グリーヴィマジョリティ襲撃の翌朝。

「……おそらくは、神干渉魔法による強制虛狀態だ」

それが、執事長の分析。

俺の姉貴を…いや、俺達が捕縛したグリーヴィマジョリティのメンバー全員を襲った『異常』。

姉貴を含むメンバーは全員、北側にある大型醫務室のベッドに寢かされている。

全員、息をしている。意識はある。瞼も開いている。瞬きもする。しかし、何も言わない。指先１つ、かしはしない。

俺がどれだけ言葉を投げかけたって、姉貴はピクリとも反応しない。

ずっと、虛ろな瞳に天井を映している。

「いや、ここまでのレベルとなると……『干渉』と言うよりも、『作』か」

「神作だと……斷魔法じゃないか！」

俺と共に話を聞いていたシングが顔を変える。

斷魔法……それを極めると、『魔』と言う化になるってコクトウが言ってたアレか。

魔法には詳しくない俺だが、「斷」を冠するその名前とシングのリアクションからして、ろくでも無いモンだってのはわかった。

「……この屋敷を襲撃する様な連中だ。斷魔法くらい擁していても、おかしくはない」

「あのじいさんも相當だったねー」

メンバー達とは反対側のベッドで療養中のラフィリア。

かなりの重傷らしいが、上辺ではいつも通りのふざけた調子を裝っている。

ただ、素人目にもわかるくらいが悪い。

「グリーヴィマジョリティ……厄介な連中の様だ」

執事長がそう評価するのも當然だろう。

ラフィリアを実質負かす程の魔剣使いに、斷魔法使い。

そして更に、連中にはこの屋敷まで到達する実力と、屋敷のセキュリティを突破する方法がある。

昨晩の襲撃時、この屋敷の周りに張られているセンサー結界には、一切反応が無かったそうだ。

つまり、またいつ襲撃してくるかわからない。

今回はどうにか退けたが、次もそう行くとも限らない。

「ところでロマン……お前の姉は、確かに『伝説の魔剣』…そして、『魔法を完させる』と言ったんだな？」

「あ、ああ……」

確かに、そう言っていた。

「それは、おそらく『シラヌイ』の事だ」

「しらぬい…？」

「……魔剣『シラヌイ』。あらゆる魔法に存在する『原則』…言い換えれば、制約の様なを、全て無視、解除できると言う代だ」

「それって……」

魔法の原則、隨分前にシルビアから聞いた話だ。

魔法にだって法則はあり、絶対に曲げられない原則があると。その原則を曲げようとすれば、魔法は形態を保てず、崩壊する。魔法が立しない。

「酸素を消費して炎が燃える」と言う大原則を無視して、無酸素空間でライターの火は付けれない。それと同じだ。

魔法を形とす前に、通過しなければならないフィルタ。それが原則。

ゼンノウの「願いを葉える魔法」で言えば、「『試練をクリアする事』と『１度発行した試練は変更できない』と言う仕様が設定される」と言う原則がある訳だ。

この原則を無視して、魔法を発する事はできない。

魔法には、制約が存在する。

伝説の魔剣とやらは、それを超越する。そう言っている。

魔法に疎い俺でも、それがどれほどの事か、想像はできた。

「だが、シラヌイは……」

「シラヌイは…何だよ？」

何だ、何故そこで黙り込む？

一何があると言うんだ？

「……しないんだ」

「？」

「シラヌイなんて魔剣、存在しないんだ」

……………………。

…………はぁ？

「……待てよ、だって、姉貴達はそれを狙って……」

「……シラヌイ伝説は、初代魔剣豪のあまりの無雙ぶりに対して生まれた、いわゆる都市伝説だ。実際には、それに類似するすら存在しない」

初代魔剣豪…魔剣豪と言う事は、當然あのキリカの持っていた魔剣、カムイとやらを使っていたのだろう。

傍から見れば、何も無いはずなのに、異様なプレッシャーをじる。そして対象間距離を無視して明な斬撃を放つ、あの魔剣だ。

