《帰らずのかぐや姫》其の五 3
「へぇ、あんたみたいなのも連れて來たんだ。最終的には力ずく、ってこと?」
「最初は萬が一に備えた護衛だけのはずでしたが、そうもいかなくなりました」
どうにも固い印象をける言いだが、雰囲気には合う。見た目と、そして先ほどの掌打の威力から総合して、かぐやは彼が並々ならぬ武人であることを確信した。
「名前は?」
袖を払った片手を腰に、片手を垂らし、上がっていた肩をおろす。誰が見ても慢心したか諦めたとしか見えない姿に、天人の中からは當初の目的を忘れ「叩き伏せろ」と怒鳴る者もいる。騙されたのが気に食わないのだろうが騙される方が悪いのだ。
周囲からの野次に、しかし武の男は応えず、かぐやにかかって行きもしない。
行けないのだ。そう思ったのは典だ。
かぐやの姿勢、一見隙だらけに見えるがそうではない。垂らされた手は単の袖に隠され見えないが、彼の格上何かしら仕掛けをしているはずだ。腰に當てられた手は単に邪魔されない分早くかせる。先ほどは文相手だったから手加減していたが、次の手に加減の念はつかないだろう。
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そして肩の力が抜かれたのは慢心でも諦めでもない。突然の襲撃に強張っていたが解れたからだ。もしもあの武の男が周りに応えて踏み込んできていたのなら、すでに瓦にその巨を沈めていたことだろう。それだけ見てもあの男の力量が測られる。
「自分は羅快らかい。貴様のお父君の軍の先鋒隊隊長を擔わせていただいておりました。現在は王都防衛の任に就いております」
右拳を左手で包み包拳の禮を取る羅快の態度は、文たちの慇懃無禮なものとは真逆に心から誠意に満ちている。それにかぐやは素直に心した。月にもまだこんな男が殘っていたのかと嬉しくなり、同時にこんな気骨のある人があの小の王に使われていることが悔しくなる。
そして、自分の考えをし直さなくてはいけないと確信した。最初かぐやは、敵、つまり天人たちの懐にり込み、一気に叩きのめしてやろうと考えていたのだ。だが、彼のような武人がいるのであればその必要はないだろう。彼一人を叩き伏せれば、今でさえ後ろに下がりきっている殘りの連中は退くはずだ。頼みとする武人が敗れれば自ら退くに決まっている。
「羅快、ね。先に言っておくけど、私は月に帰るつもりはない。そこの腰抜けども連れて帰るなら特別に見逃してあげてもいいけど?」
小馬鹿にしたように皮な笑みを浮かべて言い放つ。狙いは挑発。腹を立ててくれるならばそれが一番いい。だが、かぐやの願いに葉ってくれたのは歯牙にもかけていない文たちの方であった。羅快は不愉快に思った素振りすら見せない。かぐやは微かに舌打ちする。
それに気付いてか気付かずか、羅快は直立してかぐやを真っ向から見據えた。
「姫様、貴様の比類なき卓越した武は自分も深く存じ上げております。ですので――」
風が、吹いた。
どこからか飛んできた木の葉が羅快の前へと飛來する。そしてそれは、その眼前に差しかかった瞬間、微塵になった。剎那、羅快の姿が消える。
「全力で參りましょう」
その言葉はかぐやのすぐ手前から。一度見失った羅快の姿は視界の下方に突如現れた。
(速いっ!!)
を屈めた羅快が瓦を踏み砕くほど強く踏み込んだのを見て、かぐやは両手を前に出して瓦を踏み締める。だが、その瞬間また羅快の姿が消えた。かぐやは思わず目を見開く。するとその背後から、低い聲が聞こえた。
「こちらです」
言下繰り出される拳。凄まじい速さで打ち込まれたそれはかぐやの長い髪と背中にぶつかる。
文たちからは歓聲が上がり、いつの間にか自由になっていた地上の人々からは驚愕の聲や絶の金切り聲が聞こえてくる。その中、翁と典は屋の上を見上げたまま、熱に浮かされたように呟いた。まだだ、と。
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