《鸞翔鬼伝〜らんしょうきでん〜》序章.五

夕餉ゆうげを家族四人で食べた後に、翔隆は己にあてがわれた小屋に行こうとして立ち止まる。

母と姉がいそいそと取り出した布が、いつもの布より綺麗に見えて気になったのだ。

翔隆は立ったままじーっとその布を見てから、二人の側に寄る。

「それ…冬に織ってた布じゃないよね?」

そう聞くと、楓はドキッとしながら言う。

「は、春に…」

「春の布はもう父さんが著てるし、見た事の無、もが」

言い掛けた口を、楓が慌てて塞ぐ。

『このたぁけ! 緒なのに!』

小聲で楓が言った時、二人に大きな影が掛かる。

二人がそーっと振り向くと、すぐ後ろに眉間にシワを寄せた志木が立っていた。

〈叱られる!〉

そう思った翔隆が咄嗟に、

「ああごめん! 秋! 秋に見たよ!」

そう噓をつくと、志木に襟首を摑まれて立たされた。

「秋に織ってはいない。楓! 勝手に里に降りたのか!?」

「待って父さん!」

翔隆は必死に志木の腕にしがみついて、姉が叩かれないように庇う。

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「姉さんは義に新しい著を著せてあげたいだけだよ! もうボロボロなのしか持ってないから!」

酷い言い様だが、半分は事実だ。

「人里に降りていい理由にはならん! 楓!」

そう父が怒鳴ると、楓が泣きながら両手を突いて頭を下げた。

「父さんごめんなさい! 城下からの行商人が村に來るって聞いて、どうしても…っ!」

すると、そんな楓を彌生がそっと抱き寄せて夫を見上げて言う。

「お前さま、叱らないでやって下さい。私も共に行って、々と買ったんですよ」

「お前も?!」

「はい。ほら、お前さまの好きな辻が花つじがばな(絞り染め)です」

答えて彌生は楓の手を借りて立ち上がり、い終えた著を志木のに當てる。

すると志木は、ため息をついて翔隆を離し、著る。

「…本當に、共に行ったのか?」

「ええ。若い娘だけでは心配ですから」

「何も、無かったか?」

志木がそう心配するのも無理はない。

不用意に二人が出歩いていたら、どこぞの男共に連れ込まれて犯され、運が悪ければ殺される……そんな世の中なのだから。

彌生は微笑して、その著を志木に羽織らせる。

「大事ありませんよ。鍋などの金しかったので、千太せんたさんにも來て頂いたんです」

「…そうか」

千太は、志木の右腕的な男で、頼りにしている者だ。

戦で妻子を失くして以來、楓を実の娘のように思い、翔隆と志木を守る事に命を懸けている。

そんな男が側に居たのなら、安心だろう。

志木は彌生に気付かれないように小さな安堵のため息をついて、その著に手を差しれた。

「それで、何だ?」

「海松みるめです。次に仕立てるのは…鮮やかな紺碧。夏にはいいと思いますよ」

笑いながら彌生が言う。

「そんな年ではない。それは楓にくれてやれ。わたしには似合わん」

「…そう仰有ると思って、鈍にびいろの反も買ってあります。さ、お茶でも召し上がって下さい。今淹れます」

彌生が笑いながら囲爐裏に行くと、志木は咳払いをして元の場所に戻る。

本當は彌生としては紺碧の著を著る夫も見てみたいという気持ちもあったのだが、好みの問題なのだから仕方がない。

そんな志木に彌生は煎じ茶を持っていった。

仲睦まじい両親を見て、楓と翔隆はホッとため息をついて互いを見る。

「ごめん、姉さん…」

「もう…ホントにた〜けなんだから…」

「気をつけるよ…」

そう言うと、楓と彌生は苦笑した。

何度目の言葉なのか…翔隆が「気を付ける」と言って、気を付けられた試しがないのだ。

夜。

森の闇の中で、翔隆は一人高い木に登って枝に立ち、遠いーーー那古野城を見つめていた。

〈あの人、どうしてるかな…〉

思いを馳せるのは、他でもない織田三郎の事。

〈一度…一度きりでいいからーーー村の若い衆みたいに、共に遊んでみたい…〉

それは、生まれて初めて抱いた〝願い〟にも近い想い。

だがその冀求ききゅうは、翔隆自を地獄の底へとう道でもあった。

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