何だ、今のは。

全を何かが走り抜けた。

俺は過去に、『雷帝』と呼ばれる魔獣と戦った事がある。

奴が放った最大の一撃ですら、こんな全を引き裂くような痛みは無かった。

何だこれは。

一、この年は俺に何をした。

こんなの、知らない。

一、何の魔法だ。聞いた事も無い。

とにかく、不味い。

今の衝撃で、一瞬意識が飛んでしまった。

膝から、崩れる。

勢を立て直さなければ、あの黒い剣で斬られ……！

しかし、俺の危懼は杞憂に終わった。

先に年の方が、を吐いてブッ倒れたのだ。

「なっ……」

膝と手を地に著きながら、俺は現狀を確認する。

年は、倒れたきりかない。

いや、いてはいるのだが、全が離れを起こした様に激しく痙攣しているだけ。

意識があるとは思えない。

先程まで饒舌を振るっていた漆黒の魔剣も、何故か黙っていた。

「……程……」

突然、この年が加速したのは、魔剣の力か。

魔剣の力を最大限に引き出したがために、魔剣も己も負擔に耐え切れず意識を失った。

そんな所だろう。

それだけ、今の一撃に賭けていたのだろう。

確かに、強烈だった。

常人なら、今の一撃、最悪死んでいただろう。

散々人外呼ばわりされてきた俺ですら、足腰が立たなくなっている。

「ぐっ……だが……」

こういう時のために、強化の魔法だけは會得していて良かったと心底思う。

己のを魔法でい立たせ、鉄パイプを杖代わりに立ち上がる。

「惜しかったな……」

本當に、『惜しかった』。

……だが、『約束』は『約束』だ。

まともな武を使っていない俺にすら勝てない様では……

その時だった。

「！」

俺の腹に、衝撃がぶつかる。

衝撃魔法、だ。

だが、ただでさえ丈夫な俺のに今は強化魔法まで掛かっているのだ。

効く訳がない。

「あだぶ！」

「……ふん、何だ。手を出すな、とでも言いたいのか」

「だう！」

魔法の主は、魔王の息子である赤ん坊。

何度も何度も、俺に衝撃魔法を食らわせる。

「だぼん！　べう！　あだぶ！」

この年から離れろ、そう必死に訴えている様だ。

「……俺は、お前を殺そうとしている。逃げようとは、思わないのか？」

「だう！」

その目には、戦意がある。

護るために戦う、意志が。

……全く、『親子』そろって、他人のためにどうしてそこまで必死になれるのだ。

自分の生命が、惜しいとは思わないのか。

「生命が惜しいとは、思わないのか」

あの日。

が差し込む玉座の間で、俺は老いぼれた臣下共をさっさと片付け、魔王と対峙した。

まだ俺は、魔王に一撃もれていなかった。

それどころか、魔王とはし言葉をわした程度で、戦闘すら始まっていなかった。

なのに魔王は言ったのだ。「我輩の首なら、今すぐにでもくれてやろう」と。

だから、俺は問う。

生命が惜しいとは思わないのか、と。

「ああ、もう、我輩は生き過ぎた。間違いを犯し過ぎた、と言っても良いだろう」

そう言って、魔王は自嘲気味に笑った。

「思えば、始まりはくだらん事だった……些細な嫌悪、そこから、連鎖は始まったのだ」

「……何の話だ」

「ジジィの思い出話だ」

「興味が無い」

「そうか。では、辭めておこう。本題だ」

「……本題？」

「ああ。『條件』だ。我輩の首を譲り渡すためのな」

「條件？」

「うむ」

そううなづくと、魔王は膝を著き、そして、

「―――！」

その頭を、垂れた。

そう、土下座、だ。

魔王が、俺に、土下座をしている。

何故だ。

俺はまだ、魔王に何もしていないはずだ。

「頼みが、ある」

「頼み……だと？」

「２つな」

「……張るな……」

「まぁ、我輩の命懸けの頼みだ。２つくらい、聞いてくれても良いだろう」

「…………」

「その沈黙は、『容次第だから早く話せ』という意図と取っても良いな？」

「……ああ」

魔王と死闘を繰り広げるよりも楽な條件だと言うのなら、そちらの方が良いだろう。

俺の返答を聞き、魔王はを起こした。

「……その前に、やっぱり椅子に戻っていいか。実は腰を痛めていてな…正座は中々堪える……」

「……好きにしろ」

「謝する」

あーよっこらせ、と玉座に戻り、魔王は一息。

そして続きを語り始めた。

「１つ目だ。これ以上、『この城にいる若い魔人』に手を出さないでもらいたい」

