《異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~》決著の第17話
『マスター、今日は調子がよろしくないのです?』
「あぁん? 急にどぉしたグレンジン」
ヒエンの脳に、刀グレンジンの聲が響く。
豪炎を纏いながら、ヒエンはロマンへ突進をくり返す。
その軌跡をなぞり、フレイムサーキット、要するに炎のレールも敷かれていく。
そして、そのレールが徐々に徐々に、ロマンの可域を狹めていく。
トドメをブチ込むまで、もう一息という所だ。
『フレイムサーキットの持ちが悪いです』
「……ああ、確かにな……」
普段、ヒエンのフレイムサーキットの炎は、3分程滯空する。
しかし、先程から1分ちょっとしか持っていない。
『それと、魔力の減りも激しいのです』
「はぁ?」
『グレンカイザー狀態を維持できるの、このペースだと後5分くらいなのです』
「調子は別に悪かねぇんだがなぁ……?」
むしろヒエンは今朝から快調。
妙な現象だ。
『まるで、魔力がダダれしている様なのです』
燃料タンクにが空いてしまっている様な、そんな覚。
それくらい、魔力の消費量がいつもと違う、という事だ。
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「よくわからねぇが……まぁとにかく、さっさと決めろって事だろ!」
『そうなのです』
それなら問題ない。
さっきも言ったが、後、一息だ。
「飛ばしてくぞ、炎刃エンジン全開ってなぁ!」
『……マスター、寒いのです』
「そぉか? 俺様は燃えて來たぜぇぇ!」
速い。
ユニゾンなんちゃらとか言うのを発してから、ヒエンの移速度が跳ね上がった。
元々でも速かったのに、今ではゲオルよりもし遅いかなくらいの速度で移していやがる。
それに加えて、例のフレイムサーキットとやらも続いていた。
現狀、俺を取り囲む様に、大量の炎のレールが浮遊している。
ヒエンの突進をどうにか躱し続けてはいるものの、このままでは不味い。
逃げ場を完全に失った所でドデカイのを一発ブチ込まれたら……
いや、それは無いか。
さっきからヒエンは、炎を纏った拳で毆りかかってくるばかりだ。
遠距離攻撃を一切使用しない。いや、使いたくても使えないのだろう。村人達のギャラリーのせいで。
ヒエンは決闘開始前、ギャラリーについて、「やり辛い」と言及した。
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ギャラリーに被害が及ばない様に、ある程度加減をする必要が生まれるからだろう。
つまり、どえらい威力の撃・投擲系の攻撃は控える必要がある。
だからヒエンは、敢えて炎を全に巻きつけるなんて真似をしてまで、俺に接近戦を挑み、遠距離攻撃の使用を控えている。
まぁでも、ヒエンが遠距離攻撃を撃てても撃てなくても、このままでは結果は同じだ。
こちらはヒエンに対し、すが無いのだ。
「おいクソガキ、さっきから防戦一方じゃねぇか」
「そりゃあな……!」
「何でだよ、さっさとブッた斬りゃ良いだろ」
「……はぁ? お前、話聞いてたか?」
あの炎は摂氏2000℃。
溫度については詳しい方では無いが、さっきヒエンはマグマが大1200℃だと言っていた。
マグマの2倍弱の溫度を誇る炎。
いくら魔剣っつっても、消し炭にされてしまうはず……
「俺っちがあんな炎で燃える訳ねぇだろ」
「……俺にはお前の耐久力のものさしがわからん」
剣戟の最中に痛い痛い言う癖に、極熱の炎は平気とはこれいかに。
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「平気ではねぇよ。そらクソ熱い。だが燃えやしねぇ」
「……でも、良いのかよそれ」
「俺っちが文句があんのは、盾として使われた挙句痛い思いをさせられるって事だ」
ああ、確かに。
こっちから打ち合いに行った時、こいつが不平不満をらした事は無い。
要するにアレか、剣として攻め手に使うなら、多暴に扱われても文句は言わないと。
「……だったら」
それなら、活路が1つだけ存在する。
思いっきり、ブン毆るんだ。コクトウの刃の腹で、ヒエンを。
打撃の瞬間だけイビルブーストを全開にして、炎の鎧ごと、全力でブン毆り飛ばす。
それで意識を刈り取る事ができれば……!
