《鸞翔鬼伝〜らんしょうきでん〜》天命.四 真実〔壱〕
駿河、今川治部大輔義元が居城・今川館。
 今川義元は、北條氏にも劣らぬ屈指の大大名である。
…翔隆は一心不に走り抜けて、半日で辿り著いた。
東海の事ならば義に嫌という程教え込まれていたので、何処がどの城かなど一目瞭然だった。
〈ここに………睦月と拓須が、捕らわれている………〉
 もうすっかり夜も更け、雨がポツリポツリと降り始めている。
翔隆は、じっと広い今川館を見據える。
〈…考えていても、埒らちがあかない! とにかく中に―――!〉
そう思った時、背後に殺気をじて振り返る。
暗闇の中、一人ぽうっとに包まれて立っている男が居た。
――――拓須だ!
「拓――――――…」
翔隆は駆け寄ろうとして何故か殺意をじ、立ち止まった。
そして一、二歩後退る。
「拓須……?」
この雨の中で、拓須はしも濡れていない……《》で、己の周りだけ《結界》を張って弾いているのだ。
「ククククク」
 すると拓須は、冷笑して腕を組む。
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「フン、さすがに勘だけはいい…」
「拓須…何を…?」
見た事のない拓須の冷酷な表に、翔隆は揺していた。
   カ カッ!
  稲妻が走り、急に雨が酷くなった。
…これは拓須の《力》だ。
稲に、人が照らし出される。
拓須の後ろに一人、更に後ろの木に一人………。
どちらも見知らぬ者だ。
木の枝に立っているのは白茶の髪をした、。
後方には、黒髪で髭を生やした骨格の良い男。
両者共に、ただならぬ〝気〟を漂わせている。
〔一族〕だ…
そう、本能で悟った。
雨に打ち付けられながら翔隆は気丈に立ち、拓須を見つめる。
「拓須…何故、殺気立っている…?」
なるべく、冷靜に尋ねた。
「フ…フハハハハハハハハハ!」
「何が、おかしい?」
との問いに答えたのは、拓須ではなく…後ろの男だった。
「誠、うつけた奴よ。まだ判らぬとはな」
いかにも、小馬鹿にした口調。
「ハハハハハハッ! こいつはな、まだ〝知らぬ〟のだよ」
そう言い拓須が二、三歩前に歩み出る。
「教えてやろう。あの愚か者共は、肝心な事を言わぬまま死んだ故な」
「………!」
愚か者…集落の皆の事か…!
拓須は優しい顔の裏に、冷酷な気を持ち合わせている。
口が悪いのは知っているが…〝いつも〟の悪態ではない!
「我ら二派の〔一族〕は、生まれつき不老長壽なのだ」
「不老……」
「然り。〔不知火一族〕はただの〝人間〟と変わらぬ姿だ。…お前を抜かしては、な。そして〔狹霧一族〕は……皆、〝白茶の髪〟だ!」
白茶の髪?!
それが…―――宿敵、〔狹霧〕の証だというのか!?
では…――では―――――!
