《異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~》★川に落ちるプロローグ

暗い部屋で、その大男は赤ん坊を抱いていた。

「あう」

「……ああ、今日は昨日よりし暖かいな。心地いい」

地鳴りの様に低い聲だが、その聲にはどこか、優しさの様なが含まれていた。

「サーガよ、お前は、どんな大人になりたいのだ?」

「だう?」

「……ふっ、まぁ、まだわからんか」

自嘲気味に、大男が笑う。

大男はひとしきり笑い終えると、溜息混じりに赤ん坊へ優しく語りかけた。

「お前が何をむかはまだわからんが……後悔する選択だけはするなよ。後悔するのは、辛いぞ。サーガ」

大男は、ずっと後悔していた。

遅過ぎた、と。

雑草だと思い踏み散らして來たが、自分がすべき花と変わらぬ存在だった。

その事実に気付くのが、余りにも遅かった。

気付いた時には、もう引き返せなくなっていた。

後悔するしか、無かった。

過去を悔やみ、苦しみながら繰り返す事しか、出來なくなっていた。

「……いずれ、我輩は討たれる日が來るだろう。當然の報いだ」

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「あう?」

「お前の世話役の娘に、その時の事は任せてある」

赤ん坊の頭をゆっくりでながら、大男は笑った。

先程の自嘲混じりのそれとは違う、する者を祝福し、輝かしい未來へ送り出す様な笑み。

「探せ。我輩の様な間違いで父となってしまった者とは違う、我輩とは正反対の、『良き親』を」

子は『生みの親』を選ぶ事はできない。

だが、その後は違うはずだ。

「お前には我輩譲りの直と運がある。探せるはずだ。見つけたら、離すなよ」

「あい」

言葉を理解できているかどうか怪しいが、赤ん坊は確かにうなづいた。

浪男。

あなたは、これを何と読みますか?

……俺の両親は、これを「ロマン」と読んだ。

佐ケ野さがの浪男ロマン。

いわゆるキラキラネームだ。

笑える。

これが自分の名前だと思うと、本當に笑える。

親父曰く「男らしくかっこいい名前」だそうだが……

まぁ、男らしいだろうな、モロに男マンっつってるし。

でも、かっこいいか、これ……?

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小學校の時は「男の子なのにの子みたい。変な名前だねー」で済んだ。

しかし、常識というについてくる中學高校となると、周りの反応も違ってくる。

自己紹介すると名前を二度聞きされるのはデフォ。まぁ仕方無い。

「男だよね?」と言う別確認もデフォ。それは外見でわかれ。

漢字を書いてみせると二度見されるのもデフォ。まぁ初見殺しだよね。

「あ、男は英語でマンだから?」と納得されるまでテンプレ。言わないで恥ずかしい。

変、では無くちょっと気を使われて「奇抜だね」と言われる。もうその優しさがキツイ。

音だけ聞けばの子かと疑われ、文字を見せれば「あー……今流行りのキラキラ……」と同まがいな視線をける。

この16年間、この名前で得をした事と言えば、相手の記憶に殘りやすいという事くらいだ。

しかし、「記憶に殘りやすい」というのは何も良い事ばかりでは無い。

中學生にもなって擔任の教師を「お母さん」と呼んだら、そこそこの期間ネタにされるだろう。

俺の場合、それから立て続けに男教師を「お父さん」と呼ぶというコンボを決めた事がある。

さらには、その事故に近い形で勝手に夫婦認定した両教師が、半年後に電撃籍とかしちゃったモンだから手に負えない。

俺の中の『失態ランキング』で中々上位に來る大失態が、両先生のご結婚という一大メモリアルと共にいつまでも肴にされる。

先生の結婚式で、生徒を代表して祝辭を述べた山本やまもと君がこのエピソードで笑いを取った時には、もう山本君を欝になるまで神的に追い込んでやろうかと思うくらいには恥ずかしかった。

