瞼を閉じたかぐやは抜きの竹を手に暗い竹林に佇んでいた。闇夜にほのかにるのは他ならぬ彼自。今宵は新月。他にはない中、これほど狙いやすい標的はいないはずだ。知りつつ敢えてこの狀況にを置いているかぐやは、ただ靜かに追跡者がしびれを切らせるのを待つ。両手を自然に垂らし、足は肩幅よりし狹く広げた。舐めきっているようなその姿勢には彼の自信が満ち溢れている。

研ぎ澄まされた神経に何かの気配が引っかかる。近くに茂みが揺れた音を聞き、かぐやは目を開いてそちらを向いた。來るか來ぬかの張した沈黙。

それと同時に、かぐやを狙う刃がその背後に閃く。

もらった。相手が勝利を確信した瞬間、標的たるかぐやが焦る素振りを見せることなく振り向いた。相手が恐慌しながらも振り下ろした剣を余裕綽々で避け、かぐやは一歩踏み込む。相手は刃を戻す暇もなく、かぐやの竹にその脇腹をしたたかに打ちつけられた。

き聲を上げて相手が倒れるのを見屆けたかぐやは、にっと歯を見せて一笑する。すると、直前まで張り詰めていた空気が一気に崩れ去った。

「ふふん、また私の勝ちだね典。進なさい」

腕をの前で組みかぐやは倒れている典を見下ろす。典は大の字に寢転びながら鼻で笑った。

「なぁにが。音に騙されてやがったくせしてよ」

「あーら見くびらないでよ。あんな糸使って音出しただけの単純な罠に引っかかるわけないでしょ。気付いてて敢えて引っかかってあげたんだよ」

この場合、強がりはかぐやではなく典だ。典も分かっていて口にした。気付いていなければあんなに早く反応出來るはずがない。茂みに糸をくくりつけそれを引き、相手がそちらに気を取られた隙に後ろから、と珍しく頭を使ってみたのだが、実戦慣れしたかぐやには児戯同然だったようだ。

荒れた息を整える典の橫に放り出された彼の竹を拾い上げたかぐやは、まるでその度を確かめるように軽く手に打ちつける。無意な行。どうやら無意識らしい。

「でも私とこれだけ打ち合ってんだから強くなったよあんた。今なら名うての武人相手でもそう簡単には負けないでしょ。勝てないだろうけど、一撃くらいは防げるよ」

「褒めるなら最後まで褒めろよ……」

ふてくされてかぐやから顔をそらすように転がる典に、かぐやは腹を抱えて明るい笑い聲を立てた。笑われている典としては不愉快でしかないが、敗者に語る資格なし。反論したいなら強くなるのが先だ。ここは耐える他ない。

頭を抱えた、その瞬間、全から一気に溫が奪われる。奪ったのはほんの剎那の間に全から噴き出た冷たい汗だ。気付けば周囲に心を凍てつかせる膨大な殺気が満ちていた。過去、その一端をじたことのある典はこの殺気の主を知っている。

幸いなのはこの殺気が自分に向いていないことだ。もしもこんなものを真正面からけていたらこんな風にゆっくりとでも立ち上がれなかっただろう。

一方のかぐやはいつの間にか笑いを収めある一點を凝視していた。竹と竹の間、闇夜の中、更なる闇が凝固している。目を凝らせば、ソレは薄ら笑いを浮かべてそこに立っていた。

「相変わらずその殺気だけは変わりませぬな姫君」

闇が郭を帯びる。背中の丸まった背の低い老人がかぐやのの屆く範囲に足を踏みれたのだ。老人は殺気を真正面からけながらも歩を緩めず無防備に近付いてくる。正気かと、目を見開いたのは典。あの老人がかぐやを上回る武威を誇るようにはとてもじゃないが見えない。それなのに、これだ。正気の沙汰とは思えない。

「まあ、力を失っていてはその殺気を表に出すはないでしょうがな」

薄ら笑いが侮辱を混ぜ合わせた。その時典は老人の余裕の源を知る。彼は知らないのだ。かぐやの力が今何の制約もけていないことを。

（おいおい、まずいんじゃないのか？）

典はを鳴らす。この殺気は尋常じゃない。もしかぐやが決斷すればこの場にの海が広がり塊が転がるだろう。頼むから余計なことは言うな。典は確実に死に片足をつっこんでいることに気付いていない老人に心からそう願った。

しかし老人は典の心を知らない。さらに踏みる。

「此度は姫君をお迎えに上がることを連絡する使者として參りました。次の満月の夜、迎えをよこしますのでその者たちと月へお帰りください。お父上たちが心待ちにしておいでです」

殺気がさらに膨れ上がる。かぐやから発せられる輝きは不気味な靜けさを思わせる。

「ところで姫君、この愚老を覚えておいでですかな？」

奇妙な笑い聲を立てながら老人は頭に指を當てる。明らかに馬鹿にしているのだ。典は肝を潰した。なんと命知らずなのか、これでは殺されても文句は言えない。

「――ああ、覚えている――」

老人が現れてから初めて放たれたかぐやの言葉は周囲を圧倒する。老人はその時になってようやく異変に気付いたのか、慌てて後ろに退こうとした。だが、かぐや相手にその行はあまりに遅すぎる。その間合いは一瞬にして詰められた。顔を引きつらせる老人の間近で、地上の月のしい顔が怒りに理を失う。

「私を、最初に化けと呼んだ奴――っ!!」

月のを燈していた眼差しが狂気に満ちた目へと変わった。そして直後、老人の元にかぐやの手にする竹が捉えきれない速度で突き出される。次の瞬間、その場には生臭いのにおいが満ちた――はずだった。