「…む………睦月も…拓須も…―――っ?!」
「〔狹霧〕だ!! 我らは刺客としてあの集落にった。お前を、殺す為にな!」
ピカッ ドドォーン…
すぐ近くに、雷が落ちた。
その雷火を一にけた……そんな衝撃が、翔隆の全に走った。
「……刺…客……? 俺を?」
「…殺さねばならん。お前だけは!!」
「拓…須……っ!」
今にも手を掛けそうな〝殺気〟が、ひしひしと伝わってくる。
ゆらゆらと…地面が、天が揺れる。
余りの衝撃に、目眩を起こしているのだ。
「な…ら、ば……どうし、て…? 何故、俺に剣やを…――?!」
「仕方なく、だ。…睦月に頼まれ仕方なく、な。だがもう…―――それも終わり……」
「噓だろう?!」
…そう、ばずにはいられなかった。
すると笑がれる。
「誠、愚か者よ。こんな小、京羅様にお見せする必要も無い」
が、呆れ顔で地に降り立つ。
髭の男も続いて言う。
「こんな奴と〝同族〟とは思われたくないものだ」
その言葉を、翔隆は聞き逃さなかった。
「同族?! では、あなたも不知火なのか?!」
言った途端、嘲笑が起こる。
「何がおかしい!」
翔隆は、半ば悔しげに怒鳴る。
すると髭の男が、笑いながら言った。
「本當に、何も判っておらぬのだな。…一応、名乗ってやろう。我が名は清修せいしゅう………お前の父の…〝弟〟よ」
「父さん…の…?」
「ははっ、あははは! よせよせ、清修殿。そいつはなあ〝誠〟の事を、なあ~んにも知らんのだ。志木しぎを〝父〟と思うておる」
拓須が言う。
〈え――――〉
またもや、混をきたす様な言葉…志木が、父親………ではない?!
そんな事は無い!
だが…拓須は格がきつくとも、噓や出鱈目を言う様な男ではない。
「父…では、ない…のか…? 志木は!」
揺しながら聞くが、拓須は笑うばかり。
「くだらん」
言ったのは、清修と名乗る男。
「今、そんな事を言っている場合か?」
「…だ、だが…っ」
…確かに、その通りだ…。
「ふん」
清修は、さもくだらなさそうに立ち去った。
「やれやれ、清修殿はご機嫌斜めだ。では、一応わたしも名乗っておこうか。わたしは霧風きりかぜ、今川の破だ」
そう告げて霧風も、行ってしまう。
〔破〕とは、〔忍〕の別名である。
今……今は…―――?
何をしに、ここに來た?
〈睦月…達を……〉
助ける為!
だが―――――――違う
彼らは元々〝敵〟であり、捕らわれたのではなく〝帰った〟だけだったのだ!
〝助けよう〟などと…単なる思い込みでしかなかった!!
ずぶ濡れのまま突っ立っている姿は、拓須にとってさぞかし稽こっけいに映っているのだろう……。
翔隆は、とにかく揺する心を何とか靜めながら喋る。
「俺、を――――殺す…のか……?」
「然り」
一言。
告げただけで、拓須は《印》を結び、攻撃態勢にる。
――――《霊》だ。
その実力は、〝弟子〟である己が一番良く…に泌みて知っている。
強い…!
とても、それこそ〝翔隆如き〟が敵う相手などではない!
〈戦えない! 絶対に負ける!!〉
かといって逃げようとして背を向ければ、一撃の下に殺られるであろう。
〈くっ……!〉
考えている余裕など無い!
翔隆も対抗すべく、《印》を結んだ。
ドォン……
皮が裂け、中からが吹き出す。
《守りの印》を結んだおで、まだ吹っ飛ばされずに済んだ。
…が、次を食らったらもう後は無い。
「ククク…」
必死に《守りの結界》を張った途端、容赦の無い攻撃が繰り出された。
拓須の得意とする攻撃のの一つ、《水撃》だ。
雨の粒が、一つの塊となって凄い勢いでぶつかってくる。
〈耐えられない………!〉
そう思った時、塊の一つが《結界》を破り翔隆は吹っ飛ばされた。
ドガガ…
「がは……っ!」
木を薙ぎ倒す程の衝撃に、翔隆はを吐き呼吸困難に陥った。
そこへ、拓須の《雷撃》が落とされる。
「………っっ!!」
余りの激痛に、悲鳴すら出ない。
「苦しいか? 翔隆……今、楽にしてやろう…」
拓須は冷酷な笑みを浮かべて、右手を翳し〝気〟を集する。
〈もう駄目だ―――――!〉
翔隆は絶の中で、そうじた…。
カッ 天がる…。
そのの中を、風の様な速さで〝何か〟が走った。
そして拓須が《力》を放つと同時に、その〝影〟と翔隆が消えた。
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