シングの看病のおかげかどうかは置いといて、俺は２日で充分にける様になった。

それでも、今日１日は休めと言われたので、ゆっくり休んでいた訳だ。

そして、夜中。

「……どこの世界でも、風呂ってのは変わらない力を持ってるよな……あぁー」

「うい？」

「ロマン、ジジくさいぞ」

本日の業務を終え、執事組全員が大浴場の湯船の中で雁首をそろえていた。

もちろん俺とサーガも一緒だ。

男供皆そろって１日の汗を流している訳だ。俺がかいた汗の大半は寢汗だが。

しかしまぁ、本當に広い風呂だ。

１人でったら不安になるくらい広い。

リアルにマーライオンとか初めて見た。まぁ金では無く白彫刻だが。

「明日からは執事業務再開と…ついに修行開始か」

ゲロの如くお湯を吐き続けるマーライオンを軽く叩きながら、なんとなくつぶやいてみる。

「魔剣奧義得の修行、か」

頭に乗せたタオルの位置を直しながら、執事長が応答してくれた。

「ん？　そういや、執事長やベニム達は、魔剣奧義の修行ってどんなのか知ってんの？」

「詳しくは知らないぜ」

「僕も」

「ヒエンやラフィリアさんから軽く話を聞いた事がある程度だ」

「いー」

まぁ誰も魔剣なんて持ってないしね。

つぅかサーガ、お前が知らないのは知ってるから。

「聞いた通りなら、個人個人でやる事は大きく異なるらしいが、共通する事はある」

「共通？」

「魔剣と対話し、『完全な信頼』を勝ち取る事、だ」

コクトウと対話……っていつもしてるぞ。

あいつ寂しいと死ぬタイプだから、最低でも１時間に１回は話かけてくるし。

その時、風呂の外で「ビーッ！」という甲高い音。

「かかったぜ、執事長さん」

「……またか」

執事長がやれやれと言った合に深い溜息。

「ロマンが來てから、頻度が以前と同じくらいになったね」

「……何か申し訳ないな」

「気にするな。ベニムやランドーがった時もそうだった。新りがった時期の恒例行事の様なだ」

今の音は、ベニムが仕掛けた魔法道トラップが発した、『捕獲功』の音だ。

何を捕獲したかと言うと、まぁ、端的に言えば『覗き魔』だ。

「毎回毎回トラップの種類と配置を変えるなんて……卑怯者」

「そりゃ毎回同じじゃ躱されるからな」

所前の廊下。網にくるまれ天井から吊るし上げを食らっている１人の、ユウカ。

とりあえず俺達はしっかり普段著を纏って、彼の前に立つ。

「ユウカお嬢様、的好奇心が旺盛なのは、生學的に大変よろしい事です。ですが、覗きは犯罪ですよ」

「覗きなんてしてない。私はここの前を通っただけ。冤罪」

「一応言っとくぜお嬢様よ。そいつぁドアノブを捻った時に起する様にセッティングしたんだぜ」

「……そう、私は確かに覗こうとした、でもそれの何が悪いの？」

「今さっき、執事長が犯罪だって言ったよね」

「法律でこのこうきしんは抑えられない。そう、言わば私は希の探索者シーカー。どんな困難にも立ち向かう」

「かっこ良さげなじで言われてもね」

覗くのは好き、でも覗かれるのは気にらない。

生粋の攻めのエロ野郎、ランドーが呆れた様に笑う。

「とにかく、今後は控えていただきたい。ベニム、外せ」

「あいよ」

「……約束はしない」

「いや、しろよ」

「ぶい」

このお嬢様は……

風呂を終え、自室へと向かう俺とサーガとランドー。

抱っこが良い、とゴネだしたので、サーガはに抱いている。

ベニムは殘っている対ユウカトラップの取り外し作業で風呂に殘り、執事長はユウカを部屋まで送るという事で別行になった。

その道中、フロントホール。

「ん？　何してんだ、シング」

「おお、ロマンか！」

シングがキョロキョロと何かを探し回っている。

「シングさん、こっちにもいません！」

「シェリーまで……」

今日は泊まり込みの日のシェリーも、同じく何かを探している様子だ。

ってか何で未だに鎧を著ているんだろう。流石に兜は外しているが。

意外と著心地がいいのか、あの鎧。

まぁ、それはともかく、一２人して何を探しているんだ。

「実は、さっき珍妙なを見つけてな」

「珍妙な？」

「うい？」

「いて喋るぬいぐるみだ」

「ぬいぐるみぃ？」

いて喋る、確かにそら珍妙だが、魔法か何かじゃないのか？

