《鸞翔鬼伝〜らんしょうきでん〜》天命.二 水端〔弐〕
「退屈だなあ…」
自分だけに與えられた小屋の中で、翔隆はゴロゴロとしていた。
「義も楓姉さんも居ないし。……仲なんだもんなぁ。う~んん…」
背びをしていると、睦月がってきた。
「あっ、睦月っ!」
翔隆が喜んで飛びつくと、睦月は苦笑して翔隆の頭をでてやる。
「翔隆、義は?」
「楓姉さんと、どっか行っちゃった」
「………。そ、そうか。じゃあ拓須を見なかったか?」
「行ってみたけど、居なかったよ」
「おかしいな…いつもならとっくに寢てるくせに………」
―――――その本人は、森の中にいた。
森の至る所に、武裝した者達が居る。
その中に、平然と拓須が居た。
「こんな所に隠れていたとはなぁ…」
隣りに居る男が言う。
拓須はクッとほくそ笑み、空を見上げる。
「ここには私の《結界》を張っていたからな。例え京羅とて判ろう筈もない」
「…る程。狹霧の〝導師〟と呼ばれ崇拝される貴殿の《力》では、誰にも見破られる筈がない」
「ふん、世辭などいらぬわ。…やるのならば、〝今〟だぞ」
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「――――承知!」
  急に、森の達の聲がしなくなった。
…何やら、嫌な予がする…。
「翔隆!」
「睦月!」
…同時に出た言葉だ。
「何やら騒きがする。お前は、ここでじっとしていろ!」
そう言い、睦月は飛び出していった。
〈ふー…いつまでも、子供扱いするんだからなぁ。…でも、なんだろうこの不安は…。…何かが――――…來る?!〉
本能で咄嵯に刀を摑んだ時!
  カカッと、何かが小屋に刺さる音がした。
そして煙が上がる。
火矢!?
まさか! なんで?!
「狹霧だ!」
誰かの聲が響く。
「馬鹿な! 見つかる筈が…」
次第に表が靜寂から一変して、騒然とした。
〈挾霧……?  〝宿敵〟の?!〉
ドクンドクンと、心臓の音が高鳴ってくる。
〈敵…襲………!?〉
ハッとして立ち上がった時!
 バンと勢いよく戸が開かれ、くないと短刀を手にした睦月がって來た。
「翔隆、これを持って!!」
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そう言い渡されたのは銭袋と刀。
「な、何を…刀なら…」
「いいから早く!」
そう言い睦月は銭袋を翔隆の腰紐にキツく縛り付けて、刀を背負わせ外に出る。
「――――――!!」
何て事だろう!
…今の今まで、平和で穏やかであった集落が…と炎で染まっている…!
〈…なに―――――っ!〉
余りの事に、翔隆は言葉を失い口元を押さえた。
そう…こんな慘たらしい景を見るのは、彼にとっては〝生まれて初めて〟なのだ。
ガクガクと、小刻みにが震える。
〈な…なん…で……こんな――――っ?!〉
胃がぐっと込み上げてくる。
と同時に、の底から激しい〝〟が沸き上がってきた。
怒りなのか、悲しみなのか、憎しみなのか…様々なが差して分からない。
「居たぞ!」
誰かの聲がして振り向くと、近くに居た千太が翔隆を抱き締めた。
すると、ドッと鈍い音がして千太の腹を貫通した刃の切っ先が目の前に見えた。
「千…?!」
「大事ない早う行け!!」
そう怒鳴り、誰かと戦う…。
〈戦う…?! 何と…狹霧?!〉
翔隆が震えながら固まっているのを、睦月が腕を引いて速歩きをする。
「翔隆しっかりしろ!!」
「なんで、こんな…急に…!?」
「翔隆、逃げるんだ!」
「?! 何故!? 相手は〝狹霧〟なんだろう!? 俺も戦う!」
「馬鹿者! 戦える様な相手ではないっ! いいから逃げるんだっ!!」
ぐいっと引っ張られて、翔隆は訳の判らないままに走った。
走る中で、睦月はある事に気付く。
…そうだ、言われてみればおかしい。
今まで、狹霧に気付かれぬ様《結界》を張っていた筈…。
〈結界! そうだ、あれは拓須が張っていた《もの》! まさか…っ! まさか拓須がっ!?〉
そう考え、急に立ち止まった。
「…睦月?」
翔隆は不審に思い、ふと前方を見る。