「ふざけるな。俺に無抵抗でやられろと言うのか」

「違う。避難行の邪魔をするな、と言っているのだ」

「避難……？　戦の意思が無いとでも言うのか」

「うむ。そもそも、お前らがここに攻め込む前に、若い衆は避難させる算段だったのだ。それをアホみたいな速度で乗り込んで來おってからに……」

どういうつもりだ。

真意が読めない…だが、まぁいい。

俺達の目的は魔王を討つ事。

それ以外の処理は、國の連中が勝手にやってくれるだろう。

それにしても、１つ疑問がある。

「……何故、若い魔人に限定する？」

普通、こういう時は全ての魔人を指定するはずだ。

何故、若い魔人に限定するのか。

「……ケジメ、というモノだ。皆、覚悟は出來ている。我々、『対立を生んでしまった世代』の魔人はな」

「対立を生んだ……？」

「……先程の思い出話に繋がるが、聞きたいか？」

「……話せ」

「……言葉通りだ。魔王軍なんてモノを発足し、人間と一部魔人が敵対する構図を作ってしまった、諸悪の源という事だ」

その昔、魔王軍を発足し、人間と戦爭を始めたのは、他でもないこの魔王だ。

「あの頃の我輩は、淺はかだった。我輩と共に戦ってくれた者達も、皆怒りに我を忘れていた」

「…………」

歴史の話だ。

昔、魔人差別主義者であるとある國の王が、魔人への大弾圧を行った。

魔王軍は、その反で生まれた「人間への復讐」を目的とする集団だと聞いている。

「怒りに取り憑かれ、我々は見失っていた。魔人も人間も、所詮は同じ生であるという事を」

魔王の瞳には、後悔のがあった。

悔やんでも悔やみきれない。そう言いたげだ。

「わかるか？　我々は、花を守るために、花壇を荒らす雑草を駆除しているつもりだったのだ」

だが、違った。と魔王は続ける。

「同じだったんだよ。雑草などでは、なかったんだ」

一、何を思い出しているのだろう。

魔王は遠い目をしていた。

きっと、この魔王を含む老いた魔王軍の者達は、『何か』を、見てしまったのだろう。

戦爭の中、人間と魔人が同じであると気付かされる様な、悲慘な『何か』を。

悲劇の瞬間を。

哀しみの涙を。

雑草だと思っていたモノから舞い落ちた、花弁を。

「……皆が気付いた時には、遅かった。憎しみは、連鎖を始めていた」

「……人間側からの攻撃か」

「そうだ」

當然、やったらやり返される。

こちらが『気付き』、攻撃を止めても、相手は一時的な停戦としか思わない。

魔王軍としても、いくら自分達が悪いと思っていても、無抵抗で殺される訳にはいかない。

魔王軍の者にだって、守らなければならない者達がいる。

戦いは、終わらなかった。

「魔王軍で生まれた世代は、最早『人間とは敵対する者、そういうモノだ』と思い育ってしまった者ばかりだ。このままでは世代を越え、戦いは永劫続く」

「…………」

「悟ったよ。もう、ダメなのだと」

憎しみは連鎖を始めた。

もうこのを止める事はできない。

「だからと言って、諦める訳には行くまい」

「！」

「我輩は、この２０年程で何とかツテを作り上げた。至る所に、『魔王軍とは関係無い、しかし魔王が討たれた時、魔王軍の者を匿ってくれる』そういうツテを用意したのだ」

……程。魔王の考え、大見えてきた。

魔王の死。

その出來事を以て、魔王軍と人間との戦いに終止符を打たせる。

「……し、考えが甘いのではないか？　逃げ延びた魔人が、更なる報復のために決起したらどうするつもりだ？」

「避難先は、魔人と人間の共存が完璧と思える平和な場所を選定した。きっと、『気付いて』くれる。我輩は、皆を信じている」

口で言い聞かせても、現に敵対している狀態では、若者達は魔王達の言う事をすんなりとは理解できないだろう。

だから、実際に験させるのだ。

そして自分で気付いてもらう。人間と魔人の差異など、とても矮小なである事を。

「信じる、か」

「この城の魔人達は皆、我輩の家族も同然だ。信頼するのは當然だろう」

「…………」

「それに考えてもみろ。このまま魔王軍を維持し続けるよりは、彼らが気付いてくれる可能に賭ける方がまだ『素晴らしい未來の可能』があるではないか」

これが、魔王なのか。

聞き及んでいた邪悪さなど、欠片もじない。

先程から気の良いおっさん臭が半端では無い。

……程、「雑草では無かった」。それは、こういう事か。