なくとも、あれから山本君に対する俺の態度は変わった。

しかも山本君はそれで味を占めたのか、他校の生徒にまでこの話を広めやがった。

おかげでこの町では、そこそこの數の學生が俺の名前に聞き覚えがある。山本君は絶対に許さない。

まぁ、両先生には素直に祝福の言葉を送るが、正直もう忘れさせてしい。

しかしこの名前である。

あ、あいつあれじゃね? ほら岡城先生と本田先生の結婚を予言した……そう、ロマンだロマン。

あー、ほとんど絡んだ事ないけど名前覚えてるわ。名前だけは。

自己紹介のインパクトすごかったしな。忘れられんわ。

しかしあの事件は面白かったなー。

え? 何さ事件って? あ、っていうかロマンって名前聞いた事あるな。

お前別中だから知らねぇのか。

いや、思い出した。山本がアホみたいに語り散らしてた奴だ。

……総合して何が言いたいかと言うと、俺はこの名前が嫌いだ。山本君も嫌いだ。

「……改名って役所で申請すれば良いんだっけ……」

真面目にそんな事を考えながら、俺は夕暮れ空の下、帰路についていた。

季節は冬真っ只中だというのに、余り寒くない。

暑いという訳では無いのだが、こう、ただ涼しい。寒い寄りの涼しい。

風が吹けば流石に「うおっ寒っ」となるが、その程度。

地球溫暖化の影響、か。

壯大な環境問題に思いを馳せながら、俺は川の上にかかった橋を渡る。

かなり古い橋なので、手すりが錆だらけでボロボロだ。

誰かの悪戯か、留めボルトも何本か紛失しているっぽい。

本気で當たりしたらぶっ壊せそうだ。

確かにこの橋の利用者はないが、いくら何でも放置し過ぎだろう。

早いところ整備してしいである。

橋を含め、川そのものは汚い方だが、その水面に映る夕日は綺麗だ。

ああ、子供の頃はこの川で山本君とよく一緒に遊んだっけ。

ここに限らず山本君とはよく遊んだなぁ。あの日までは……とか思い返しながら歩を進める。

その時だった。

「きゃあ!」

後方で、若いの悲鳴が聞こえた。

同時に、ブォオン! という急激にアクセルを踏み込んだ様なエンジン音。

「へ?」

振り返ってみると、スクーターがこちらへ向かって走って來るのが見えた。

「っ……!?」

ここは歩行者専用の橋だぞ、と思ったが、重要なのはそこじゃない。

フルフェイスヘルメットを被った運転者の手には、掲げる様にのバッグが握られている。

更にその後方ではあからさまに「ああ、私のバッグを返して」と言いたげに手をばすの姿。

あれだ、いわゆる、ひったくり。

「邪魔だ!」

「ぃいっ!?」

鋭く低い聲に怒鳴られ、ビビった俺はとにかく跳び退いた。

そりゃそうだろう。

結構な速度で走るスクーターを、一つで止められるはずがない。

避けるのは正解と言うに相応しい判斷だったはずだ。

ただ、俺はその正解の中で、1つだけミスをした。

それは、力加減。

必死に避けたがために、俺は全力で跳んでいた。

當然、すぐ橫にあった橋の手すりに、背中からぶつかる。

視界が、茜の空で満たされる。

「え?」

耳に屆いた、とても不快な崩壊音。

俺がぶつかった衝撃に耐えられず、錆だらけの手すりが壊れた音。

「う、そ……」

この程度の衝撃で壊れるまで放置されてるとか、有り得ない。

多分、俺は運が悪かったのだろう。

偶然にも、最も脆くなっていて最もボルトが欠落している、そんなポイントに飛び込んでしまったらしい。

っていうか、何で俺は今こんなに冷靜なんだろう。

今、結構ヤバイ狀況な気がするのだが。

ああ、そうか。

これが極度の刺激の後に訪れるという『賢者タイム』か。

超びっくりしたもんなーさっき。あのひったくりも、何もいきなり怒鳴らなくたって……って待てよ、そろそろ焦らないと不味い気がする。

そんなじで腕をバタバタさせようとした時、重力が、俺を川へとう。

結構な高さがある。

そして川はとても淺い。

何せ小學生が安心して遊べるくらいだ。

あ、これ死―――

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