《鸞翔鬼伝〜らんしょうきでん〜》天命.一 邂逅〔弐〕

〈信長かぁ…面白い人だなぁ…〉

森の中を歩きながら、翔隆は一人で顔を綻ばせていた。

〈やっぱり思った通りだ……俺、あの人が好きだな…〉

そう思いながら、名乗りの事が気になって走っていく。

「義! 睦月! 居る?!」

バン!と睦月の小屋の戸を勢いよく開けて言うと、二人は驚いて戸を見て眉をしかめる。

「翔隆、戸が壊れるような開け方をするなと、いつも言っているだろう!」

そう睦月が叱ると、翔隆がすぐに謝る。

「ご、ごめんなさい…でもどうしても、みょうじとあざなといみなって言葉が知りたくて!」

「苗字と……」

が呟くように言い、織田三郎の事だと気付く。

「何が、気になるんだ?」

「俺には、その中の二つが無いみたいで…今まで名だと思ってたのは〝いみな〟っていうみたいで…何かおかしいの?!」

「…あ、いや。おかしくは無いのだが…」

一族であれば、普通の事だ。

だが、翔隆はまだ一族の事すら知らない。

〈…教えるのならば、今だろう〉

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睦月が思い、外を見る。

そこには、翔隆の聲が聞こえてやってきたのであろう志木しぎと千太せんたが立っていてうなずいて歩いていく。

それを見て、睦月は義とうなずき合って立ち上がる。

「では行こうか」

が言い翔隆の肩を叩いて外に出る。

続いて睦月が翔隆を見て微笑んで言う。

「翔隆」

「な、何? 皆で叱ろうって話?」

「違う。大事な話があるんだよ」

「大事な…?」

翔隆は訝しがりながらも、義と睦月についていく。

鬱蒼と生い茂る森の奧の開けた場所に〝集落〟がある。

幾つか小屋がまばらに建てられており、人が行きう。

小屋は質素な作りの割には頑丈で、臺風が來ても壊れた事が無く、地震でも崩れない程だ。

小屋の周りには槍や斧、刀まである。

通り過ぎる者は皆、屈強な男ばかり…。

子供は、翔隆の家族しか居ない。

そして、普段は翔隆や睦月達が外に出るだけで、この〝集落〟の者は誰一人として森から出ようとしないのだ。

〈…やっぱり俺のせいで、皆が狹苦しい暮らしをしているのかな……〉

自分のせいで、野伏せりのような生活を送っているのだとしたら…申し訳無くて仕方がない。

〈よし! 今日こそ聞こう〉

そう決意して口を開くと、先頭の志木が一つの大きな小屋の前で立ち止まる。

りなさい」

そこは、いつも男達が夜集まって何やら議論をしている小屋で、翔隆はるのを許された事が無い。

「えっ…でもここは子供がっちゃいけないって…」

「いいから」

言われておずおずと中にると、中の爐辺に人が居た。

自分の師匠の拓須、そして最長老の爺様といつも志木と難しい話をしている男達四人だ。

〈な、何だ…?!〉

異様な雰囲気に気圧されて、翔隆はビックリして立ち盡くした。

「そこに、座りなさい」

と、志木に背中を押されて中にり、翔隆は爐辺に正座した。

続いて志木、千太、義、睦月も中にって戸を閉め、爺様の隣りに座る。

すると拓須と志木以外、真剣な眼差しで翔隆を見つめる。

翔隆はドキッとして背を正す。

「あの…俺、今日は…」

「…よう、ここまで大きゅう育った…」

爺様が、目頭に涙を浮かべてしみじみと言った。

「うむ。何事もなく、無事に…」

髭の男も、微笑しながら翔隆を見て言う。

…違う。

自分の容姿がどうのというような事では無い。

本當に、何か重要な話だ!

そう悟った翔隆は、きちんと座り直すと真っすぐに父を見た。

それをじ取ってうなずくと、志木は口を開いた。

その頃。

那古野城城主は、河原で饅頭をかっ喰らい水を飲んでいた。

そこに五〜六人の寵臣が、息せき切って駆けてくる。

「ほれ」

信長が水のった竹筒を投げ渡すと、寵臣達は奪い合って飲んで落ち著く。

「ありがとう存じまする、殿」

「して、どうであった?」

 主君の言葉に、まず長谷川橋介が一歩前に出てひざまずいた。

「村の者が申すに、あ奴はここ七・八年前から見掛けるようになり、いつも那古野城へ向かうのだと」

「…して?」

「はっ。日に一度は必ず城に行き、また森へ戻って行くのだそうです。察する所、殿に興味を持っているものと存じまする。特に悪さをしたような被害は出ておりませぬ」

「ふむ…」

信長はニヤリとする。

続いて佐々蔵助がひざまずいて言う。

「この蔵助の調べでは、確たる証も無しに〝人間や家畜のを喰らう〟とか〝角や牙が生えた仲間が居る〟などという噂が広まっておりました。あ…それと、度々村に出りする若い〝異國の薬師〟が、あの鬼の仲間なのではないかと話しておりました」

「異國の?」

「はっ。髪や目が異様に白っぽく、何処からともなくやってきて よく利く薬を渡していつの間にやら居なくなっているのだ、と…」

「名は!」

「睦月…一月の睦月、と」

「睦月……。そ奴、連れて參れ」

「はっ!」

佐々蔵助は飛ぶようにして走っていった。

次に、丹羽萬千代が申し出る。

「拙者の調べでは…どうやら〝影〟かと…」

「…ヒキ猿か?」

〝ヒキ猿〟とは、信長が使う〝忍び〟の呼稱である。

「はっ、いえ…甲賀や伊賀ではないようなのですが…年老いた伊賀に居た者の話によりますれば、彼らの間では〔影の一族〕と呼ばれ、恐れられている集団が居るとの事。その者達はかに集落を作り、怪しげなを使って古來より生き延びてきたのだと…。そのはまやかしなどではなく、誠ので正しく鬼かの怪の化なのだと怯えておりました」

「ヒキ猿が怯えるとは大したものじゃ」

「そんな呑気な事を申されている場合ではござりませぬ。その〔一族〕とやらは伊賀者共などよりも、遙かに今川や北畠などあらゆる大名と親であるとの事。余り関わらぬがの為と存じまする」

しん……

誰も何も言わない。

サラサラと河の流れる音だけが響く。

「大儀であった。…九郎!」

「はっ!」

塙九郎左衛門が即座にひざまずく。

「その方、城へ馳せ戻り政秀に伝えい。〝信長は天王坊の寺にて勉學に勵む故、邪魔をするな〟と。他の者は今一度その〔一族〕とやらについて調べよッ!」

「は、はっ!」

皆は一大事かと思えるような速さでそれぞれの任に就いた。

――― 下知はすぐに実行せよ ―――

それが、信長家臣としての〝一〟條件である。

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