《従妹に懐かれすぎてる件》五月三日「従兄と母親」
「じゃあまた後で」
無事に実家へ著いた俺は彩音に手を振る。
ここから暫しばしのお別れ……と思うかもしれない。しかし彩音の家と俺の家はお互いに一軒家だけど隣同士なので別行という覚はほとんど無い。俺達は従兄妹であり馴染でもあるのだ。
「うん、バッグを置いたらすぐに遊びに行くね!」
「お前は放課後の小學生か」
玄関にランドセルを投げ捨ててそのまま家から飛び出すテンプレ的な景が目に浮かぶが、そんな事したら俺が玄関で靴をいだくらいで鉢合わせしそうである。いくら何でも早過ぎるぞ。
「冗談だよ冗談。でもLI○Eは送っちゃおっかなー」
「どんだけ俺と一緒に居たいんだよ……」
俺だってしくらい実家でのんびりしたいと思っているのだが……。
「ふふ、できれば二十四時間ずっと傍に居たいけどね」
「そっか……でもヤンデレは勘弁してくれよ?」
気をつけないと純粋潔白な彩音も闇墮ちするかもしれないからな。だが「ヤンデレ……?」と言いながら首を傾げているあたりを見るとまだまだ問題無さそうである。
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しかし彩音は本當に俺とずっと一緒に居たいと思っているんだな。素直に嬉しいと思うけれど、何故ここまで俺に懐いているのかは未だに分からない。
「じゃあね、ゆうにぃ」
「おぅ」
全力の笑顔を振り撒いた彩音は回れ右をして、すたすたと駆け足気味に我が家へ向かっていく。そんな姿を俺はぼんやりと眺めていた。
保護を掻き立てる小さな背中にひらひらと舞うワンピースの裾。そしてそこからびる華奢な腳は蕓品のようにしく、太過ぎず細過ぎず絶妙なバランスを保っている。素晴らしい。改めて思うが、彩音に勝るなんてこの世には存在しないのでは無かろうか。
……って俺は何を考えているんだ。目線も彼の腳ばかりに行ってたし自重しないと。
「……よし」
俺は気を取り直して我が実家に向けて一歩踏み出した。
◆
「ただいま」
正月に帰省して以來なので約五ヶ月ぶりの我が家に踏み込むこととなる。玄関のドアを開けて挨拶をしてみたのだが、返事をする者は誰一人居なかった。悲しい。
「歓迎する気ゼロかよ」
リビングの方角からテレビの音と母親の笑い聲が聞こえてくる。もしかしたら俺の聲が屆かなかっただけなのかもしれない。
「ただいま!」
先程よりもボリュームを上げてもう一度言ってみた。だが返事は無い。もしかしてこの家は結界か何かが張り巡らされていて他者の聲は全て遮るように仕組まれているのだろうか。
そんなくだらない妄想を浮かべつつ、俺は溜め息混じりに靴をいでリビングへ歩みを進めた。
「ただいま」
寢そべりながらテレビ鑑賞している母に一言。だが返事は無い。ただのしかばねのようだ。
「あの、俺帰ってきたんだけど」
「ちょっと黙ってて! 今良い所だから!」
五ヶ月ぶりに帰省した息子に対して開口一番「黙れ」とは良い度してますねお母様。
「はぁ……。相変わらずだな」
俺の母は自由奔放な人だ。最低限の家事や役割分擔は済ませるが、それ以外は基本的に怠けている。自分のしたい事を好きな時にするのがモットーらしい。これでよく父と結婚できたものである。
「ふぅ、楽しかったわ。……佑真、おかえりなさい。帰ってきたのなら挨拶くらいしなさいよね」
「したよ! 「ただいま」って三回も言ったんですけど!」
聞こえてなかったのかよ。どんだけマイワールドに閉じこもってたんだよ俺の母は。
「聲が小さかったんじゃないの? もう恥ずかしがる年齢でもないし、もっとハキハキ喋らないと」
「じゃあ次からは拡聲を持って思いっ切りんでやりますよ」
鼓が吹き飛ぶかもしれないけど知った事か。……なんて冗談はさておき。
「父さんは今日居ないの? もしかして仕事?」
「お父さんは休みだけど、今日は和彥伯父さんと一緒に釣りへ行ってるわ」
「あぁなるほど。しかし本當に仲が良いなあの二人は」
俺の父と彩音の父――和彥伯父さんは兄弟なのだが、とても仲が良くて週末になると二人で出掛けることもなくない。俺は兄弟がいないから父達のように大人になっても遊べる関係がしだけ羨ましいと思っている。
「ほほう? それはこっちのセリフでもあるけどねぇ」
ニンマリとした笑顔を浮かべる母。何を企んでいるんだ……。
「どういう意味だよ」
「ほら、あんただって超仲良しの子がいるじゃない。調子はどうなのよ?」
「あぁ、なるほど」
彩音の事か。
一緒に暮らしている事は伝えていないけど、どうせ彩音の両親経由で耳にはしているのだろう。そう思って俺も敢えて言わなかったのだが。
「プロポーズする場所は決めた? なんならお母さんがアドバイスしてあげよっか?」
「いらねぇよ! というか話が飛躍し過ぎだろ」
俺の周りには何故まともな考えをする人間がいないのだろうか。ここまで來ると俺の思考が変なのではないかと錯覚してしまう。
「え、同棲してるんだから普通の話じゃない」
「いや、そんな當たり前のような顔をされても困るんだけど」
そもそも俺は彩音と同棲なんてしていない。同・居・はしてるけどな。
「冗談よ。そんな顔を赤くしなくても分かってるわ」
「はぁ!? 別に赤くなってなんか……」
頬に手を當ててみる。確かに若干火照ってる覚はあるけれど……。
「ふふ。佑真もまだまだお子様ね」
「う、うるせぇな。一人暮らしもできてる訳だし十分だろ」
「でも今は二人暮らしなんでしょ?」
「ぐっ……」
楽しそうに笑う母。なんだこの敗北は……。
「彩音ちゃん……大切にしなさいよ。せっかく懐いてくれてるのだから、拒否なんてしないでお互いの事をもっと知った方が良いと思うわ。その上でずっと傍にいてを深めたいと言うのならお母さんは大歓迎だから」
「母さん……」
別に俺は彩音に拒絶なんてしていない。だけど真っ直ぐに見つめる事もできていない。
彩音は本気で俺を好いてくれている。でも俺はその気持ちを素直にけ取らずに先延ばしにしてしまっている。もしかしたら、それは彩音に対してとても失禮な事ではないだろうか。
彼と向き合って返事をする……母もたまには良い事を言うじゃないか。
「お母さんの意見としてはあんたと彩音ちゃんが結婚してくれたら嬉しいけどね。だって嫁姑問題の心配もいらないし、家族付き合いも変わらないから楽じゃない」
「あぁもう全部臺無しじゃねぇーか」
面倒臭がりの母らしい意見である。だが一応俺の將來を心配してくれていると思うと、期待には応えなくちゃと思った。
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