《鸞翔鬼伝〜らんしょうきでん〜》序章.二

そんな翔隆とびたかの行を心配するのは、父である志木しぎだ。

志木は、両目とその下に傷を負っていて盲めしいとなったが、その分が鋭かった。

「翔隆はまた里か…」

薪を作り、里の方向に顔を向けてふと呟く。

すると、そんな志木の後ろからクッとを鳴らして笑いながら拓須たくすが言う。

「何を今更、詮無せんなき事を」

その言葉に志木は眉をしかめて、拓須に顔を向ける。

「〝先読み〟の出來るお主ならば、そう思い諦められるのか? あいにくと我らは違うのだ」

そう皮を込めて言い返すと、拓須は目を細めて志木を睨む。

〝先読み〟をしても結果が変わらない事への厭味なのかと思う事を、志木は度々言ってくる。

拓須は何も答えずに橫を向く。

ここで立ち去れば、それが肯定した事になるからだ。

続けて志木が言う。

「彌生がお主らを置く事を許したとはいえ、わたしはまだここに居る事を許してはいないぞ、狹霧! あの子にとって悪しき存在となると判斷した時は、全力でお主らを討つ! それを忘れるなッ!」

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そう牽制するように言い放ち、志木は薪の束を手に立ち去る。

その後ろ姿を見ながら、拓須は冷笑する。

〈ク、クク…〝全力で〟な…。甘い奴らだ〉

ーーービッ

指からが出た。

「いて…」

翔隆とびたかは指を舐めて、木くずを投げ捨てる。

集落から離れた森の中で、木のに座り、先程から弓を作ろうとしているのだが全く上手くいかない。

目の前に、どんどん失敗作ばかりが積み上がっていくばかりだ。

「なんで上手くいかないかな……あの大きな弓は何で出來てるんだ?」

ぶつぶつ言いながらも側に置いておいた集めた木の枝を手に取ると、クスクスという笑い聲が頭上から聞こえる。

翔隆は真っ赤になって見上げて言う。

「その聲は睦月だな! 隠れて見てたのか!?」

「ふふ、すまんすまん…」

その言葉と共に木の枝から睦月が降りてきて、苦笑しながら翔隆を見る。

「余りに真剣で、邪魔をしては悪いと思ってつい、聲を掛けそびれて……ふ、ふふぁははは!」

言っている途中で、睦月は堪えきれなくなって腹を抱えて笑い出した。

そんな睦月を見て、翔隆は恥ずかしさでムスッたれる。

「どうせガキっぽいって言うんだろ」

「すまん、つい…。用なクセに変にりきむから駄目になるんだろう?」

言いながら睦月は笑ってしまった詫びに、手頃な枝を手にして木に寄り掛かりながら形を整えていく。

「分かってるよ…」

呟きながら、翔隆は膝を抱えてそれをじっと見つめた。

睦月は弓を作りながら喋る。

「ああいう、人間が使う弓は…木を丈で挾んで籐で巻いたりするそうだよ」

「…とう?」

「遠い熱帯の國にある木の事だ」

「へえ…睦月は知りだな…」

「そうでもないよ」

微笑しながら弓を作る睦月の長い前髪が揺れて、チラチラと酷い傷跡が見える。

それは、昔 修行をつけてもらっていた時ーーー木登りが苦手で、大きな杉を登ろうと頑張ったが、手がって木から落ちた。

その時に、先に上に登っていた睦月が、翔隆を抱えて著地したのだが…その際に、酷い傷を負い失明させてしまったのだ。

ずっと謝っていたら、布で隠し、更には前髪をばして隠すようになってしまった…。

〈綺麗な目なのに…見えなくさせて…〉

そう思い落ち込んでいると、急に睦月が作った弓に矢を番えて翔隆に向け、鬼の形相で怒鳴る。

「また織田の嫡男の事か!? 會ったのか!?」

「違うから! 近い! 目に刺さるからっ」

翔隆が驚きながら言うと、睦月は落ち著く。

「それならば良いが…」

そう言い、睦月は弓矢を翔隆に渡す。

翔隆はそれをけ取り苦笑した。

織田三郎の事となると、睦月は誰よりも怖くなる。

「…ねぇ、睦月」

「ん?」

「俺がこういう事をると、父さんは怒るけど…弓とか槍なら習う事だしいいと思わない?」

「…それは、まあ…」

「それとも里に出る事が駄目なのかな? それならなんで里に出ていいなんて言ったんだろ…」

言いながら翔隆はまた、しょんぼりとする。

を知っている睦月は、戸いながら答える。

「いや、里に出てもいいのだが…」

「だが?」

「その…」

睦月が言い淀むと、翔隆は更に落ち込む。

そんなに落ち込ませたくはないのだが、はっきりと“何が駄目なのか”を言えない理由があるのだ。

ここの誰もが知っている掟を、翔隆だけが知らない。

自分が不知火一族の嫡子であるという重要な事ですらも、知らされていないのだ。

不知火の掟には

〝七つの年に掟を教える〟

とあるのに、何故か志木達は里に出る事を先に許したのだ。

〈もう限界だろう。志木殿に進言してみよう〉

睦月が眉をしかめて考えていると、翔隆が心配そうに聲を掛ける。

「睦月?」

「え? ああ、なんでもないよ。…駄目ではないのだが、また怖い思いをするのではないか、と心配しているのだよ」

「………」

翔隆は無言になってうつむく。

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