「……いいだろう。その頼み、了承した。で、２つ目とは、何だ」

「我輩の息子についてだ」

「……何？　子がいるのか？」

「ああ。去年生まれたばかりだ。可いぞ、こう、何かとふてぶてしくて、な」

魔王に子がいるなど、初耳だ。

「妻は子を生んですぐに死んでしまったが……まぁ、その辺は興味あるまい」

「……その息子を、どうしろと言うのだ。まさか代わりに育てろ、とでも……？」

「いや、お前はおそらく我輩と『同じ』だ。お前には預けられん」

「……同じ？」

「親に恵まれなかった、違うか？」

「！」

「目を見ればわかる。『親の』というモノを知っているか、否か」

「……ふん」

目だけでそこまでわかるか。

流石は魔王、と言った所か。

「貴様には子など育てられない。自分でもわかるだろう」

「ああ」

「お前に頼みたいのは、ストッパーだ。保険、と言ってもいい。もしもの時、あの子を……始末してしい」

「……！？」

「あの子は、魔導の才能に満ち溢れている。もし、存在が知れれば、始末しようとする者より、『悪用』しようと考える者が現れるはずだ」

魔王の才能を継ぐ、その息子。それもまだまだい。

確かに、力や覇権なんてを渇する連中には素晴らしい寶石箱だろう。

そう考えると、平和な避難先に送る事はできない。

萬が一、その存在を知られた時、守る力が無い。

「それと、『予言』の事もある」

「予言だと？」

「昔、とある魔導占星の名手に、々と助言されたのだ」

「……魔導占星の名手……」

「どうした、何か引っかかる事でもあるのか？」

「……いや……続けろ」

「師は、我輩が討たれるであろう未來と、１つ、『可能の予言』をした」

「…………」

「未來の分岐點……將來、我輩の子が『世界を滅ぼす魔王』となるか『世界を救う英雄』となるか。その重要な分岐點がある、と」

魔王は信じられるか？　と笑う。

だが、彼は信じているのだろう。

現に、魔王が討たれる日は來たのだから。

「それが我輩の死後、息子が『最初に出會う』、『新たな親』だ」

「親そのものが、分岐點だと言うのか」

「そうだ。その親次第で、我輩の息子は魔王か英雄、そのどちらかの道へ進む」

「その分岐點とは、的にどんなだ」

「さぁな、そこまではわからんそうだ」

だが、と魔王は続ける。

「なくとも、あの子を守れない様な力無い親では、最悪の未來が待っているだろう」

守れなければ、悪用される。

魔王の息子が誇る、魔王としての才能を。

「その判斷を、お前に委ねたい。お前が息子を襲い、それを撃退できるか否か」

「……程な、俺を『検閲』とするか」

「そうだ。占星師によれば『最初に出會う親』が分岐點となるらしい。つまり、その者が息子の未來を決定付ける。その親が、息子を守れない様であれば……」

「貴様の息子を始末するしかない、か」

息子がいくらおしくとも、世界の命運には代えられない。

最善は、すぐに息子を始末する事だろう。そうすれば可能もクソもない。

確実に世界は救われる。

それでも、親のエゴだとしても、できれば息子を死なせたくはない。

だから魔王は、賭けに出る。

息子が最初に出會う親。

その分岐點から、正しい未來へ向かう可能を信じて。

そして、その保険に、『魔王を討つ最強の冒険者』を『検閲』とする。

「…………」

「無茶苦茶な頼みである事はわかっている。お前がこれを引きけてくれる義理など、無いのだからな」

そうだ。

息子を生き殘らせたいのは、親としての魔王のエゴ。

そんなもの知るかと、俺はその息子を切り捨てる事もできる。

「だから、しばかり『呪い』をかけさせてもらう」

呪い、か。

おそらく、命令に背けば心臓が潰れるとか、その手のだろう。

俺を強制的に『検閲』とするか。最後の最後で隨分と魔王らしい事だ。

だが、

「不要だ」

「……！　……そうか。それは手間が省けて有り難い」

俺の目を見て、理解してくれたらしい。

俺の意思を。

例えエゴだろうと、どうにか子を守りたいと盡力する魔王の想い。

……それを、踏みにじりたく無い。

俺には、得られなかっただから。

親にされる幸せを、俺は知らない。

獨り、冷たい路地裏から、幸せそうな家族を眺める虛しさは知っている。

それに嫉妬を覚え、泣きじゃくった事もある。

