「待ってよ義！」

後を追って來た所は、清洲城の近くにある小高い丘の中の森であった。

その奧深くの、生い茂った木々の中に真新しい小屋が建てられていた…。

中にると、義は凄い形相で睨む。

「翔隆、〝掟〟を破ったな？」

「そ、それは…認めるさ。けど！ 俺だって好きで〔一族〕なんかに生まれた訳じゃない！ それに、皆だって〝掟破り〟だったじゃないかっ！！ 皆………皆は！？ 母さんや姉さん達……睦月や拓須は？！」

義は沈黙した。

「まさか……死―――っ！？」

「違う！ …いや……彌生さんは…死んだ………」

「母さんまで…っっ！」

翔隆はぎゅっとを噛み、涙を堪える。

「…楓は、何処かで必ず生きている筈だ」

「どこか…って…一緒じゃなかったのか？！」

「逃がしたのだ。奴らが、集落に目を奪われている隙に…」

生きている！！

…そう、目が語っていた。

彼とて、するを易々と殺させる様な男ではない。

それにうなずいて、翔隆は小屋の中を見回す。

「…睦月達は……？」

ピクリと義のが、一瞬強ばった。

それを見て、翔隆は例え様のない不安に駆られる。

「義！ 睦月と拓須は？！」

翔隆はびながら、義のを揺する。

だが義は、目を閉じて辛そうにうつむくだけである。

「…どうしたんだ…？ 何故、何も言ってくれないんだ………義っ！」

「………」

沈黙。

義は、どう話していいものか考えていた。

〈…あの二人が狹霧だと……言ってしまった方がいいのか？ しかし、翔隆は認めずに拒絶するだろう…どう、言えばいいものか…〉

考えていると、翔隆が蒼白して言う。

「まさか…殺され、た…のか…？！」

「いや！ 生きて…いる」

「なら、どうしてそんな顔をする？！ 何があったんだ！！」

「翔隆…」

義はやっと顔を上げた。

そして、力強く翔隆の両肩を摑む。

「落ち著いて、よく聞け。睦月達はもう戻らぬ」

「え……？」

「炎に、連れ去られた……〝今川〟に送られたのだ」

「今川？ 駿河の？ 何で？！」

「それは……」

「義っ！！」

またもや、だんまりである。

翔隆は出掛かった言葉を呑み込み、深呼吸をしてし心を落ち著かせてから、今聞いた話を頭の中で整理する。

〈炎に連れ去られた………あいつは睦月でさえも敵わなかった相手だ。もう戻らない…？どういう事だ？ 今川に連れていかれた……炎が、今川と通じている！ …だが……何故？いや、考えても判らないんだ。…きっと義はその事について、何か知っている………だが、何か言えない〝訳〟がある…〉

義を見ると、彼はやはり辛そうにを噛み、うつむいている。

それを見て何かを確信すると、翔隆はスックと立ち上がった。

「翔隆？」

「今川に、居るんだね？」

「何をする気だ」

「―――俺が…助け出す」

「無茶だ！ お前の敵う相手ではない！！」

「そんな事判ってるさ！ でも俺は、じっとなんかしていられないんだ！ …無理はしない、大丈夫」

「待てっ…」

止める間もなく、翔隆は飛び出していった。

〈義の様子を見れば無理だって判る……義だって、きっとあいつと戦って止めようとしたんだ。……でも、出來なかった…―――義でさえも敵わない相手に、立ち向かうなんて出來る筈もない…。だけど、誰かがやらなくちゃ…義がやらないのなら俺が……やるしかない――――！！〉

まず真っ先に那古野城にると、翔隆は己にあてがわれた城の一室に向かい、志木の形見である小刀を背にした。鏡に向かいコクリとうなずき決意を固めると、信長の下へ走っていった。

「信長様！」

「おう！ 早かったのう」

「俺に、しばしの暇を下さい！」

「何ッ？」

仕えて早々、休みをくれとは大膽不敵…というか、突飛な発言である。驚く信長らに、翔隆は真剣な眼差しを向ける。

「お願いします！ 無禮だとは思います。でも、どうしても行かねばならない訳があるのです！ それは…どうか聞かないで下さい。俺の……大事な〔師匠〕の危機なのです！ …どうか、お許しを…！！」

その深刻な表で、信長は何かを悟りうなずいた。

「許す。行って參れ」

「ありがとうございます！」

そう言い翔隆は、深々と頭を下げる。そして、そのまま外に飛び出し、石垣を飛び越えて行ってしまった。

「お珍しいですな」

どこか嬉しげな平手政秀の言葉に微笑し、信長は表を見やった。

…本當に珍しい。

信長がこんなにも清々しく、家臣を〝見る〟とは…。

〝翔隆〟という風が、今までの信長を…………いや。

那古野城を、変えつつあるのだ………。