そんな必死に追いかけるでも無い気がする。

「魔法だとしても、この屋敷にそんな魔法を使う奴はいないだろう」

確かに。俺が聞き及んでいる限りでは、そんなファンシーな魔法を使う奴はいない。

それならば、捕まえて何なのかを検めてやろう、ともなるか。

「ちなみに、どんなぬいぐるみなんだ？」

「こう、これくらいのサイズの、ウサギとクマだ」

そう言って、シングは虛空にバスケットボールくらいの円を描く。

「ういう！？」

クマさん！？　とサーガが反応する。

そういやお前、クマさん好きだっけか。

ヘルと対面した時もやたらりたがってたしな。

「あのぬいぐるみさん達、何かを探している風でしたね」

「ああ、『此処ニモ無イナ』とか、『全然見ツカラナイネ』とか會話していたからな」

何かを探す謎のぬいぐるみ……一な…

「おいクソガキ、あそこを見ろ、柱の影だ」

「ん？」

コクトウが何かに気付いたらしい。

言われた通りに柱の方へ視線をやると、そこにはあるが、いた。

それは俺と目線があった事に気付き、ビクゥッと震える。

……クマだ。茶い生地がベースの、クマのフェルト人形。大きさはバスケットボールくらい。

「……シング、あれか？」

「ん？　おお、まさにアレだ！」

「クゥ、見ツカッタ！」

何か、機械音聲みたいな聲だ。

あれだ、地下鉄の券売機で回數券買った時の「１０枚発券シマス」ってアナウンスする聲があるだろう、あんなじ。

「逃ゲルゾ、ラビッ子！」

「モウ、何見ツカッテンノヨ、クマッケンジー！　コノドジ！」

口喧嘩をしながら、柱のから飛び出すクマと、全桃のウサギのぬいぐるみ。

そのまま東側へと駆け出して行く。

「ぼー！」

サーガのテンションが弾け上がる。

「逃がすか！」

「僕も追うよ」

「しゃあねぇ、俺達も……」

「はい、行きま…きゃひっ」

「え？」

俺の背後、シェリーの可い悲鳴が聞こえ、何やら俺に影が迫る。

「ちょ」

どてんしゃーん、と間抜けな音と共に、俺は鎧の崩落に飲み込まれた。

要するに、俺のすぐ後ろでドジッ子重歩兵がすっ転んで、俺を押し潰す形になった訳だ。

腕をばし、どうにかサーガは無事に済ませる事ができたが……

「あたたた……きゃあ！？　ロマンさんが白目剝きかけてる！？」

「だぼーん！」

「クソガキィッ！」

……そらね、一応ね、まだ筋痛殘ってるからね。

シェリーはただでさえがデカい分、重量がある。それ＋鎧の重量だ。

今の俺のでけ止めるのは、結構キツい。

「……何故、何も無い所で転ぶ……？」

「す、すみません！　私昔からよく転ぶ子で……」

天のドジッ子か……

反転しかけていた瞳を気合で戻し、俺はどうにか立ち上がる。

シング達は、俺達の事態に気付かずにあのぬいぐるみ達を追いかけて行った様だ。

もし気付いていたら、サーガが怪我したかも知れないこの狀況で、シングが他の事に構う訳が無いし。

っととと、ちょっとフラついてしまう。

「あ、ああ、大丈夫ですか、本當にごめんなさい！　お部屋まで運びます！」

「え、あ、ちょ、のわはっ！？」

「ぶぅ！？」

何かを言う間も無く、シェリーは俺のをひょいっと持ち上げ、お姫様抱っこ。

……男の配置、違くない？

ってか、の子に抱っこされてるのに、鎧のゴツゴツのせいで々臺無しだ。

鎧に対して負のを抱いたのは、生まれて初めてである。

特に當てを開発した奴には殺意さえ覚える。

このプレートさえ無ければ……

「……ところで、今更だけど何でまだ鎧著てんの？」

「あ、これですか？　執事長さんが、『ここは仮にもＡ級ダンジョン、安全は確保しているつもりだが、何があるかわからない、気は抜くな』と言っておられたので」

「だからってお前……」

「私の魔法は、鎧があった方が都合も良いですし」

シェリーの使う魔法は『ラージングチャージ』。

れているを一時的に巨大化＆質化させるというだ。

シェリーの戦闘スタイルは、そのに纏っている鎧の手甲を巨大化させてブン毆る、というだと聞いている。

本當、この子はつくづく『デカい』と縁がある。

本人は々デカい事が若干コンプレックスの様だが。

結局、あのぬいぐるみ達は捕獲できなかったそうだ。

何でも、地下倉庫に逃げ込んだ所は確かに見たらしいのだが、そこで見失ったとの事。