「コクトウ、し熱いだろうけど、我慢してくれよ……」
「…………」
「……? どうした?」
「いんや……魔剣を気遣うたぁ殊勝な心がけだクソガキ。いいぜ、あの火の玉クソ小僧にブチかましてやれ」
「おう!」
その時、しばらく滯空して獨り言をつぶやいていたヒエンが、き出した。
足甲を発させ、こちらに突っ込んでくる。
決めにかかるつもりなのか、今までとは何か気迫の様なが違う。
こちらからの攻撃を警戒している様子は無い。防・回避を無視した特攻姿勢。
それもそうだろう。
今まで俺は、奴の炎の鎧を前にす無しと回避に徹していたんだ。
奴が、俺に炎の鎧を破るは無いと確信するには充分な程に、俺は避けに徹した。そらもう必死に避けた。
だって本當にそれしか無いと思ってたんだもん。ひぃひぃ言いながら死に狂いで避けまくったわ。
それが、ここに來て好機に変わった。
炎のレールの量的にも、これ以上は辛い。
このチャンスで、決める。
「ヒィィィィッ、ハァァァァァァァッ!」
雄びを上げ、ヒエンが拳を振りかぶる。
「コクトウ!」
「応よ!」
イビルブースト、全開だ。
ゲオル戦の時と違い、今の俺のは健全そのもの。
反はデカいだろうが、あの時の様にぶっ倒れる事は無いはずだ。
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉおおおおお!」
俺の世界が、更に減速する。
プールに飛び込んだ時の様に、にし重い何かが纏わり付き、音が歪む。
ヒエンのきが、鈍い。
簡単に、その拳を躱す事ができる。
炎の鎧のせいで表は読めないが、さぞかし驚いている事だろう。
頼むから、こいつでKOされてくれ。
俺はコクトウをくるりと回し、構える。
そして、
「うぉらぁっ!」
炎に包まれたヒエンの頭へ向け、黒刃の腹を全力フルスイング。
野球は育の時間でしかやった事が無いが、1度だけホームランを打った事がある。
っても、中學校の狹いグラウンドで、金屬バットを用いた時の話だが。
あの時よりも、格段に良い手応えがした。
ヒエンがボールだったなら、あの時の數十倍の飛距離を記録する特大ホームランになっていただろう。
炎に包まれたヒエンのが、バウンドしながら川原を転がっていく。
れた砂利を全て溶解させながら、軽く10メートルは転がっただろうか。
そこで、ヒエンは跳ね起きた。
「なっ……!」
その景に、俺は戦慄する。
だってその景は「仕留め切れなかった」という証明なのだから。
「っぐ……」
そして、周囲の速度が元に戻る。
同時に俺の全を襲う、筋痛に似た激痛。
まともに立っていられず、コクトウを足元に突き立てて杖代わりにする。
不味い、このままでは……
「ぐぉ……」
不意に、俺のモノでは無い苦悶の聲が響いた。
ヒエンだ。
その全を炎の鎧が、一斉に散った。
そして、ヒエンのと同化していた紅の裝甲も、崩れる。
裝甲は炎へと変わり、ヒエンの手の中に集約。炎は形を変え、あの炎の魔剣、グレンジンとなった。
フレイムサーキットも、虛空へと消える。
「馬鹿な……魔力切れ……だぁ……っ!?」
「そんなまだ後5分は……何で、一瞬であんなに……!?」
何が起きているのか、わからない。
だが、現狀を、俺の都合の良い様に整理するなら……
