鬱陶しげに十二単を引きずり姿を見せたのは、皆が伏すしかない天人たちの力の満ちる中軽い調子で出て來たかぐやその人。天人たちは一瞬顔を引きつらせたが、すぐに不敵な笑みを浮かべて一斉に手を前に差し出した。

またあの不可思議な力を使う気だ、と、翁は慌てて娘を見上げる。しかし、かぐやは軽く振り返って笑うとまた前を向いてしまった。翁はそれきり言葉を失う。絶からではない。天人たちから見えないように向けられた笑顔は、あまりにも勝ち誇ったもので、唯々諾々と彼らの言うことを聞く様子にはとても見えなかったから。何か考えがあるに違いないと、翁はうなだれて、その顔から絶が消えつつあることを隠した。

「我らの前においでませ姫君」

木霊となって重なった聲は薄気味悪く夜に溶けていく。その聲に応えて、かぐやのに『力』が巻きついてきた。腕、足、首、、頭。全にまとわりつくそれを、覚が優秀なかぐやは嫌気が差すほど明確にじ取る。

さすがに月を鎮めた狂気の矛を迎えに來ている一団だけはあった。逃すまいと練られた力は強く、かぐやは水すららさないほど緻な網に捕らわれているような覚を覚える。しかしそれでも、鬼の力を得たことで天人としての力も底上げされたかぐやには難なく振り払えるものであったはずだ。

（……今は無理だけどね）

心でひとりごち、かぐやは徐々に近付く迎えの一団を油斷なく――傍目には諦めたように――見つめた。付かれてはいけない。彼の目的は彼らを油斷させ近付いて來た時はじめて遂げられるようになるのだから。

ややあって、完全にかぐやが屋に上がった。

対峙するのは皆彼を侮っていることを隠さない文服の天人たちだ。大人しくやってきたので、完全にかぐやは力を失っていると思っているらしい。かぐやはそれを認めて靜かに行の時を待つ。

彼は気付いていないらしい。天人たちの中で、一際大きな軀の男がかぐやの向を窺っていることに。

「さあ姫君こちらへ。陛下たちがお帰りをお待ちです」

天人の中でも飛び抜けて裝束が派手な男――かぐやは長と判斷した――は、片手をかぐやに差し出した。対面したかぐやのみならず、音しか聞こえない地に伏している者たちにすら、それは高慢で尊大な印象を與えてくる。しかしかぐやは言わずにその手を取ろうと手をばした。

手がれる、その直前、かぐやの表が一変する。彼らが恐れ、危懼した、〝武人〟としての彼の顔だ。それは正に剎那。この高慢な長にも、戦線に參加したことがないだろう文たちにも、見抜き、阻止することなど出來るはずがない。だが。

「ぐえっ!?」

潰れた蛙の様な聲を出しながら長のは後ろへと引き倒された。それと同時に襲ってきた掌打を、かぐやは長を摑むためにばしていた手を返してける。思いがけない攻撃はまるで巖で毆られたかのように重い。この近距離でいきなり手をわすのは不利だとじたかぐやは、爪先を屋に差し込むように落とすと、引き抜く勢いで瓦を蹴り上げた。

襲撃者が一瞬怯んだ隙に十歩分ほどの距離を一気に飛び離れ、かぐやはそこでようやく相手の姿を視界にれる。

そこにいたのはひとりの男であった。大柄で筋骨隆々、炯々たる眼に油斷のは一切なく、立ち込める闘気も計り知れない。文の上著こそ羽織っているが、その立ち居振るまい、文であろうはずがなかった。

かぐやは予想外の存在に楽しげに笑う。