《帰らずのかぐや姫》其の五 7

「おやめくだされっ、あれは、あれはかぐやでございます! 私どもの娘のかぐやでございます!!」

悲痛な聲を上げて翁が典の腰にしがみついた。

「分かっております造麻呂殿。ですが、だからこそ剣を抜かねば我々が死ぬ。かぐやを殺そうなどとは欠片ほども思っておりません。しかし生き抜かねば、かぐやが元に戻った時に悲しむ。それでよろしいのか?」

の上に視線を向けながら、典は語気を強めて尋ねる。口ごもる翁は、ゆるゆると典を放し、顔を歪めて娘を見上げた。

すると、まるで「茶番が終わるまでやっていたぞ」と言わんばかりに赫が奏でる曲を変える。それまでが押さえつけるようなものであったとすれば、これは攻撃を命じる強いもの。かぐやは一層激しい悲鳴をあげたかと思うと、糸が切れたように靜かになった。地上人は絶を、天人たちは高揚を覚える。かぐやの正気が手放され、完全に赫の支配下に置かれたと、誰もがそう思ったからだ。

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一時目のが失せさせ俯いていたかぐやがゆっくりと顔を上げる。その顔に浮かぶのは殺意と狂気。目に浮かぶ戦意は音の命じた通りであった。

しかし、最初に揺したのは命じたはずの赫だ。

「…………っ」

笛を吹きながらも慌てた様子で後退る。その様子に気付いたその場にいた全員が異様な事態になりつつあることを察した。そしてその察しは、確かな形として現れる。

「――――――――――――ッッッ!!」

天を仰いだかぐやが咆哮した。まるで巨大な獣が眼前にいるかのような錯覚を覚え、天人・地上人を問わず、悲鳴を上げる者が、足を竦ませる者が、気を失う者が、続出する。

「気がれてしまったのか……!?」

空気を振させるのは果たして音だけか。一瞬にして周囲を包んだ強烈な覚がをちりちりと焼くようだ。典がしだけ視線を反らせると、赫は何とかかぐやを抑えようとしているらしく、最初の音を繰り返していた。

しかし今度こそ効果はない。かぐやは振り払うように拳を屋に叩きつける。すると、まるで雷が落ちたかのような衝撃で屋の一部が轟音を立てて崩れた。その威力は、下手な貴族の屋敷よりもよほどしっかりとした造りの翁の家でなければ全てが崩壊していただろうほど。雨あられのように落ちてくる瓦や木材などから逃れるように地上人たちは慌ててその場を離れる。屋の上では天人たちも同様にかぐやから逃げ離れた。

典も翁を連れてそこから離れる。すると、ちょうど逃げた先に気を失って倒れていた羅快が落ちてきた。咄嗟の出來事に典も翁も息を飲むが、落ちた衝撃で逆に目を覚ました羅快がを起こすと反のようにくする。

眼前に典と翁を見つけた羅快も同様に驚きを表に浮かべるが、周囲の騒ぎに気がつくとすぐに意識をそちらに向け、一層驚愕した。

「これは――!? 地上の仁、いったい何があったか教えていただけるか?」

地上の〝仁〟。唯一かぐやに敬意を表した武人は、同じように典たちにも敬意を払って問いかけてくる。かぐやを道扱いする憎き相手ではあるが、敬意には敬意で返すのが禮儀。典は苦い顔で屋の上を見上げた。視線の先では、かぐやが天人たちを追い回している。

「かぐやの弟だという男が笛を吹いた途端に苦しみだして、俺たちを攻撃するようにけしかけようとしたらこうなった。――月の武人殿、何か分かるなら何が起こったのか教えてくだされ」

典の説明に羅快は「だからお止めしたのに」と呟いた。それを聞き逃さなかった典は真摯な視線で羅快を見據える。恐れも侮蔑も浮かべない雙眸を見返すと、羅快は同じような目をしている翁にも視線を向けてから語りだした。

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