典は言葉なくかぐやの話を聞いていた。そしてかぐやの話が終わった今、その目には涙が浮かんでいる。同は嫌いなかぐやだが、その涙は何故か素直にけ取れた。

「――ありがとう典。その涙、私のためって思っていいんだよね？」

彼に視線を向けずに尋ねたそれに、典は暴に拳で涙を拭いながら言葉もないまま深く頷く。

「ねえ、これで最後」

何だ、と訊く前に、全から冷や汗が出る。未だかつて一度たりともじたことのない強烈な殺気が典の全を包み込んだ。全が震える。息苦しい。歯のが合わなくなる。何が起こったのか分からずに思わずかぐやの肩に手を置いた。その瞬間、が信じられないくらい軽くなり、先ほどのことが噓のように呼吸が楽になる。

訳が分からぬままかぐやを見れば、その寂しそうな目が典を見つめていた。

「私は、鬼になったんだよ。その気になれば、あんたなんて、この家の人間なんて、この國の人間なんて、指一本で殺しつくせる。……あんたも、思う？　私のこと、化けだって」

一言一言を噛み締めるように紡いだかぐやの顔には、否定をみながらもそれはありえないことだという諦めがありありと浮かんでいる。

しかし彼は計り違えた。菅野典という男のを。

「馬鹿言うな。お前は化けじゃない。〝造麻呂殿と嫗殿が大好きで信じられないくらい強いとんでもなく変わった娘〟だ。それ以外に何がある」

腕を組んできっぱりと、典は自分はひとつも間違っていないとでも言うかのようにを張る。さすがのかぐやもこれには意表をつかれたらしく、目を見開きぽかんとしていた。それから數度の瞬きが出來るほどの間を開けて、何を思ってかを震わせはじめる。それが段々と大きくなっていくと、ついに口に手を當てた。が、それでもまだ足りなかったらしい。手の間から盛大な息がれる。

「ぷはははははははっ、長いって。とんでもなく変わったって何それ失禮～。あはははは」

かぐやは盛大に笑いながら子の仕草とは思えないほど暴に床を叩き出し足をばたつかせた。そうでもしないと聲だけでは笑いを外に発散し切れないのだろう。笑われる側の典としては一発毆りたい気分だが、本日初の彼らしい笑顔であることだから我慢することにした。

両腕を後ろにばしてを反らす。必然的に目にるのは輝く満月。典はしばらく考えてから、その月に向かい思い切り舌を出してやった。月の連中に屆くわけはないが、ちょっとした気晴らしにはなる。

好きだった月が、し嫌いになった瞬間だった。