「テルマの奴……２人１組を崩すなってゼア爺さんに言われてたのに……！」

とある組織に所屬する青年、イギン。

彼は今、とある目的を持って魔剣豪デヴォラの屋敷に潛していた。

第１目標はこの屋敷のご令嬢の拉致。

第２目標は、ご令嬢拉致後、『取引』を円に進めるためにこの屋敷の『戦力』を潰す事。

イギンと、さっきまで行を共にしていた彼の相方は、正直戦闘には向いていない。

なので、このコンビは第１目標の完遂をメインにいていた。

すると相方は、「第２目標は他に任せて、僕らは第１に専念しよう」とか言い出し、「だったら２人で固まるより２手に分かれて令嬢を探す方が良いよね」と勝手に話を進めてどっか行ってしまった。

「うぅ……不安だチクショウ……執事とかに見つかったらどうすんだよう……」

イギンの使える魔法は１點特化型の強化魔法『アクセルポイント』、……だけ。

組織最弱の自信は前々からある。

もうアレだ。

敵に見つかったら、下半を強化してひたすら逃げに徹するしか無い。

「ん？」

ふと、奇妙な扉を発見する。

今まで見てきた他の部屋のドアより、し豪華な造りだ。

そして『ＨＥＬＬ』と刻まれた謎のプレートが取り付けられている。

「じ、地獄……？」

何だろう、この部屋は。とイギンはちょっと足をストップ。

そしてハッと気付く。

「もしかして、何らかの重要な部屋なんじゃないか……？」

だからＨＥＬＬなんて不穏な単語を取っつけて、従業員すら近寄らない様にしてるとか、そんなとこじゃないか？

そう判斷した。

重要な部屋、令嬢関係の部屋か、もしくは『例の』の保管庫、なんての事もありえる。

「よ、よし……」

意を決し、イギンはドアノブを捻る。

鍵はかかっていなかった。

ドアを開けた途端、彼の目の前には、真っ白の皮。

「ん？　誰だお前？」

超絶渋い聲でイギンに問いかけたのは、長２メートル近い、パンダ。

「ぱ、パンダ……？」

「ああ、俺はな。で、お前は誰なんだよ、新りか？」

意味がわからない、何故パンダがいる？　つぅか何で當然の様に喋ってんのこいつ。

魔獣種って奴か、とイギンは予想を立てる。

まぁ何だ、とりあえず、わかる事が１つだけある。

逃げなあかん。

「アクセルポイント！」

「って、おい、おぉい！？」

魔法で下半を強化し、イギンは全力で走り去る。

「……よくわからんが、走って逃げられると追いたくなるんだよなぁ……一応、獣の端くれだからよぉ！」

そんな事を言って、パンダも走り出す。

超速い。アクセルポイント発中のイギン相手に、どんどん距離を詰めてくる。

「ひぃぃ！？　捕食される！？」

えらい勢いで追ってくるパンダ。

占は専門では無いが、イギンは自分の未來に死相を見た気がした。

ダメだ、追いつかれる、イチかバチかの賭けに出るしかない。

イギンは急ブレーキを踏み、その踏み込んだ足で思いっきり床を蹴り付け、後方へと跳ぶ。

そしてそのままを捻り、パンダのドテッ腹へ、全力のローリングソバットを叩き込んだ。

「よし、モロ！」

確かな手応え、だが……

「痛ぇな、コラ……」

「ひぃ！？」

ソバットした足が、ぐわしっとモフモフした太い腕に捕まる。

クマのタフネスを舐めてはいけない。

普通のクマですら、人間なら１発で首から上が微塵に吹き飛ぶ様なライフル銃撃數発を耐える事ができる。

加えて、相手はおそらく魔獣種。

例え鉄板を砕く様なソバットを放ったとしても、一撃で仕留められると言う目論見は、甘い。

「よくわからんが、逃げて攻撃してきたって事は、敵って事で良いんだよな？」

「……あの……お手らかに……」

「わかった。死ねオルァっ！！」

「わかってない掛け聲な気がするぶりゅんはぁっ！？」

