「怖いことじゃないよ。私出かける時は代わり置かないと出かけられないの。今までは長が同じくらいの男の子にやらせてたんだけど大きくなってきちゃって。前に比べればなくなってはきたけど、未だに私のこと見に來る奴がいるからさ。あんまり軀が違う子に任せられないんだよ。あんたなら私と長近いし何よりの子だし。ね？」

再び戻った悪の笑みに、はただ苦笑するのみ。素は知れないが、よほど高貴な家の娘なのかもしれない。

「なるほど、お忍びの若君……いや、姫君か。口調を聞くととてもじゃないがそんな風には見えないけどな」

納得したような男の聲が頭上から降ってくる。かぐやは素早くを反転させ、を背に庇いつつ構えた。だが、出會ったのはどこか面白がったように見下ろしてくる視線。敵意がないことを確信し、かぐやはふっとの力を抜く。しかし面白がっている様子を隠さない男にかぐやも不愉快を隠さなかった。

「誰あんた」

尋ねられて、今度は男がむっとした顔をする。よほど心外だったのだろう。何せ先ほど同じ行を取ったばかりなのだから。

そして、そのことにも男が機嫌を損ねかけているのにも気付いたは慌ててかぐやの袖を引く。

「あの、この人さっき私を助けようとしてくれたもうひとりの……」

耳元でさっと呟かれ、かぐやはそうだったのかと頷いた。あの時は相手を叩きのめすことしか考えていなかったから、もうひとりの顔なんて見ても居なかったのだ。納得してかぐやは立ち上がり、それでもまだ高い男の顔を見上げた。

「獲先に頂いちゃって悪かったね。かぐやだよ」

先ほどまでの警戒を失せさせかぐやが名乗ると、男は軽く目を見開く。

「〝かぐや〟……？」

男の目に疑のが宿る。しかしかぐやは気付いてか気付かずか、そう、と何の戸いもなく返した。

「あんたは？」

「ん、ああ、俺は――」

「かぐや」

名乗ろうとした男の聲はしわがれた聲に重なられて消える。かぐやはその聲にぱっと顔を明るくし、その主を迎えた。

「お父様、丁度いい所に。この子、今日からうちで働かせて。いいでしょ？」

の腕を摑んで立ち上がらせると、かぐやはその背を押し前に押し出す。翁は「またかい？」と言いながらも優しい笑顔をしている。そして、にもその笑みを向けると、子供にするように頭をでてやった。竹取で固く節くれだった手は、それでも溫かく、は思わず涙ぐむ。家族が皆亡くなってからはじめてれる優しさが嬉しかったのだ。

そのやり取りを脇で見ていたかぐやは、父の了承をけられたと知ってこの上なく満足そうに笑っている。すると。

「……造麻呂殿……？」

驚きを孕んで男の口からこぼれたのは紛れもなく父である翁の名だった。かぐやは刀に手をかけて警戒をにする。そんな娘を腕で止めてから、翁は和な腰で返事をした。一瞬呆然とした男は、次いで皮気に片頬を上げて笑い、かぐやを見る。

「ということはお前が『なよ竹のかぐや姫』か。見目は麗しいが、乙らしいというのは大噓だな」

口元に手を當てて男はを鳴らす。翁は嫌味を言われて気を悪くするのではないかとはらはらした様子を見せる。その懸念の先に居るのはもちろん嫌味の対象になっている娘だ。當の本人は笑顔だがいつの間にか手が完全に刀の柄を摑んでいる。彼は世間が勝手に勘違いしてつけたこの想像図……いや、妄想図が腹立たしくて仕方ないのだ。

「――ああ、だけど」

思い出したように、男は笑いを収めた。

「戦い方は正に〝竹〟だな」

あの時、あの瞬間、かぐやは深く踏み込み男の懐に潛り込むと、刀の柄をその鳩尾に打ち込み、そのまま過ぎ去って行ったのだ。そのしなやかな捌きを、この男は見逃さなかった。

男の目が武蕓者獨特のを帯びたことを認めたかぐやは、目を細め、表を変えた。敵意はじない。悪意も殺意もじない。それでも得の知れない相手であることは変わりない。

ゆるりと走る張。

「あんた、誰」

靜かに威圧を込めて繰り返された誰何に、男は先とは違う、明るい笑みを示した。

「菅野すがの　典みつのり。あんたがこっぴどく振ったくらもちの皇子殿の従兄弟殿にお仕えする者だよ」

これが、かぐやと典の出會いであった。