「これは、悲慘だな。まさか下層でこんな景を目にすることになるとはな」

石造りの空間。もうすこしでダンジョンの出口というところで、凄絶ヤバい景を目の當たりにすることになった。

床や壁面を濡らす。飛散している人。臓と思われるものも飛び散っている。そして鼻につく死の香り。

そうだ。ここは、ダンジョン、なのだ。思い出させられる景であった。

「うおぇぇっ」

と、デコポンは嘔吐していた。

「大丈夫か？」

「ナナシィは大丈夫なのじゃ？」

「オレは、見慣れてるからな」

「み、見慣れてるって、まさか今まで大量の殺人を……っ」

「違げェ。上層に行けば良くあることだ。自分が優れた冒険者だと信じ込んで、モンスターに返り討ちにされることは、決してなくない」

「ナナシィは、こんなところで戦っておったのか？」

デコポンが寄り添って來た。その頭にオレは手を置いた。

「案ずることはない。オレがついてる」

「う、うむ」

と、革の鎧レザー・アーマーの袖で、口もとをぬぐっていた。腹が減ってヨダレが出たわけではなくて、さっきの吐しゃをぬぐったのだろう。

ドスン……ドスン

地響きとともに、足音のようなものが接近してくる。薄闇の向こうから、その巨は姿を現した。

全を紫にかがやかせるゴーレムである。

これは。

「まさかこんな下層でめぐり合わせるとはな。魔結晶ゴーレムだ」

オレの５倍ぐらいの大きさがある。魔結晶が人の形をなしたものだ。

ここにいる冒険者たちを慘殺したのも、魔結晶ゴーレムだろう。

返りで赤く染まっている。

「こ、これが……」

と、デコポンはシリモチをついていた。

「ここを抜けなくちゃ帰れねェが、どうやらそう簡単に通してくれなさそうだな」

「に、逃げるのじゃ。私は上層に向かった勇者を呼んでくるのじゃ」

「いや待て」

逃げ出そうとするデコポンの腕をつかんだ。

「な、なにをするんじゃッ」

「こいつはオレたちでやるぞ」

「うげぇ」

「どうした？　またゲロか？」

「違う。うなり聲じゃわ。こんなの私にはムリなのじゃー。逃げるのじゃー」

足を車みたいにして回転させるデコポン。

腕をつかんで、この場に留めた。

「待て待て待て。この魔結晶ゴーレムを倒せば、大量の魔結晶が手にる。だからこそ、勇者たちも探しに來ているわけだ」

と、オレは前方から迫るゴーレムを指差して言った。

「それで？」

「こいつを倒せば、大富豪だ。デコポンの言ってた、故郷を買い取るって目的にグッと近づくと思うが？」

「お、おう。しかしじゃな、う、うむむ」

「なんだ？」

「ワシには倒せん。っていうか、怖い。さっさと逃げるのじゃよ」

「良いのか、それで？　故郷を買い取りたいんだろ。勇者に手伝ってもらえば、ヤツの手柄になるぞ」

「……しかし。ワシには……」

今まで真っ先に逃げていたデコポンだったが、今回ばかりは逡巡しているようだ。

戦うか、逃げるか。

その逡巡はオレにだってよくわかる。デコポンが逆落としによって、上層へ連れて行かれたときには、オレも激しく懊悩した。

きっとあのときのオレみたいな懊悩が、デコポンの脳でも繰り広げられているのだろう。

しかし戦ってもらわねば困る。

勇者に頼るなんてまっぴらゴメンだ。オレにだってプライドというものがあるのだ。他人の目玉焼きにソースをかけてくるようなヤツに、なにゆえ頼らねばならんのか。

「安心しろ。オレを誰だか忘れたかい？　勇者パーティで、長らく強化師を擔當してきた、このナナシさまが付いているじゃないか」

「追放されておるがな」

「それは言うな」

「ナナシィを信じて良いのじゃな？」

「ああ。なんの苦労もない。ただそこにいるだけで良い」

デコポンは水晶みたいな青い雙眸をオレに向けてきた。

こうして真正面からデコポンを見てみると、額がやたらと広いということに気づいた。そのせいか顔立ちもく見える。

「頼むぞ」

「任せろ」

デコポンは大盾を構えて、魔結晶ゴーレムににじり寄った。ゴーレムと対峙する。ゴーレムが腕を振り上げた。

「守護針」

と、強化をとなえる。

デコポンの裝備している大盾から、ウニのごとく大量の針が生えた。それが魔結晶ゴーレムを貫いた。

魔結晶ゴーレムのカラダをけずる針の音が響く。

魔結晶ゴーレムが後ろによろめいた。が、態勢を立て直して、針を毆りつけた。

針がバキバキと折られてゆく。折られた針が床に散らばった。

ゴーレムを前傾姿勢になると、デコポンに向かって疾走した。

その巨とは不釣りあいな素早い走りだった。踏み込むたびに、ダンジョン全が揺れているかのようだった。

「ひぇ」

と、デコポンが不安気にオレのほうを振り向いてきた。

「心配するな。前だけ見てろ。オレの強化はまだまだこんなものではない」

「お、おう」

と、デコポンはややい立ったようで、前に向きなおっていた。

「大盾強化。アイアスの盾」

デコポンの盾が２回りほど大きくなる。さらに盾の前方にも魔法の盾が幾重にも展開された。

ゴーレムとデコポンが衝突する。魔法の盾をいくつか砕かれたが、ゴーレムの疾走を食い止めることが出來た。

「仕上げだ。デコポン。ヤツを押し潰せ」

「お、押しつぶすゥ？」

「出來るはずだ」

強化。

闘牛の加護。

戦士の矜持。

悪魔の心臓。

次々と強化をほどこしていく。

デコポンとゴーレムが取っ組み合うような構図になった。巨大化した盾で押すデコポン。それを押し返そうとするゴーレム。チカラとチカラの衝突だった。

「ふッ。チェック・メイトだ」

ゴーレムが壁に叩きつけられた。そしてもう一度、守護針を発生させた。ゴーレムのカラダがその場でジェンガのように崩壊したのだった。

「す、すごいのじゃ。これがナナシィの強化……。私ではゼッタイに倒せない相手だったのじゃ」

「ああ。そう言えば、マグロにも言ったんだけどさ」

「なんじゃ？」

「が解けたら筋痛とかすごいから、気を付けてね」

「へ？」

ギャァァ――ッ、という筋痛による悲鳴が、ダンジョンに響きわたったのだった。