その得の知れない魔剣への畏怖から、そんな都市伝説が生まれてしまった、と言う事か。

「んじゃ、グリーヴィマジョリティは……」

「……とんでもない間抜け集団、だな。だが、力を持った間抜け程、厄介なは無い」

斷魔法まで用意して、シラヌイを狙ったと言う事は、シラヌイ伝説を信じきっていると言う事。

「存在しない」と言う事実を告げても、向こうは「隠してやがる」としか思わないはずだ。

叩き潰す以外、止めるのが難しい、と言う事だ。

「…………」

「とにかく、私はける様になったら、キリカ嬢ちゃんあたりを呼び戻しに行くよ。急事態だしね」

「ラフィリアさん、お願いします……さて、俺達は、グリーヴィマジョリティへの対策を練りつつ、屋敷の修繕だ」

執事長は何故か、それをシングにだけ向けて伝える。

「……お前は、今日は休め」

「執事長……」

「そうだな、その方が良い」

「シングまで……」

執事長やシングなりに、俺に気を使ってくれているのだろう。

姉が、こんな狀態になってしまっているのだから。

……でも、

「……大丈夫。俺も、行く」

「無理をしている様にしか見えんが？」

「、かしたい気分なんで」

「……そうか。なら、行くぞ」

ここにいても、何も解決しない。

俺には、姉貴にかけられた魔法を解くは、無いのだから。

ただここで時間の経過を待つだけより、いていたい。

気分を紛らわせたいだけかも知れない。

「…………」

「……だぼん……」

「……クソガキ……」

「……くれぐれも、無理だけはするなよ」

「ありがとよ、シング」

拳を、固く握る。

グリーヴィマジョリティ……絶対に見つけ出してみせる。

そして、その神作魔法の使い手を、捕まえる。

そうすれば、姉貴を元に戻せるはずだ。

今は、グリーヴィマジョリティについて調べる必要がある。

何の報も無いから。それは、執事長が手を打ってくれるだろう。

デヴォラのツテと言うは、どうやら國家権力にも及んでいる様だし。そこは、頼らせてもらおう。

「…………」

すぐにでも、神作魔法の使い手を捕まえに行きたい気持ちはある。でも、その意思だけではどうしようも無い。

……今は、堪えるんだ。今は。

「……姉貴、待っててくれ」

返事は無い。それでも、俺は誓う。

こんな姉貴でも、ちゃんと笑って、生きていてしいから。

屋敷の修繕作業。

まぁ、修繕つっても俺に大工スキルは無いので、瓦礫のお片づけをメインにやっている訳だが。

瓦礫を拾っては、魔法道の四次元式ゴミ箱に投げれるだけの簡単なお仕事だ。

「あー……」

「う？」

「いや、大丈夫だって」

大の空いた壁から、晴天の空を見上げる。

どうしてだろう、こんな快晴なのに、溜息しか出てこない。

そんな時だった。

「ん？　ユウカ？」

「やっほー」

「うい」

「お前、昨日の今日だってのに、１人でうろつくなよ……」

グリーヴィマジョリティは、お前の拐が目的なんだぞ。

「大丈夫、ちゃんとマコトが手を打ってある」

そう言って、ユウカは自の右手人指し指にはめた指を見せてきた。

「『アブソリュウズボウル』って言う結界魔法を起できる様に設定してあるって」

「な、何かすごそうな名前の結界だな……」

「そう、ロマン、飴玉あるよ」

「あ、ああ。ありがとう……」

……どいつもこいつも……と正直呆れてしまう。

皆、優しさは伝わる、ただ不用過ぎるのか、気遣われてるのもひしひしと伝わってくる。

ベニムからの差しれもそうだし、ランドーからのエロ本提供もそうだし、シェリーも自分が働いてるパン屋のイチオシとか持ってきやがった。あの俺を敵対視しているマリですら、球を模した癒しグッズを持ってきてくれた程だ。