顔面にパンダの突っ張りをモロにけ、イギンは長い廊下をゴロンゴロンと転がっていく。

その途中。

「きゃあっ」

短い悲鳴と共に、曲がり角から巨大な。

クマを軽く凌ぐ腕力でぶん毆られ、もうほとんど意識なんぞ殘っちゃいなかったイギン。

そんな彼にトドメを刺すように、重厚な鎧が降りかかる。

ドンガラガッシャーン。

「あいたたた……また何も無い所で転ん……って、きゃああ！？　誰か知らない人を潰しちゃった！？」

「おう、大丈夫かシェリー」

「あ、ヘルさん！　大変です！　私またやっちゃいました！」

「またって、前にも誰か押し潰したのかよ……」

「……ロマンさんを、々……」

どうでもいいけど、早くどいて、本當に死ぬ。

途絶えかけの意識の中、イギンは本気で死を覚悟していた。

一方、その頃。

「ふむふむ……ふむふむふむ……」

地面をくんくんと嗅ぎ周りながら這う小さな影。

そのには、犬の様なモフモフした尾。

尾をパタパタと振るいながら、犬耳年は廊下を這い続ける。

年の名はテルマ。

とある組織の一員である。

彼の得意とする魔法は『ビーストライズ』。あらゆる獣の特をしだけそのに宿す事ができる。

現在彼が得ている力は、『犬の嗅覚』。

その影響で耳が犬っぽくなったり、尾が生えたり、球が発生したりしている訳だ。

「うん、こっちかな」

テルマの嗅覚が追っているのは、『人間のフェロモン』。

令嬢の匂いがどれかわからないので、とりあえずを追っていると言う訳だ。

メイドに會ったら逃げれば良い。犬の嗅覚発中は逃げ足も速くなる。

そんな訳で進んでいると、フェロモンが濃くなってきた。

すぐそこにがいる。

できれば令嬢であってしい、そう願いながら、テルマは角を曲がった。

そこで視線が差したのは……

「ん？」

「げっ」

何かギャルっぽい雰囲気の、メイドだ。

ヤバイ、逃げなきゃ、そう思ったのだが……

メイドはテルマと視線が差した瞬間に、既にいていた。

メイドの袖から飛び出した、謎の。

テルマがそれを『草のツルで構された鞭だ』と悟った頃には、彼はぐるぐる巻きにされ、メイドの目の前に引き寄せられていた。

「ぐぅえっぷ！？　植系の魔法！？　ってか速攻で捕まっちゃった！？」

「…………」

メイドは無言で、テルマを観察し続ける。

「う、な、なんだよ！　殺ヤんならひと思いに殺ヤれよ！　僕は屈しないぞ！　何をされたって口を割るもんか！」

「……モしい……」

「へ？」

「ケモケモしい……！」

「はい？　え、ちょっと？」

「さっきから何か騒がしいから、何かあったのかとは思ってたけど……侵者？　敵？　まぁ何でもイイわってじ」

テルマが何者なのか、このメイドは知らない。

正直、何者でも良いと思っている。

このメイドに取って重要なのは、テルマが犬耳やら尾やら球やらでやたらケモケモしている事。

「え、な、何その目？　あれ、恐い、何か恐い！　的直が何かすごい危機を僕に報せている気がするよ！？」

もがくが、ツルの鞭はギッチギチ。全く緩む気配が無い。

「活きがイイわねってじ……仕込み甲斐があるわってじ……」

「何ブツブツつぶやいてんの！？　恐い！　この人絶対恐い人だ！」

「大丈夫ってじ。私、獣ちゃんには比較的優しいからってじ」

「すっごい！　大丈夫な予が全然しない！」

メイドの目が最早ヒト科のそれではない。もドブ川の様に濁りきっている。

その上に極上のスマイルだから不気味さがノンストップだ。

このままではテルマの未來にはバッドエンドしか見えない。

「何か他にも仲間がいるみたいなじだけど、まぁ、マコト達がどうにかするでしょってじ。と言う訳で、私はお楽し…敵の尋問をするとするわってじ。そう、これは尋問。必要な事」