まるで雲隠れでもしたかの様に、跡形も無く消えてしまったんだそうだ。

突然に現れ、何かを探し、そして唐突に消えたぬいぐるみ。

一応執事長やキリカに報告はしておいたが、２人とも何の心當たりも無いと言う。

一、アレは何だったのか、謎のままだ。

しかしまぁ、俺には今、謎のぬいぐるみよりも重要な事がある。

ついに、明日から魔剣奧義會得のための修行が始まるのだ。

「よし、こんなモンでいいかな」

俺は今、ダンジョン攻略時にもらった招き貓をピッカピカに磨き終えた所だ。

話通りなら、こいつは俺に迫る『最悪の運命』を回避させてくれるモンだからな。大事にもするさ。

……先日、シングに強制採尿された時はウンともスンとも言わなかった。

それは、１つの事実を語る。

俺には、今後アレ以上の『最悪の運命』が待っている、という事だ。

それを予期しているからこそ、この招き貓はあの時には発しなかったのだろう。

一、何が起こるのだろう、不安だ。

ついにラフィリア辺りに最後までヤられてしまうとかだろうか。

まぁ、何にしても、こいつはそれを回避させてくれる訳だ。

「おいロマン、終わったのならもう寢るぞ」

「ぶぅー……」

「おう」

さぁ、貓も磨き終わったし、ゆっくり寢よう。

明日から、ついに修行が始まるのだから。

の焼ける匂いがする。

いや、焦げる匂いだ。

大切なあの人が、苦しんでいる。

僕の目の前で、苦しみ、ぎ、涙を流している。

あの人は、痛めつけられていた。

得の知れない、禍々しい何かに。

その熾烈な責め苦に、あの人は苦悶の表を浮かべていた。

でも、悲鳴だけは、上げなかった。

歯を食いしばって、必死に耐えていた。

僕を心配させないためか、あの人は、不意に笑った。

脂汗を滝のように流しながらも、今にも崩れてしまいそうな歪な笑顔を浮かべたんだ。

「大丈夫」

震える聲。

激痛の余り、裏返りかけている様な、本來ならばけないと思える聲。

そんな聲で、あの人はそう言った。

「もう、大丈夫だから」

そこから、不可解な現象が起きた。

あの人の崩れかけの笑みが、だんだん、整っていくのだ。

本當に、大丈夫なのか？

「もう、大丈夫だ」

聲が、落ち著きを取り戻していた。

さっきまで、あんなに苦しそうだったのに……

「だって……」

あの人の手が、僕の方へびてきた。

きっと、いつもみたいに、僕の頭を優しくでてくれようとしたのかも知れない。

でも、その手は僕に屆く事は無く、黒い燃え粕になって崩れ落ちた。

「もう、痛みも何も、じ無ぇから」

「だぼん！」

「んおぅ！？」

「サーガ様！？」

突然、耳元で響いた大聲に俺の意識が叩き起こされる。

シングも同様。

室はまだ暗い。夜中だ。

「ど、どうしたんだよ、急に……って、すごい汗だな」

聲の主は、サーガ。

すごい汗だくで、何かに怯える様に目を見開いている。

こんなサーガ、初めて見た。

「大丈夫か？　何か恐い夢でも見たのか？」

「……うい……うー？」

あれ、思い出せね、とサーガが首を傾げる。

「だぼん、ぶふ」

「ロマンの夢を見ていた気がする、そうだが……」

「それで汗ぐっしょりな上に大聲上げて飛び起きるって、酷くね？」

何？　俺が夢に出ると悪夢なの？

俺が一何をしたって言うんだ。

お前に嫌われる様な事なんて、全くに覚えが無いぞ。

何故なら、好かれたいと日々思いながら行しているからな。

「むいー……」

何だかなぁ……と何かに引っかかっているご様子のサーガ。

まぁ何にせよ、こんな寢汗まみれで再度就寢しては風邪を引きかねない。

軽く一風呂浴びせてやるとしよう。

「アタシがやる。お前は寢ていろ」

「え、でも……」

「明日は修行なんだろう？　ゆっくり眠れ。サーガ様、構いませんね？」

「うい」

「お、おう。じゃあ頼むわ……」

どうやら、シングの中でまだ俺への恩返しは継続中らしい。

有り難い事だが、またいつ過剰看病されるかも知れないという恐怖が、しだけ俺のを悪くさせる。

まぁ、何だ。再來するかも知れない過剰看病の恐怖は置いといて、今回は有難い気遣いだ。甘えるとしよう。

……それにしても、サーガは一どんな夢を見たんだろう。

俺が出てくる夢、らしいが……