「……俺はそんなに酷い面してんのか……」

「えーと……うん、まぁ、かつてないくらいには深刻そう。元の世界に帰る方法が無いわーな話してくれた時より深刻そう」

「うい……」

飴玉を包む袋の銀部分に、自分の顔を映してみる。

あー……確かにこりゃ酷いわ。この世の終わりみたいな顔してら。

執事長やシングが休めと言う訳だ。

……自分では気付けないだな、自分の表って。

昨夜は全く寢れなかったから、し隈ができてるくらいだろうと思っていた。

「……やっぱ、キツいな。大切な人に何かあるって」

今まで、こんな近いに大した不幸は無かった。

だから、知らなかった。家族が倒れるってのが、こんなにも神的に來るモンだとは。

人間って生きは本能的に、大切な人が傷つくとこうなる事を知っているのかも知れない。

だからきっと、大切な人を守るために必死になる構造をしているのだろう。

……このまんまじゃ、ダメだな。

ちょっと無理をしてでも、笑顔を作っていこう。

心配されるのは嬉しい面もあるのだが、決して良い気分じゃない。

「良い顔してるわね、君」

不意に響いた、優しい聲。

分類的には、ゼンノウのあの強制リラックス効果を持つ聲に近い。

まるで、泣き喚く子供を諭す母の様な、母に満ちた聲。

でも、聞いた事の無い聲。

振り返ると、そこには落ち著いた雰囲気の、髪の長いが１人。

２０代後半、いや、中盤くらいか。

服裝はし変わっている。何か、上著が異常に長い。足首に屆きそうだ。

だが、ワンピースタイプと言う訳では無く、きちんとその上著の下にロングスカートを履いている。

スリットのり方から、チャイナドレスに近い印象だが……下にも何かしら履いてるって事は、どっちかと言えばベトナム系の民族裝に近いか。アオザイって奴だ。

元の世界にいた頃、「彼に著せたい最強に可い民族裝ベスト５」みたいな雑誌企畫で見た。著てた人が超絶人だったので、しっかり記憶に殘っている。

「不幸そうな顔」

「……あんた、誰…っ」

いや、このタイミングでこのパターン、聞くまでも無いだろう。

「グリーヴィマジョリティ……！」

「ご名答」

は優しく笑うと、その手を振るった。

一瞬にして、俺達を取り囲む様に明なボックスが出現する。

「しまっ……」

何らかの魔法攻撃か……！？

しかし、俺のにダメージが襲いかかる事は無かった。

次の瞬間、周囲が突然暗くなる。

「なっ……」

「いぶ！？」

「ここって……『朝を嫌う林ディープナイト』の中……！？」

ユウカの言う通りだ。この黒葉の天井、黒草の絨毯、間違いない。

ここはどう考えても朝を嫌う林ディープナイト部。

いつの間にか、明なボックスは消えていた。

「テレポート魔法……！？」

「まぁ、飛べる距離も、一緒に飛べる質量もかなり限定的、だけどね」

は、優しい笑みを崩さない。

それが、逆に不気味だ。

「っ……」

程な……執事長達から、俺とサーガとユウカだけを隔離した訳か。

「おいクソガキ」

「わかってる」

と睨み合いながら、俺はコクトウを抜刀する。

「サーガちゃん、こっち」

「いう」

ユウカもこれから起こる事を察し、俺のベビーショルダーからサーガを抜き取ってくれた。

有難い。気兼ねなく戦える。

「抵抗はしないでしいわね」

そう言って、はまた手を振るった。

何かが來る、どんな攻撃にも反応できる様に、イビルブーストの出力を一気に上げる。

しかし、が狙った、俺では無かった。

「きゃあ！？」

「うぶい！？」

「っ、ユウカ！　サーガ！」

異変は、ユウカの足元。

そこから吹き出したのは、重厚な輝きを放つ鉛の格子。

ユウカとサーガを取り囲む様に、その格子は巨大な鳥籠を形する。

「剣を捨てなさい、年。その鳥籠は、私の指ひと振りで発させられる」

「なっ……」

「……抵抗さえしなければ、私だって『最低限』で済ませてあげるつもりよ」

しかし、の思は失敗に終わる。

ユウカが、起したのだ。

執事長が用意してくれた、結界魔法を。

ユウカの指から吹き出した明の。それはユウカとサーガを包む形で球形となる。

「アブソリュウズボウル……外部からの魔法攻撃、理衝撃を無効化する結界」

「！」

「と言う訳でロマン、気兼ねなく」

「……おう！」

「……極力、穏便に事を運びたかったのに……」

殘念そうにつぶやき、はその手を構える。

「……おい、あんたに１つ聞きたい事がある」

「何？　目的？」

「それは知ってる……あんたは、その組織にいる事に抵抗は無いのか？」

グリーヴィマジョリティは、捕獲された仲間を、機保持のために植狀態にする様な組織だ。

きっとこのも、俺に負けたら植狀態にされてしまうのだろう。

そんな組織のために闘うなんて、俺は考えられない。

「もし、何か事があってこんな事してんなら……」