「うひぃっ！？　何かこのツル変な蠢うごめき方して……っ！？」

「さぁ、まずはお名前と帯を吐きなさい。まぁ吐いてもやめないけどってじ」

「せいかんたい……？　とにかく、口は割らないって言っただ…ちょ、な、どこにるつもりだ！？　やめろやめろやめろ！　そこは……あっ」

気な年の聲が、夜の屋敷に木霊する。

「……？」

「ぶい？」

「どぉした、クソガキ？」

「いや、ちょっと……」

廊下を走っている最中、不意に「この屋敷の変態率高いな！？」とばなければならない気がした。

いや、まぁ気のせいだろう。気のせいって事にしておこう。

余計な事を気にかけている場合でも無いし。

もう発音はすぐ近くで鳴り響いている。

「っ……サーガ、しっかりしがみ付いて、できるだけ丸まってろよ！」

「うい！」

可能なら、サーガを連れて戦場には飛び込みたくなかった。

だが、現狀、サーガをどこかに置き去りにする方が危険だ。

どこにあの老人の仲間がいるか、わかったでは無い。

コクトウを鞘から引き抜き、角を曲がる。

壁やら天井やらが砕け、床に無殘な殘骸が散する通路。

すぐに、ユウカをかばいながら撃を躱すシングの姿が目にった。

「シング！　ユウカ！」

シングのメイド服はコゲ跡や裂けが散見される。

直撃こそもらってはいないの、劣勢、そんなじだ。

「ロマン！」

「なっ、馬鹿者！　何故サーガ様を連れてきた！？」

「仕方無いだろ！　言い訳は後でするから！」

「げぇー、男が來たよ、シラケるなぁ」

廊下の奧、顔中にピアスをはめたが不愉快そうな表を浮かべる。

その手には、あのの魔法か、朱の、つまり撃で型された槍が握られている。

あの槍から撃を飛ばしたり、槍そのものを発させて闘っていたのだろう。

あいつらが敵か、ピアスと、その隣には……

「……え……？」

「どうした、ロマン？」

シングの問いに、俺はどう答えていいかわからなかった。

だって、疑問を口にしたいのは、俺の方だ。

前髪を下ろしちゃいるが、あれは間違いなく…

「……ロ…マン……？」

「ん？　どしたのレディ？」

見間違うはずが無い、あのピアスの隣にいる黒髪のは……

「姉貴……！？」

俺の実姉、佐ヶ野さがの天道レディだ。

の子らしい名前にしたい、そう言えば、天道蟲って英語でレディバグと言うらしい。なら蟲バグを取れば天道レディ、実にの子らしい名前じゃないか。

そんな流れで俺よりもキラキラしたお名前を両親から頂戴した、俺の姉。

普段は髪留めで前髪を上げていたが、その程度の変化で親の俺がわからなくなるか。

「姉……あの発ピアス、ロマンの姉なのか！？」

「違う、隣の方だ！」

「だぼん、ねう？」

あんなチンピラ崩れみたいな姉貴がいたらもっとグレとるわ。

「でも、全然ロマンと似てない」

まぁ兄弟ならともかく、姉弟が似るってのは結構稀有なパターンだろう。

って、そういう話じゃねぇんだよ。

「何で、姉貴がこの世界に……！？」

姉貴は、當然俺の元いた世界の住人だ。

何故、この世界に？

いや、それよりも、何故、敵の隣にいる？

これではまるで……

「姉がどうのって言ってるけど……もしかして、アレ、あんたが言ってた弟くんなの？」

「…………」

ピアスの問いかけに、姉貴は応えない。

垂れた前髪の隙間から、暗い瞳でこちらを見ている。

「ま、それならアレよね。３人……あの子が背負ってる赤ん坊も含めたら４人か。４人とも、テイクアウトって方向で！」

撃の槍を構え、ピアスがこうとする。