冒険者になるまで、嗚咽しながらゴミを漁り、時には菓子パン１つのために誰かを傷つけ、生きてきた。

俺がどれだけんでも、得られなかった、親の。

魔王がせめてもと息子に捧ぐこのを、俺が踏みにじれるはずがない。

例え、世界の命運なんてが懸かっているとしてもだ。

「……良い親を持った、貴様の息子が羨ましいな」

「ほう。死ぬ前にそんな最高の褒め言葉を聞けるとはな。辛くとも長生きしてみるものだ」

「……以上、か？」

「ああ。頼むぞ、『魔王を討った英雄』殿」

「……ふん」

大剣を構え、俺は魔王へと歩み寄る。

「その頼み……確かにこのに留めておこう」

振り下ろすこの刃に、誓おう。

貴様の息子の命、この俺が、確かに預かった。

「……ふん」

良い目をしている。

あの魔王と同じ目だ。

それ程までに、この『新たな親』を想うか。

「だう！」

「……本當に、惜しいものだ」

こんな良い目をする若い芽を、摘まなくてはならない。

魔王の願いは、屆かない。

子を想う親と、親を想う子。その２つの想いを、引き裂かなくてはならない。

この狀況が、とても殘念だ。

それでも、この年は、『新たな親』は、魔王の息子を守る力が無かった。

約束は、約束だ。

果たさなくては、いけない。

鉄パイプを握り、俺は、魔王の息子の方へ歩を進める。

いや、進めようとした。

「！」

その足を、何者かが摑み止めた。

「何……」

それは、未だ痙攣を起こしている年の手。

馬鹿な。

この年は今、全が離れを起こしている狀態だぞ。

魔剣も意識を失っているという事は、その加護も切れているはずだ。

そんな狀態では、萬が一仮に意識があったとしても、けるはずがない。

ぎ１つでも起こせば、筆舌に盡くしがたい激痛が全を襲うはずだ。

なのに、年の手は、俺の足首をしっかりと捕まえた。

しっかりと言っても、振り払おうと思えば振り払える程度の握力しか掛かっていないが。

年は、それ以上かない。いや、けないのか。

顔も上げられず、聲すら発せない狀態でなお、俺の足首を摑み続ける。

おそらく、ろくに意識も殘っちゃいないだろう。

今、この年の手をかしているのは、年の本能だ。

「………………」

自分の生命か、魔王の息子か、どちらかを差し出せと言った時。

この年は、諦めなかった。

勝つ道を模索した。自分も魔王の息子も、誰も犠牲にしない道を、探した。

悪くない考えだとは思う。

実に理想的だ。

だが現実的とは言えなかった。

素人だ。甘ちゃんだ。

でも何故か、この年がその道を選んだ時、俺は嬉しかった。

あの魔王とはが違うが、『立派な親』というを見た気がした。

「これが、お前の選んだ親か」

「あう！」

あの魔王と雰囲気が全然違うこの年の何が気にったのか、俺には理解できない。

むしろ魔王とは全く違うタイプだからこそ、という事なのか。

とにかく、この赤ん坊の選択は、あながち悪いでは無い、かも知れない。

「本當、貴様は親に恵まれているな。……羨ましい、限りだ」

軽く足を振るって、年の手を払う。

年の手は、弱々しいきで俺の足を摑もうとしてきたが、俺は數歩下がってそれを躱す。

そして、

「……だう？」

赤ん坊が疑問の混じった聲を上げる。

まぁ、理解できないだろう。

今まで敵意を向けていた俺が、突然背中を向け、去ろうとしているのだから。

「また來る」

俺は、期を急ぎ過ぎた。

この年には、び代がある。

……直だ。

「次は、覚悟をしておけ」

この年は、どれだけ屈強なダンジョンの大ボスでもし得なかった、『俺に膝を著かせる』という域に達した。

魔剣のおかげも大きかったろうが、反応速度は悪くなかった。

反的に行っている防行も、実に洗練されたものだった。及第點と言っていい。

俺の鉄パイプを薙ぎ払う際の筋力も申し分無かった。

それに加えて、あの魔剣……魔剣を持っているのなら、『あそこ』で修行を積めば……

充分に、期待できる。

この年には、俺を退けるだけの実力を付ける可能が充分にある。

……ふん、あれこれ建前を並べて、を優先するか。

まぁいい。それが俺らしい。

俺はただ、自分がこうしたいとじる事をするだけだ。

次、俺は大剣を持って貴様らの前に立とう。

３度目は無い。覚悟しておけ。

俺に勝って、守ってみせろ、年よ。

魔王の想いを。