《鸞翔鬼伝〜らんしょうきでん〜》序章.三

ーーーー初めて村に出たのは、七つの時の正月(一月)。

雪の中、初めて見る景が楽しくて、丘に登った。

そこから全を見ようと思ったら、先客が居た。

九歳の織田吉法師きっぽうし(織田三郎)が馬に乗って、遙か彼方を見つめていたのだ。

その姿に一目惚れして、翔隆は一度集落に戻って皆に

〝こんな子が居たんだ!〟

と言って回り、またすぐに里へ走っていった。

母の彌生や姉の楓、よく父と話をしている千太から聞いた山々や畑や沼、牛や馬などの様子を見て、ワクワクしながら自分と同じ年頃の子を探した。

村の子供達が集まっているのを見つけて、翔隆は大喜びで走り寄った。

〝遊ぼうよ!〟

そう、聲を掛けようとした瞬間に子供達全員の顔が恐怖に引きつり、蒼冷め、悲鳴を上げて逃げ出した。

翔隆は皆が逃げる理由が分からず、その場に取り殘されて立ち盡くした。

追い掛けようと一歩、足を出したその時に大人達が駆け付けてきた。大人達は共に逃げ、男衆が口々に〝鬼だ!〟、〝の怪だ!〟とんで石を投げ付けて鍬や鎌を手にして襲い掛かってきたのだ。

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翔隆は突然の出來事に混しながら逃げた。

〈何? なんで?! なんで!?〉

今まで、集落の中では皆が普通に接してくれていた。

挨拶し、言葉をわし、笑顔で可がってくれた。

だから、こんなに殺気付いた大人は初めてでーーー訳の分からないまま、ザッと背中が切られて熱くなり、激痛で転んだ。

「やった! 今だ、殺せ!!」

誰かが喜んで言い、更に鎌を振り上げたのが見えた。

〈殺される!!〉

そう思った時、後ろから來た誰かが前に立って手を広げた。

「やめよし。そない大勢でこんな小一人を見苦しい。お前もさっさと帰りよし」

そう言い翔隆を立たせて背を押し、走らせてくれた人…。

聞いた事の無い言葉で、笠を被ったその人が、どうやら背中の致命傷を治してくれたらしい…と、後から知った。

短めの黒髪で、どこか睦月に似た人としか覚えていない“命の恩人”。

聲は覚えているので、いつかまた會う事があれば、お禮が言えるだろう。

…そんな、恐怖を味わって初めて、自分は異質な存在なのだと知った。

父母や姉、集落の皆とは全く違う〝鬼〟なのだ、と。

皆が慈しみ接し、を注いでくれていたから、自分が〝人間〟だと勘違いしていただけなのだと、やっと分かったのだ。

何故、自分だけこんな姿なのか

その問いには、誰も答えてくれない。

拾われて、育てられたのだろうか…?

「俺…皆の重荷になってるのかな」

ふいに翔隆がそう言うので、睦月は枝を落として目を見開く。

「何を…」

「だって…」

翔隆は、言わない方がいい事だと分かった上で、どうしても聞きたくて仕方がない事と不安を口にした。

「だって、父さんも母さんも姉さんも、皆 黒髪で黒い目なのに、俺だけこんな…ねずみの髪で青い目だから、こんな所に隠れ住まなきゃいけないんじゃないかって…!」

「翔隆、それは…」

「聞いちゃいけない気がして! ずっと怖くて聞けなくて! 明日聞こう、また明日、今度って…ずっと延ばして」

「翔隆、落ち著いて…」

「だって俺、捨て子か何かだろう?!」

そうぶように言うと、睦月に抱き締められた。

「決して捨て子などではない! それに、隠れ住んでいる訳でもないじゃないか。男衆は村へ々なを売りに行っているだろう?」

「…うん…」

翔隆は涙を拭って睦月のに頭を委ねる。

睦月はそんな翔隆の頭をでながら、落ち著かせてやった。

「そんなに後ろ向きな考えをするなと、いつも言ってるだろう?」

「ごめん…」

言うつもりはなかった…だが、弱音を吐けるのが睦月しかいないのだ。

睦月もまた、それは分かっていた。

弱音を吐くのは構わないが、翔隆には傷付いてしくない。

〈早く掟を教えるように、志木殿に頼んでみよう〉

ついでに、何故今まで教えなかったのかも聞こう。

そう思い、睦月はポンポンと翔隆の頭を叩いて離れ、まだ途中だった弓の仕上げに取り掛かる。

そんな睦月の手元を見ながら、翔隆は喋る。

「…睦月」

「ん?」

「俺…いつか化けられるかな?」

「化け…? 何に?」

「人間に、さ」

翔隆が寂しげに言うと、睦月は弓の弦を張りながら眉をひそめて考え、微笑して喋る。

「拓須の教えをきちんとに付ければ、いつかは出來るさ」

には姿を変えるもあるので、そう答えた。

すると翔隆は唸って頭を抱えた。

まだ拓須からはしごかれてばかりで、は余り得られていないのだ。

それを見て笑いながら睦月が聞く。

「人間に化けてどうするんだ?」

「そのーーー思ってるだけだから、怒らないでしいんだけど……。出來れば俺ーーー…〝あの人〟の側に居たいなぁって……」

翔隆が苦笑しながら言う。

〈やはり、そうなるのか…〉

睦月は眉をしかめ、ため息をつきながら矢を作る。

…分かってはいた事なのだ。

翔隆が七つの時に集落を出た直後、

「奴は吉法師に惚れるぞ。それは奴の最大の弱點となり、支えともなる。…我らには吉だが、不知火にとっては兇となる」

そうーーー拓須が予言していたから。

それを知らされた後に翔隆が喜んで吉法師の話をしたので、睦月は必死に妨害してきた。

絶対に會わないように厳しく叱り付けておいたし、他の人間を褒めてみたりもした。

だが、翔隆は吉法師しか見ない…。

未來さきが分かっていたとて、それを阻止したり変えたりする事など出來ない。

〈この八年、何をしても無駄だった…〉

きつく叱ろうが、閉じ込めようが、縛って吊し上げようが、翔隆は織田の嫡男を見に行った。

ならばしでも悪い方向にいかないようにしておかなければと、〝見てもいいが、決して會うな〟と言い付けたのだが…。

それも失敗だったのだろうか?

〈翔隆、今はいい、今は。だが、お前が何者であるかを知り、道が定まった時に辛くなるのは、お前自なのだ…!〉

睦月は弓矢を手に笑って走っていく翔隆の背を、悲しげに見送った。

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