「くっ……」

姉の事は気になるが、そんな場合では無いと言う事か。

俺も、コクトウを構える。

その時だった。

「お嬢様！」

「マコト！」

「執事長！」

そこに駆けつけた執事長。発音を聞いて來たのか。

「ここらへんに、ワンピース姿のが全力疾走で逃げてきませんでしたか！？」

「ううん、來てない」

どうやら、逃げた敵を追っていたらしい。見失った様だが。

更に、

「皆！」

「ランドー！」

「ここらへんに、のボインが全力疾走で逃げて來なかった！？　あ、って言っても靴は履いてるけど！」

「お前は何を追ってんの！？」

ってか２人ともを追い回していた上に見失ったんかい。

「げぇ……ちょっとこれは不味いかな……」

槍先をこちらに向け、突進しようとしていたピアスだったが、執事長とランドーの登場で分が悪くなったと踏んだ様だ。

「ごめんレディ、ちょっと退こうか」

「……！　……嫌……！」

ピアスの撤退提案に、姉貴は拒否反応。

「嫌って言われてもねぇ……」

ピアスの判斷は真っ當だろう。

ユウカは戦闘に參加できないとしても、こちらは４人だ。対する向こうは２人。

「退くなら、１人で退いて……」

「そんな事できる訳無いじゃないの、ワガママはベッドの上で聞いてあげるから、ここは退…」

次の瞬間、俺達は信じられない景を目の當たりにした。

姉貴の手刀が、ピアスの腹に減り込み、その華奢なを後方へと薙ぎ飛ばしたのだ。

「ぎゃ、は……？」

意識を失ったのか、ピアスは大した悲鳴も上げず、かなくなる。

その手の槍も、虛空に溶ける様に消えた。

「邪魔……しないで……！」

「なっ……」

「仲間割れか……？」

「みたいだけど……」

よくわからない展開になってきた。

ここは、とにかく話を聞いてみよう。

「姉貴！　何で……」

「ロマンちゃん……」

不意に、俺の背筋にゾクッとする様な悪寒が走り抜けた。

何だろう、見慣れているはずの姉貴の満面の笑みに、すごい危機を覚えた。

「やっと、見つけた……」

「あ、あの……姉貴？」

「とりあえずハグ……再會のハグ……それからペロペロ……」

「おい、何だあの黒髪は……まるで狩人の様な目をしているぞ……」

「でも、ロマンのお姉さんらしいから、危険は無いんじゃ？」

「いやいやいや、アレどう見てもヤバい人だってお嬢様」

どうしよう、否定できない。

我が姉ながら、あの雰囲気は何かすごく恐い。

生命の危機的な何かじゃない…そう、ラフィリアと顔を合わせた時にじるあの覚だ。

だから戦闘慣れしているはずの執事長とランドーも、やや気圧され気味なのだろう。

「抱きしめる！　強く、壊してしまう程に！」

そう言って走り出そうとした姉貴。

が、すぐに瓦礫に蹴躓いて転んでしまう。

しかし、止まらない。

起き上がる時間すら惜しむ様に、そのまま床を這って、えらい勢いでこちらに向かってくる。

「ロマンちゃんロマンちゃんロマンちゃんハァハァハァハァァァァァァッ！！」

「うわっ！　こっち來たぞ！？　ってか気持ち悪っ！？」

「何だアレは！？　攻撃して良いのか！？　良いんだよな！？　ロマン！」

「ちょっと待って！？　俺にも今ちょっと良くわからない！？」

別の世界にいるはずの姉が、何故かこの世界にいて、敵と一緒に現れて、目を爛々と輝かせながら床を這ってこちらに迫ってる。

うん、わからん、一生かかってもこの狀況を論理的に解析できる自信が無い。

とか何とか考えている間に、俺は姉貴に押し倒された。