渡の戦い

袁紹軍10萬。曹軍1萬。

數に劣り、籠城戦に徹する曹軍に対して、圧倒的な兵力で行われた袁紹軍の攻城。

窮地に追いやられた曹は自ら兵を率いて飛び出した。

そして曹孟徳、討ち死に・・・・・・

すぐさま、その知らせは時の都である許都に知れ渡ることになる。

燃え盛る宮殿の奧深く、煙に包まれながらも年が立っていた。

年の名は曹丕子桓。　覇王と恐れられた曹の三男。

曹の後継者として、期から武道武と學問を叩きこまれて育てられてきた。

幸いにも、彼は父や周囲の期待に答えれる才の持ち主だった。

そして、自が正當なる後継者だと理解し、気高く生きてきた。

しかし、今、彼の抱いた、そう遠くない未來図は炎の中、崩れ去っていく。

そこに殘った彼には全てが抜け落ち、年相當の繊細な年に見える。

僅かな音が聞こえ

「ようやく來たか」

年はつぶやく。

既に許都は袁紹軍によって包囲されている。

天子は都から出していることなど、知らぬはずもない。

きっと袁紹の目的は父、曹孟徳が作り上げてきた全てを破壊する事にあるのだろう。

ならば、今の猿紹軍が討つべき最大目標は自分であろう。

そして、ついに刺客が自分にたどり著いたのだ。

しかし、曹丕の予想は外れていた。目前へ飛び出してきた者は袁紹からの刺客ではなかった。

ならば、何者か？

其者は、泥にまみれ、に染まり、曹丕には誰だかわからなかった。

それもそのはず、彼を表す代名詞であるヒゲが消え失せていたのだ。

それに気がついた曹丕は驚きの聲をあげる。

「関羽！　なぜこの場に！」

彼の正は、関 雲長。つまりは髯公　関羽であった。

「人質である劉備の妻子はここに居らぬぞ。既に放っておる」

「無論、承知。我が義兄　劉備も今は袁軍の客將。もはや、なんの労なく再會できましょう。心遣い謝いたします」

関羽の主君である劉備は、かつて、自らの領地を呂布に奪われ、曹の元にを寄せていた。

劉備と曹は互いを敬い、月の時を過ごしていたが、それは長く続かなかった。

やがて、左將軍まで登った劉備に天子から勅命が下ったのだ。

『曹討つべし』

曹への暗殺命令であった。曹暗殺計畫に巻き込まれた劉備は許都から出。

この時代において、最も曹を討つ事に正當を持つ男となった劉備玄徳。

その利用価値は曹に敵対する者達には魅力的な存在となり、袁紹は劉備を向かいれる。

だが、渡の戦い直前に曹自ら劉備討伐へ打って出る。

その戦いで劉備の妻子は曹の手に落ち、人質とされ関羽は曹軍に投降することになった。

そのまま関羽は、曹軍の客將として重寶され、曹軍として渡の戦いに參加していたのだ。

ならば、人質がいなくなり野に放たれたはずの関羽が、この場所に現れた理由はなにか？

曹丕は気がついた。自分の前に立つ男の表を・・・・・・

なんとも清々しく、この場に合わない表か。

それは何か、の極致のように見えた。

「ならば、なぜこの場所へ來たのか。関羽よ」

「これにて我が君主、劉備との義は果たせた。ならば、もう一人の我が君主、曹殿の最後の命を果たしに參った」

「最後の命？わが父はなんと？」

「曹殿は、こう言いました。『最後に我が後継者を救ってきてくれ。曹家は滅ぼすな』と」

曹丕は驚きのあまり絶句した。

我が父が、それほど自分の事を思っていたのか。

それは、覇王たる父の最後の言葉として、重くのしかかってきた。

そして、関羽の方を見る。

もはや、何ら義理もない我が父の命に従い、この死地にやってきた男。

この男の忠義は、もはや理解を越えている。

だが、自分は答えなければならないのだ。

曹と関羽。

この二人の英雄の手によって、自分は生かされ、そして生き続けねばならない事を。

「ならば関羽。我が道を切り開いてみせよ」

「然り」

関羽は短く答え、用の青龍偃月刀を構え、外を囲む袁紹軍に向かい切り込んで行った。

そのき、まさに鬼神の一言。関羽が通った後にはで左右に分かれた道ができていた。

曹丕ができるのは、その道を全力で走り抜けるだけだった。

一、どのくらい走り続けたのだろうか？

曹丕には、どこをどう走ったのか記憶がない。気がつくと夜が明け、朝日が上がっている。

濃い霧で覆われて視界が遮られているが、どうやら山の中に逃げ込んだようだ。

夜通し走ったのか？そんな力が自分にあったことに曹丕は驚く。

しかし、ついに限界を迎えたのか、自分の意思とは関係なく足が止まってしまった。

前を走る関羽も、それに気がついて足を止める。

「し、休みましょう」

そう言われて、曹丕はそのまま地面に腰を下ろす。

関羽は、警戒を怠る事なく虛空に鋭い視線を向けている。

曹丕は呼吸を整え、足腰をほぐしてみるも、また走り出すには時間がかかりそうだ。

袁紹の包囲網を抜けたが、これからどうするべきか？曹丕は考えた。

どこかにを寄せ、反袁紹の軍を立ち上げるか・・・・・・

しかし、どこへを寄せる？

あらゆるを飲み込み曹軍は大きくなりすぎた。

大きくなりすぎた結果、曹軍の周りに協力的な人はいなくなった。

なぜなら、そういう人が存在すると知ると、すぐに曹軍へ組み込まれていたからだ。

これは困った。袁紹へ復讐する手段が思い浮かばない。

もはや、名前を変え、隠れ住みながらも時期を待つか・・・・・・

曹丕はそんな後ろ向きな考えに至っていた。

だが、すぐに曹丕の思考は止まった。

なぜなら、関羽が前方へ向け青龍偃月刀を構えたのだ。

敵がいるのか？　曹丕も疲労が溜まったを無理やりにも立たせる。

そして、宮殿から持ち出した唯一の武である寶剣を抜き、構えを取る。

やがて霧が晴れていき、視界が開けてゆく。

前方にいた者の全がくっきりと目に捉えれる。

驚きの連続。そう評したはずの曹丕であったが、この瞬間ほどの驚きはなかった。

の丈９尺（約２１６センチ）とも言われる関羽がまるで子供に見える巨が、そこにいた。

しかも、3人。

いや、人？人間？

否、それを人と呼ぶには、あまりにもふさわしくない。

獣のような牙と眼。なにより人間離れしているのは、皮が緑で覆わている事。

関羽と曹丕は知らない。

目の前にいる存在が、この世界でオークと呼ばれる魑魅魍魎妖怪変化であるということを。

そして、そんな世界に迷い込んでしまったということを。