいから待ちなさい! 君は何も悪いことしてないでしょう! それに、ここを出て、どこで暮らすのよ!」

「どうにかします。元々僕らには家族もいませんし、軽なもんです」

「家族だったらここにいるでしょう!」

 

いつからなのか、涙が止まらなくなっている。

泣きじゃくりながら、私はクラーク君を抱きしめていた。

 

「家族がいないなんて、もう言わないで」

「了解ー!」

 

この場にふさわしくない明るい聲がした。

お姉ちゃんだ。

 

「じゃあ、今から全部何とかするね。だから、引っ越さなくても大丈夫だよ」

 

え?

 

私もクラーク君もポカンとを眺める。

はただ、いつものように無邪気に微笑んでいた。

 

クラーク年は確かに子供らしくない子供だ。

でも、本當に人間離れしているのは実は姉のほうだった。

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