《帰らずのかぐや姫》其の五 9

その場にいる、誰もが驚愕し、言葉を無くす。

翁・嫗を切り裂こうと振り上げたかぐやの手は、鈍いきながらも確かに振り下ろされた。そしてそれは過たず老夫婦の命を刈り取るはずだった。

しかし今、かぐやの腕は途中で止められている。止めた主は――刀を握った典だ。かぐやの腕は返した典の刀の背でけ止められていた。それだけでも十分すぎるほど人々を驚かせる。だが衝撃はまだ続いている。何故なら、普通の人間であるはずの典から、満月のらかなが放たれているのだから。

「あれは……赫夜の守りの……?」

笛から口を離して事態を見下ろす赫は、典が発するそれが人々の口伝えでしか知らなかった姉の能力と同じであるようにじた。その理由を予想した赫は、「そんな馬鹿な」と誰にも聞こえないほど小さく呟く。予測した理由が、あまりにも信じがたかった。一方で、當の典は何故自分がこんなことが出來るのかを何となく予想する。

記憶の中でかぐやの聲が再生されたかと思うと、が自分のものとは思えないほど軽くなった。さらに、自ら意識するよりも遙かに早く典の足はき、文字通り疾風の如く一足飛びでかぐやの前に飛び込んでいた。その時になりようやく自意識がに戻ったような覚だった。だが、その時の典は驚くほどに冷靜であった。出來る、守れる、と理屈なく思ったのだ。

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不意の確信を実にしたのはかぐやの腕を止めた時。自から過日のかぐやと同じが放たれたのを見て。これが、羅快の問い――「姫様に何かされていないか」の、「何か」の答えのようだ。よくは分からないが、恐らくあの老人が使者としてきた日、彼から託されたのだろう。このような事態を想定して。

腕を止められたかぐやは警戒する獣のような唸り聲を上げる。押してくる力が強くなり、典の足がしだけ地面にめりこんだ。痛みはないし、攻撃が通るのではという恐怖はない。しかし、同時に攻撃のもない。どうしたらかぐやを止められるのかと頭を回転させる。

すると、典が答えを出すよりも先に背後で翁が立ち上がった。

「造麻呂殿」

「大丈夫です、典殿。ありがとうございます」

かぐやに傷付けられた腕はに塗れており、とても大丈夫には見えない。だがその表はとても落ち著いている。翁が歩き出すと、嫗もその背を追って歩き出した。その彼らから逃げるようにかぐやが飛び離れる。翁と嫗は典の脇を通り、しだけ離れた場所で警戒している、鬼の顔のまま自分たちを見つめる娘と対峙した。

どうするのか、と典のみならずその場にいる全員が彼らの向を見つめる。その視線の中、老夫婦はらかく微笑んだ。

「懐かしいねぇかぐや。お前が私たちの元に來た最初の満月の日を思い出すよ」

言葉通り懐かしそうな顔をし、翁が突然思い出話を始める。

「ええ本當に。あの時もかぐや、お前はこんな風に癇癪を起こしていたね」

癇癪、などと可い言葉で表せるものなのだろう。すでに天人・地上人問わず多くの者が重軽傷を負って倒れていた。蟲の息の者もいる。まだ死者が出ていないことが奇跡なほどだ。しかし羅快曰く、この奇跡こそかぐやの心が殘っている証。その話を聞いていないはずの翁たちだが、恐らく無條件に確信しているのだろう。娘が戻ってきてくれる、ということを。

「だからね、あの時と同じことを言うよかぐや」

翁・嫗がまた一歩近付き、かぐやとの距離はほんの僅かなものになる。かぐやが警戒して下がろうとするが、それよりも先に、左右から老夫婦が手をばしてきた。逃げられるはずのそれから、かぐやは逃げない。そして瞬きほどの間に、二人の腕の中にかぐやは収まってしまう。

「何も怖がらなくていいんだよ、かぐや。ここはお前の家で、私たちはお前の家族だ」

「怖いものが來ても大丈夫。ちゃぁんと私たちが守ってあげますからね」

頭を抱えるように抱き締め、左右から翁・嫗は娘に顔を寄せる。一瞬怯んだかぐやだが、そのぬくもりに安堵したのか、しずつの強張りがほぐれていった。ずるずるとかぐやがその場に座り込むと、翁と嫗も膝立ちになり、なお彼を抱き締め続ける。

そして、不意に雙眸から大粒の涙がこぼれ、かぐやの目が鬼それから人のそれへと変わった。何度もかぐやの名を呼ぶ優しい聲が、鬼の力に押しのけられたかぐやを揺り起こしたのだ。

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