ヒエンの魔力が切れ、あのユニゾンなんちゃら狀態を維持できなくなった、という所か。
ヒエンもグレンジンを杖代わりにして、苦悶の表を見せる。
俺にブン毆られたダメージが出ているのだろう。
軽い脳震盪を起こしているのかも知れない。
ヒエンの足は、けなく震えている。
炎の鎧を纏っていたとは言え、俺の全力の一撃だ。
それくらいはダメージが殘ってくれなきゃ困る。
魔力切れに加えて軽度の脳震盪。
だとすれば、今のヒエンは闘う所の容態では無いはずだ。
俺もそうだし、このまま引き分けという事で幕を下ろせたりは……
「っ……だがぁ……まだやれんぞぉ……!」
…しないかチクショウ。
「ま、マスター、危険なのです! 今の狀態で無理をすれば、生命に関わるのです!」
「そうだリーダー! グレンジンの言う通りだ!」
コクトウを買った時、シングとの話に出た事だ。
魔力を大量に吸われるというのは、生命に関わる事だと。
つまり、魔力の枯渇狀態というのは……
「うるせぇぞ……グレンジン、ギール……! 漢ってのは、生命云々よりも優先すべき事があんだよ……!」
グレンジンを引き抜き、ヒエンはそれを構える。
とても苦しそうな表で、息も絶え絶えに。
「俺様は、この決闘、負けらんねぇ……!」
ヒエンからすれば、俺は多見直す點はあれど、仲間を傷つけたクソ野郎。
大人しく引き下がる事はできないのだろう。
例え、どんな狀況であろうと。
「っ……」
今のヒエンの姿に、あの時の自分の姿が重なってしまう。
サーガを守るため、ゲオルと闘った時、俺はきっと、今のヒエンと同じ気持ちだった。
人間ってのは誰にだって、どんな狀況だろうと譲れないモノがある。
こいつのためなら、どうあってでも戦わなきゃと、心の底から思えるモノがある。
ヒエンに取って、それは仲間の仇討ち(まぁドレッドさん無事だし、総合的に勘違いな訳だが)。
「くそ……」
だからこそ、わかる。
ヒエンは絶対に引いちゃくれない。
だが、俺だってこんな所で倒れる訳にはいかないんだ。
ゲオルを叩きのめしてサーガを守るため。
元の世界に帰るため。
俺も、コクトウを引き抜く。
分散していた重が両足に戻り、痛みが増す。
俺の表で、ヒエンも悟ってくれたのだろう、お互いに厳しい容態である事を。
ヒエンは辛そうに脂汗を流しながらも、口角を上げる。
「ハッ……そっちも、中々漢前な目ぇしてやがる……出會い方さえ違えば、絶対にダチになってたろうなぁ……!」
惜しい。
そんなを吐しつつ、ヒエンが腰を落とす。
「リーダー!」
「來るんじゃねぇ!」
「でも……!」
「マスター、お願いです! 相手方、あなたも剣を引いてくださいなのです!」
「黙れっつってんだ……」
剣を引きたいのは山々だ。
だが、ヒエンは引かない。
グレンジンには悪いが、俺だって、無抵抗で切られてやる訳には行かないんだ。
耐え切れず、ドレッドとバンダナがき出す。シングも俺を助けてくれようとしてか、サーガを抱いたままこちらに走り出す姿が見えた。
しかし間に合わない。ヒエンはもう、砂利を蹴り飛ばし、突進を開始した。
「馬鹿野郎……!」
ヒエンを思うのであれば、もう一刻も早く叩き伏せるしかない。
しかし今の俺の狀態ではそれも難しい。
コクトウの全開イビルブースト……また2・3日けなくなってしまうかも知れないが、使うしかないか……!?
