《貧乏だけど、ハイスペックです!》第8話 メイドたるもの。

風子と誠也が主人あるじと執事という関係になったなどとはつゆ知らず、桃華は突然部屋を出て行った誠也を探し回っていた。

「急に飛び出して、一どこへ行ったのでしょう?

   これは、心配ですね。風子にも知らせないと」

桃華はもう既に屋敷のあらゆるところを探し盡くしていたのだ。しかし、誠也どころか風子まで見當たらないため、途方に暮れていたのである。

「それにしても、誠也くんのみならず、あの子もいないとなると……これは、一緒にいる可能が高いですね」

鋭いメイドである。

二人はきっと一緒にいるだろうと思ったメイドはとりあえず一息ついて、再び、屋敷を探し始めた。

誠也はただ、執事らしく振舞ってみようとかっこつけただけだったのである。それなのに、風子が突然儀式的なものを始めてしまったわけだから、誠也は困していたのだ。その儀式的なものがようやく終わると、

「あの、お嬢様?今のは一……?」

その素樸な疑問を聞くと、風子はすぐさま、

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「あぁ、まあ、不思議に思うのも無理はないか。

   今のは、櫻家に代々伝わる、主人あるじと執事との契約の儀式だ。

執事側が、主人あるじに忠誠を誓う、という意味でまずひざまづいて敬禮するっていう決まりがあるんだが、それを知らずに、儀式の通りやるとはな。これは、楽しみな逸材いつざいだな」

目をキラキラさせながら、熱く語る風子に誠也はとてもじゃないが言えなかった。小さい子どもがヒーローに向ける視線を浴びた狀態で一自分はヒーローじゃないんだよ、と言えると言うのだろうか、いや、言えはしないだろう。そう思った誠也は、ただかっこつけたかったがための行為だった、ということは、伏せておいた。

「ま、まあ、そろそろ出ましょうか。僕実は、桃華さんを放ってここに來ちゃったものですから」

と、言いながら、誠也はドアを開ける。

が、風子はなぜかその様子を見て、かなり焦っていた。

「い、いや待ておま……」

言い終わる前に、誠也は書庫から廊下へと繋がるドアを開けた、開けてしまった。

そこには、鬼が立っていた。そう、顔を真っ赤にした桃華だった。その顔が赤い原因が恥心しゅうちしんだとか、ただ暑いからだとか、そんな理由ならまだ良かった。だが、表から察するに、どうやらそういうわけではなさそうだったのである。

「せーいーやーくーんー?」

この笑顔は作り笑顔か、と萬人にきくと、萬人がはい、そうです。と答えるであろう。

そんな表だった。

それを見た誠也は震え上がった。

まるで、貓を前にしたネズミだ。

「待てって言ったろうに……。桃華は、放ったらかしにされて、置いていかれたり、心配させすぎたりすると、そんな風に鬼モードになっちゃうんだよ……」

そんな風子の聲も誠也の耳にはもはや屆かない。

今、彼の頭の中は目の前の鬼をいかにして凌しのごうか、それしかなかったからである。

それを察した桃華は、

「逃げようと思っていても、無駄ですからね?」

と、言い放つ。

萬人にこの笑顔は作り笑顔か、と問うと、萬人がはい、そうです。と言うに違いない。

そんな表だった。

もう、これは、自首コースだな。そう腹をくくった誠也は、桃華の方へと歩み寄っていった。

すると、先ほどまでの表とは打って変わって、年頃の可らしい表になった。そして、その目は、微かすかに潤い始めていた。

「もう、突然部屋を飛び出して、心配したんですからね?

   私を放ったらかしにして、いなくなるなんて酷いじゃないですかっ!倒れている間、お世話をしていたというのに。風子も風子ですっ!私が誠也くんのお世話をしているってこと知っていたのですから、誠也くんが來たら、まず桃華はどうしたのだ、と問うべきでしょう?!

まあ、大方、風子が泣いているところへ、誠也くんがやってきたものだから、それどころではなく、誠也くんと話すことでその涙も消え、楽しくなって、そのまま櫻家に伝わる主従の儀式をしたので、本當にそれどころじゃなかった、というところなのでしょうけど……」

本當に、このメイドの察力には驚かされる。

探偵になれるんじゃない?この人。

それはさておき、この後、メイド、桃華による説教は約一時間ほど続き、その間、誠也たちはずっと正座をしていた。そして、クドクドと続く説教の合間に切なく、

はい、すみませんでした。ごめんなさい。などという聲がお屋敷の廊下に響いていたそうな。

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