――――そこには月明かりを背にした男が、立ち塞がっていた。
結い上げている黒い長髪…左の顔を、まるで隠すかの様に赤い布で覆っている長の男。
その手には見た事も無い、朱の異形な槍が握られている。
「炎かげろう……!」
睦月が、蒼白して言う。
〈知り合い…?〉
…に、しては様子がおかしい。
あんなに強い睦月が蒼白しきって冷や汗を流し、わずかに震えている。
その槍使いは、ニッと笑い一歩近付く。
「久しいな、睦月…」
「……炎…何故ここへ…」
その問いには答えず、槍使いは翔隆を見據えた後に、辺りを見回して言う。
「義は、どうした」
「知らぬ。知っていたとて、教えはせぬ!」
言いながら、睦月は翔隆を後ろに庇う。
槍使いはちらりと翔隆を一瞥し、また一歩近付く。
(翔隆、逃げろ)
睦月が小聲で言ってきた。
「睦月…!?」
(わたしが隙を作る。その間に…)
「嫌だ!」
拒絶反応の様に、思わずんだ。
何故だか知らないが、この〝炎〟という男に対して、妙に腹立たしさを覚えるのだ。
「〝だだ〟をこねている時か! 行け!!」
怒鳴り付けると、睦月は炎に真っ向から斬り掛かっていった。
「睦月…!!」
自分も刀を構えようとするが、立ちすくむ。
二人の戦いが、余りにも凄まじい攻防戦だったからだ。
炎はの丈以上もある槍を軽々と扱い、あの睦月を相手に息一つさずに戦っている。
〈悔しいけど…がかない…!〉
蒼然として立ち盡くしていると、またもや怒鳴られる。
「早く行けッ!!」
「っ!」
翔隆はビクッとして走り出した。
「させぬ!」
その聲に思わず立ち止まって振り返ると、睦月が炎に斬られて倒れた。
「睦月っ!!」
反的に駆け寄ろうとした…が、炎の槍が目前に迫る。
「死ね………!」
「翔隆!!」
志木の聲がして、ドシュッ…という鈍い音と共に視界がに染まった…
…何が、起きた……?
愕然と目を見張ると、に染まった槍が……人の、を…突き抜けて……!
「父…さん…っ?!」
志木が…父が、炎の槍をそのでけ止め、を吐きながらも両手でしっかりとその槍を抜かせまいと、握っているではないか!
「父さんっっ!」
「逃げ…ろっ! お前は…っ死んではならん、のだ…っ! いっ…生きて………必…ず、しら…ぬい、を…っ!」
「とう…さ…」
「行けええっ!!」
その気迫に押され、翔隆は泣きながら駆け出した。
とにかく、必死に逃げた。
誰かが、斬り掛かってくるのをかわしながら、逃げる事だけを考えた。
〈何…?! 何が…一……っ!〉
混しながら森を駆けていく。
涙で視界がぼやけ、呼吸がれて苦しい…。
ふと殺気をじて振り返ると、炎が執拗に追い掛けてきていた。
〈何でこんな事になった!? 何故あいつは追って來るんだよおっ!!?〉
もう訳が分からない。
自分が今、どうやって走っているのか。
足が地に著いているのかさえも分からない…。
炎は、ぴたりと翔隆の後ろまで追いついている。
〈駄目だ―――――っ!〉
斧の様な槍先が、逃げる翔隆の背に対して月に反している。
それに気を取られ翔隆は木のにつまずいて、すっ転んだ。
殺られる―――――!!
そう確信した時、カッと何かが槍に當たった。
  …小石だ。
「何奴っ!」
敵意を剝むき出しに、炎が小石の投げられた方向を見る。
つられて翔隆もそちらに目をやった。
「……義…!!」
〝同時〟に、出た言葉。
草むらから、太刀を構えた義が出てきた。
すると、炎は嬉笑にも似た笑みを浮かべ、標的を変えた。
「義…」
「お主の相手はこの俺だ、炎! 思う存分掛かって來るがいい!!」
「むところ!」
言い様、炎は嬉笑して義に向かって行った。
「行け!」
狼狽する翔隆に、義が〝目〟で語った。
翔隆は放心しながらも、走り出す。
これから何処へ行けばいいのか、どうすればいいのか、何も判らないまま…
遂に、運命の歯車がき始めた…
もはや翔隆は逃れられない…
〔一族〕という〝宿命〟…
〔嫡男〕という〝運命〟…
そして…〝戦〟という、業火から――――――
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