その時だった。
「ごめんなさいぃぃぃっ!」
すごい涙聲で、俺とヒエンの間に割ってった、小さな影。
ビクゥっと、ヒエンも思わず急ブレーキを踏む。
一誰だ……って……
その影は、全く見知らぬだった。
小學校低學年くらいだろうか。イコナとどっこいどっこいなじのそのは、イコナ並にボロッボロと涙を流し、ヒエンへ向けて見事な土下座を披している。
「リナ!?」
の二の腕には小さいのヒートアッパーズの証であるファイヤーパターンのタトゥー。
「ごめんなさいリーダー! 全部……全部、私が悪いの……!」
「何……?」
「私、リーダーに噓ついて……ギールさん、実はそんなにボコボコにされてないの……!」
「はぁ!?」
……ん?
何この展開。
「ギールさん、衝撃魔法を一発ブチ當てられただけで……」
「お前まで、そいつらを庇ってそんな噓を……」
「噓じゃないの……本當なの!」
「…………」
「余所者に酷い事されたのに『自分が悪い』ってギールさん引ちゃったから……このままじゃヒートアッパーズが舐められちゃうんじゃないかって……」
「リナ……」
「リーダーならきっとこんな奴らブッ飛ばしてくれると思って……ちょっと話を盛って……」
……つまり、こういう事か。
シングがドレッドさんに魔法をブチ當てるのを目撃したこのは、ドレッドさんが優しいのを良い事に、余所者が調子に乗っている様に見えたと。
きっとこのはヒートアッパーズが、そのメンバーが大好きなんだろう。
そんなメンバーを馬鹿にした(様に見えた)俺達が、どうしても許せなかったんだ。
だからヒエンにちょっと腳した報を伝え、俺達を敗してくれる様に仕向けたという事、か。
ヒエンなら難もなく俺達くらいぶっ飛ばしてくれる、と踏んでいた様だが、現実は違った。
自分のせいで、リーダーが生命賭けで戦っているのが見てられなくなり、飛び込んで來たらしい。
「だから、そんな無理してまで闘わないで……! 私、謝るから……どんなお仕置きだってけるから……お願いリーダー……もうやめて!」
「…………リナ……」
ヒエンの言葉に、土下座中のは大きく肩を震わせた。
怒られるに決まってる。そう思ったのだろう。
「謝る相手が、違ぇだろ」
「え……」
ヒエンはグレンジンを鞘にしまい、そして、砂利の上に膝を著いた。
そして、頭を垂れる。
「すまねぇ、俺様の勘違いで、こんな……」
「り、リーダー!」
「リナァッ! テメェも向こうに頭下げろや!」
「は、はひっ!」
は慌てて俺の方へと振り返り、土下座。
「責任は俺様が取る。どうか、このガキは見逃してやってしい」
「……は?」
責任って、何の話だ?
「腕1本、落としてくれ。足りねぇってんなら、もう1本くれてやる」
そう言って、ヒエンはを起こすと、その手を俺に差し出した。
……はぁ?
「アホかお前……」
「あ、アホォッ!?」
「テメェ、リーダーに何て口を…」
「リナァ!」
「は、はひっ!」
俺に飛びかかろうとしていたは、ヒエンの一喝をけると即座に土下座勢へと戻る。
……流れる様な所作だった。すげぇなおい。
「お前の腕を斬って、俺に何の得があるんだよ」
そのブッた斬った腕を俺に引っ付けて戦力アップとかできるなら考え様もあるが、いくら魔法が発展した世界と言えどそんな事はできないだろう。
こいつの腕を切り落としたって、こいつが勝手に満足して俺が嫌な思いするだけじゃん。
「なら、どう詫びりゃあ良い?」
謝罪で、腕を切り落とすくらいしか思いつかないのかこいつ……
「そうだな……」
正直、さっさと解放してくれれば詫びとか要らない。
だって、そもそもの原因はこちらにある事だし、このだって、チームのためを思っての行だ。
まぁ子供らしく、思慮が足りない短絡的行ではあったが。
「ちょっと、聞かせてしい話がある」
そう、俺には、ヒエンに聞いておきたい事がある。
「あ、ああ。わかった。そんな事で、い、いの……な…りゃ?」
とか言いつつ、ヒエンはゆっくりとブッ倒れてしまった。
話を聞けるのは、しばらく後になりそうだ。
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