なら、話してしい。そう言おうと思った。

グリーヴィマジョリティは、憎い。でも、また姉貴みたいな狀態の奴を増やすのは、嫌だ。

もし説得して、こちらに付いてくれるならば、スパイとして協力してもらいたい。

あんたに事があるのなら、それを解決するために俺も協力する、そう提案するつもりだった。

「……頓狂な質問ね」

「頓狂って……」

そんなおかしな質問じゃないはずだが……

「私はアリアト。アリアト・ビルクダンテ。そもそも、グリーヴィマジョリティを立ち上げたのは、私よ」

「アリアト……！？」

アリアト。

その名前は、確か……姉貴が言っていた、グリーヴィマジョリティの中心、つまり、ボスの名前では無いか。

「……そうか……」

「？」

俺は、コクトウの柄を強く握りなおす。

ボス、と言う事は、こいつにまで口封じが施されている可能は低い。

そして、こいつは確実に知っているはずだ。

神作魔法の使い手の、居所を。

「一応聞いとく。大人しく捕まってくれる気は、無ぇか？」

「ある訳ないでしょう」

そうか、そうだよな。

なら、決定だ。

「とっととブッ倒して、々聞かせてもらう……！」

「……一応、言っても無駄かも知れねぇが、おいクソガキ、あの、強いぞ」

ああ、言っても無駄、か。コクトウの判斷は正しい。

どんだけ強いっつっても、ゲオルクラスって事は無いだろう。

イビルブースト全開で突っ込んで、一撃で決めてみせる。

「……良い目のね。怒りや憎しみに我を見失いかけ、そんな目。なのに、歓喜も混在している」

そりゃあ、キレるだろうよ。

テメェが諸悪の源だ。

そりゃあ、喜びもするだろうさ。

しばらくは手の付けようが無いと思っていた重要案件を、解決できる。

そんなチャンスが、早々に訪れたのだから。

今まで、俺は自分の意思で力的に戦闘に挑んだ事は無い。

どの闘いも、避けようが無いだった。俺は基本平和主義だし。

でも、今回は違う。

相手が誰だろうが、関係無い。

絶対にこのをブッ倒す。そして、姉貴を救ってみせる。

「抵抗すると、加減が効かないかも知れないわ。いいの？」

「やれるモンならやってみろよ……！」

悪いが、負ける気がしないし、負ける気も無い。

例え、致命傷を與える事になってでも、このを打ち負かして、報を吐かせてやる。

……初めてだな。人の生命をないがしろにしてまでも、何かをしたいと思ったのは。

さっきも言ったが、俺は基本的に平和主義者のつもりだったのだが。

俺らしくない。

普段の俺だったら、どうにかして増援が來るまでしのごうという発想をするはずだ。

でも、今はこいつをブチのめしたくて仕方無い。

別とか関係無い、あの綺麗な顔面が変形するくらい、全力の拳を食らわせてやりたい。

これが、怒りにを任せてるって事なのかも知れない。

ハラワタが煮えくり返る、ってこんな覚なのか。

今の俺は、確実に冷靜さが欠けている。

それを理解しながら、「構うものか」と思ってしまう。

「目的のために手段を選ばない、戦士の目。手を抜くのは、無禮に當たるわね。……じゃあ、やりましょう」

不本意、そんなじの溜息を１つ吐き捨てて、アリアトの目にも戦意が宿る。

「の程というを教えてあげるわ、年。私の『リベリオン』で」

とある街の路地裏。

じめじめとした空気に満ちたその先に、一軒のバーだったラーメン屋…だった焼き鳥屋がある。

「……急に呼び出すとは、何かあったのか？　……と言うか、今度は焼き鳥か」

全力の呆れ顔でカウンター席に座る中年。

世界最強なんて稱される冒険者、ゲオル・Ｊ・ギウスだ。

「うん、ちょっとヤバい予知が見えてさ。ちなみにご注文は？」

ゲオルの目の前にはこの店の店主を務める。

「ヤバい予知……？　注文は後だ、まずはその予知について話せ」

「魔王の息子さん関係」

「！」

この店主は、裏の世界じゃかなり高名な魔導占星師だ。

ゲオルはこの店主に、１日１回、魔王の息子に起こり得る「最悪の事態」を予見する様に依頼している。

今までは特に何も無かった様だが……

「……何が見えた？」

「……ぼんやりとしたイメージなんだけど……」

イメージ、と言う事は、「確定した未來」では無い、と言う事だ。

もし確定した未來が予知できたなら、はっきりとしたヴィジョンを伴うと聞いている。

「……雨、なのかな。『滲んだ世界』……その中に『倒れてる男』が見えた」

「滲んだ世界……？」

「わからない、わからないけど、何か、すごく悲しそうな雰囲気が漂ってた」

「……お前の私見を聞かせてくれ」

「……多分、あの『倒れてる男』は、魔王の息子の大切な人」

「！」

「……もし、このまま『最悪の運命』を辿るとしたら……」

非常に言い辛そうに、店主は言った。

「……魔王の息子に取って、『１番大切な人』が……生命を落とすかも知れない」