《鸞翔鬼伝〜らんしょうきでん〜》序章.四

翔隆が折れない弓で的をる練習をしていると、籠を持った母の彌生と姉の楓が通り掛かった。

「翔隆! こんな所に居たの」

「母さん…楓姉さんも。薬草摘み?」

「食べよ。こっちの方ならまだあると思って」

彌生が笑って言い、杖を突きながら歩く。

母は昔、賊に捕まっていたのを父に助けられたのだ…と聞いた。

その時、賊に両足の踵かかとの筋を切られたらしく、右足はなんとか回復したものの、左足は上手くかせずに引きずっているのだ。

翔隆は弓矢を腰紐に差して、すぐに駆け寄って楓の抱える籠を持つ。

すると手が空いた楓が母に手を貸して歩いた。

小さな頃から自然とこうしてきていた。

「何を探してるの?」

翔隆が聞くと、楓が答える。

「そうね…タラとか片栗、雉隠きじかくしもあるといいわね!」

「多いなぁ…令法りょうぶなら新芽が出てたけど…あ、あっちの小川ならまだ土筆があるかもしれない!」

言いながら翔隆は素早く山菜を摘んで籠にれていく。

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「翔隆、危ないからそんなに奧まで行かないで!」

彌生が心配して言うが、翔隆は笑って

「大丈夫!」

と答えて籠を置き、崖の上まで一気に駆け上がって小川に行き、土筆を両手一杯に持ってり降りた。

「大きいけど、まだ食べられるよね? 杉菜もしあったよ…母さん?」

翔隆は何故かを押さえて座り込んでいる母に近寄る。

すると、楓に頭を小突かれた。

「た〜け! あたしと違って母さんはあんたの修行を見てないんだから心配するでしょ!」

「ご、ごめん…? 今度から気を付けるよ!」

何を心配されたのか分からないまま答えて、翔隆はまた走り出した。

そんな翔隆を見つめて、楓はため息をついて彌生と共に歩く。

彌生は苦笑しながら、あちこちに行く翔隆を見つめた。

よく泣いて、なんにでも驚いていた小さな嫡子が、こんなにも立派に長している事に、安堵と共に寂しさをじていたのだ。

…何かある毎に抱き著いてきていた子を抱き締める役目は、いつの間にか睦月へと変わっていた。

それはしだけ妬ましくもあったが、いつかはこの手を離れるものだから仕方がないと諦めた。

それに、彼らをここに置くのを夫に頼んだのは自分なのだ。

これから先、嫡子として歩む翔隆の支えになってくれればと願いながら、睦月と拓須、そしてその翌年に來た義に接してきた。

それは、間違ってはいなかったようだ。

彌生は楓の手を借りて、翔隆についていった。

一方。

睦月は小屋の中で志木しぎと向かい合って話していた。

「…そうか…」

志木は睦月から〝翔隆が自分が何者なのかを知らなくて混し、悲観している〟と教えられると、ため息と共に黙ってしまう。

睦月は更に聞いた。

「何故、掟を教えなかったのですか?」

そう聞かれ、志木はまたため息をつく。

「教えようとはしたが…初めに〝里に出ていい〟と言ってしまったのが間違いだったのだ」

「ああ…もうすぐに飛び出していき、ああなった、と…」

そう睦月が言うと、志木はうなずく。

そして泣いて帰ってきて、背中がまみれのままの翔隆に抱き著かれたのだと悟る。

あの時は驚いて心配する前に、

「どぉして俺はみんなと違うの?! 同じにしてよ! 同じになりたいよお!」

そう泣きんで睦月や拓須や義に抱き著き、揺さぶり、懇願して…何を言おうにも泣きじゃくり、その日は泣き疲れて寢るまで、何もどうにも出來なかった。

睦月は思い出して志木と共にため息をつく。

「しかし、いつまでも黙っていては翔隆の為になりません」

「分かっている。だが、機會が…」

そう言い訳をしようとしてやめた。

話す機會なら幾らでもあった。

それこそ、泣いて目覚めた翌日にでも。

しかし、ためらう理由が…二つあった。

一つは、拓須たくすに言われた言葉。

八年前ーーーー翔隆が飛び出した日に、話した事。

「翔隆に掟を話したら、〝長男〟が攻め込んでくる故」

突然拓須がそう言うので、志木は驚いた。

「何?! それは、お前が手引きをするという事か!」

そう怒鳴るように言うと、拓須は笑う。

「當たり前だろう。狹霧に送られし不知火の長男とて、狹霧の掟で生きているのだ。〝戦いでのみ接するのを許す〟とな。それを手助けすると、修隆おさたかと約束してあるのだ」

そう面倒臭そうに拓須が言う。

修隆は、前長の兄だ。

「修隆様と…?」

志木が意外そうに言うと、拓須は舌打ちする。

「故に、ここを火の海とする覚悟が出來たら話してやるといい」

そう言い立ち去った。

そんな事があったから掟を話し難い、とは睦月には言い辛い。

拓須は何かと敵対するのだが、睦月は翔隆の命の恩人でもあるし全面的に協力してくれている。

それにもう一つ。

志木自がこの現狀に甘んじてしまっていた。

妻と楓と翔隆の四人、仲良く暮らすのが、とても心地良くなっていたのだ。

〈それではいかんな…戦には備えておくか〉

そう思い、志木は睦月の方に顔を向けて言う。

「では、話すのに良い機だと思った時に翔隆を連れてきてくれぬか? いつもの小屋に、誰か居るようにしておく故」

「分かりました。その時はお知らせします」

笑って答え、睦月は一禮して去る。

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