《帰らずのかぐや姫》其の四 3

「……そんな奴庇って、何のつもり?」

の丸い刃は人を殺傷するには至らない。しかしそれを扱う人が人だ。本の太刀に劣らぬ殺傷能力を持ち合わせていたことなど、今飛び出した男は知っていたはずである。いつも、その武を最も近くで見てきた彼であるならば。

典、退け。そんな奴守る価値もない」

老人のを狙った竹の切っ先は背の高い典にはの位置に當たっていた。寸止めされた狀態で逸らされずにいるそれに顔を引きつらせながら、典は首を振る。

「冗談言うな。何で命の危険冒してまでこんな爺守らにゃならん。俺が守ったのはお前だ、ばかぐや」

な笑いを浮かべる典を、かぐや細めたは目で見據える。いぶかしみを隠す気のないかぐやに、則は続けた。

「お前がこの爺殺したら、お前は本當に〝化け〟になるんだぞ。使者を殺しちまうのが一番やっちゃいけないことだなんて、分かってんだろ? 人の常識を守れない奴は化けだ。でもお前は違うはずだ。だったら違う方法考えろよ。俺よりよっぽど頭いいだろうが」

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言下に典はかぐやから竹をゆっくりと取り上げる。と言っても、こちらは先ほどかぐやが拾った典のなのだが。空虛になった手を眺めてから、かぐやはくっとを鳴らした。息苦しいまでの殺気は消え、は月のそれへと変わる。

「……ありがと。そうね、こいつを殺しても次が來る。そんなめんどくさいことするくらいならいっそ――」

かぐやは典を押し退け、その背後で腰を抜かしている老人の倉を摑んで強引に引き起こした。するとその瞬間に異臭が鼻につき、端整な顔が盛大にしかめられる。見れば老人の間は濡れていた。そのけない有様に、かぐやは侮蔑と嘲りを浮かべた青白い輝きを纏った眼差しで老人を見下す。

その眼差しの先にあるのは皺に埋もれた汚れた雙眸。ややあってが納まってからかぐやが何の前振りもなく手を放すが、老人は倒れることなく棒立ちになった。そして間も空けず半回転すると、元の闇の中へ徐々にその姿を消していく。

完全に見えなくなったのを確認してから、典は彼ので老人を摑んだ方の手を一生懸命拭っているかぐやの頭を摑んだ。

「おい、何やったんだ?」

「え? 手ェ拭いてる」

「それも理由を訊きたいところだがまずはあっちだ」

典が老人が消えた闇の方向を指すのを目で追ってから、かぐやは興味なさげにああと呟く。

「暗示をかけたんだよ。『かぐやは帰還を納得。次の満月の夜に共に月へと上がる。なお力は完全に抑えられており格も問題なし』、って報告するようにね」

あっけらかんとした答えに典は目をむいた。一何を考えている、まさか月へ乗り込むつもりか、などと言葉を紡げぬほど衝撃をけていると、かぐやからあっさり否定される。

「言っとくけど振りでもあそこに帰るつもりはないからな。糞悪い」

それにほっとした様子を見せると、ならばどうするのかと目で尋ねると、かぐやは典を見ずに笑った。垣間見える悪の笑顔。

「こっちにおびき出して、潰す。二度と手ェ出す気にならなくなるくらいに。二度と何があっても私の前に現れないように。最悪死詰めて送り返す」

殘酷な予定を口にしつつ握り締められた拳から伝わる決意と、何を言っても揺らぎそうにない様子に、典は沈黙する。彼の強さはよく知っている。いつもの手合わせも、自分は本気でもかぐやは完全に遊びの領域だと彼は気付いていた。

怪我などしないかと心配ではある。だがかぐやも天人だ。そして細かくは聞いていないが鬼の力も持っているという。不老不死と言われるほどの2つの種の力を持つのであればきっと平気なはずだろう。

そう楽観して、典はそれ以上深くは考えなかった。彼が気付いていないのは明白だ。多々ある報の中、何よりも、彼が相手にしようとしている相手もまた天人なのだと言う事実を。騙されたからとはいえ一度は力を封じられたという過去を。

「ああそうだ、典」

「ん?」

呼びかけられたのでそちらに視線を向けようとした瞬間、倉を摑んで引き寄せられる。そして典はぎくりと固まった。彼を真っ直ぐと見上げる眼差しが、青白いを帯びていることに。自ら噛み切ったのか、口元がで滴っていることに。

真っ直ぐによこされる視線と紅のような鮮から逃れることが出來ないまま一呼吸分の間が空くと、典が前に傾いだ。かぐやはそれを片手でけ止め、抱えた頭に顔を近付ける。

「――あんたにも、期待してる。もしも何かあっても、きっとあんたなら――」

小さく小さく呟いた一言は、向けられた本人の耳にることなく風に攫われどこかへと消えていってしまった。

決戦は、次の満月の日。8月の15日――。

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