「ええい、何とけないことかっ！　あれで我が國の先鋒隊長を擔っておったとはおこがましい。何をやっとるかお前たち、早く姫を捕らえんかっ！！」

喚いたのは長だ。それに応えるように天人たちが両手を前に出して力を使おうとする。しかしもうかぐやに黙ってそれをけれてやる必要などない。向けられんとする力を、殺気を飛ばすことで制した。幻覚すら浮かぶほど強い殺意に天人たちはたじろぎ、ある者は悲鳴を上げ後ろざまに転び、ある者は餅をついている。かぐやはそれらを睨みつけた。

「まだやる気？」

鬼の目のまま脅しかければ數人が後ずさった。これならもうし脅せば予定通りになりそうだ。かぐやは心で笑う。しかし、その時だ。

「品のない」

涼やかな聲が混しつつあった場を割った。聲の主は天の車の前に立つ青年だ。靜かに彼が歩き出すと、長く艶やかな髪を結った紐についた鈴が鳴り、それが命令であるかのように自然と天人たちが左右に分かれ道が出來る。

そうして青年は、自よりも年上であろう天人たちが恐れるかぐやの前に立った。

「まあいいか。月の姫としてじゃなくて鬼の手駒として迎えに來たんだものね」

らかに微笑むとまるで花が咲いたかのように周りの空気が華やぐ。その様子にかぐやは気持ち悪さを覚え、地上人たちはそのかぐや自を思い出した。目の大きさと別さえ気にしなければ、彼は単にを包み貓を被っている時の彼に瓜二つなのだ。

地上がざわめく中、かぐやは眉を寄せ青年に聲をかける。

「怖いもの知らずだね。あんた誰？」

問いかければ青年は腰に下げたしい刺繍のされた布袋から何かを取り出した。それは細かな彫りのされた橫笛であり、目のえた者であればそれだけでひと財産が築けるほどのものだと分かるだろう。

青年はそれを口の近くまで持ってきてから、かぐやにもう一度微笑む。

「赫かくひ。あなたの弟だよ、赫夜かぐや」

弟、と言われかぐやが揺したその隙に、赫は笛に口をつけて息を吹き込んだ。高く鳴り響いたのは流麗な曲だ。再會を祝していると言われれば納得出來るほどにその音はしく、宮中で一流の楽の音に囲まれているはずの帝すらも心を奪われたかのように聞き惚れる。

だが、文字通り天上の音であるそれに、ただひとり、悶絶の悲鳴を上げる者がいた。――かぐやだ。

「がっ、あああっ、うがあああああああああっっ」

両腕で頭を抱え狂ったように悲鳴を上げ、かぐやは悶え苦しむ。時折逃れるように暴れるが、それらは周囲を壊すばかりで何の役にも立たない。

この音が何なのか、何故あれほどまでにかぐやを苦しめるのか。地上人たちには分からなかった。だがただひとり、典だけはその理由をいち早く察する。

以前聞いたことがある、月の人々が自よりも遙かに大きく遙かに強靭で遙かに強かった鬼たちに勝利した理由。弱き者の常套手段である団結と、彼ら特有のその不思議な、そして鬼をるために作られた、音――鬼の音きそうのね。

典はこれがその音だと判斷するとすぐに行に出る。近くに落とされていた弓と矢を手に取ると、弦を強く引き青年・赫に向けて一呼吸の間に撃ち放った。だが、放たれた矢は落ち著きを取り戻した天人たちの外能力によって途中で止められてしまう。

「無禮者が。おおそうだ、赫様。月での本番に備え、この穢れた地上人共でその鬼のり合を確認なされてはいかがでしょうか？」

地を這う蟲を見下すような目をしていた長は、よいことを思いついたというように聲の調子を上げる。笛を奏ながら、赫はちらりと長に目を向けてから、屋を見上げる地上の者たちに視線をやった。典が目が合ったと錯覚した瞬間、その涼やかな雙眸が僅かに細まる。それが、長の進言をけれることを示すと察した典は腰の刀を抜いた。つられるように帝の兵たちが各々武を構えだす。