「あら、執事長ってじ」

「マリか」

薄明かりに包まれた階段の踴り場。

階段を下りていた途中のマコトと、踴り場へ通じていた通路から現れたマリが出くわす。

「服が焦げ付いているが……」

マリのメイド服は、いたる所にコゲ跡が殘っていた。

「何か、炎を武型に加工してくるレズに遭遇したってじ」

適當にへし折って、縛って吊るし上げて來たわってじ、とマリは素っ気ない勝利報告。

マリは人間なんぞに元々容赦はしない。

彼が武力行使を躊躇うのは獣相手の時である。

「執事長こそ、ズボンの裾、氷みたいのが付いてるわよってじ。それに返りも結構……」

「ああ、氷使いのチンピラと戦した」

ガドウとか呼ばれていたあのツナギ男だ。

マコトの魔法を知っているだけあり、中～遠距離戦を仕掛けて來たが、マコトはそれを苦ともせずに撃破して見せた。

マコトの武は魔法だけじゃない。

相手がいくら接近を拒もうが、そのを活かして一瞬で相手の懐へと潛る。

そしてあのガドウと言う男は、マコトの捌きに対応できる程、手練では無かった。それだけだ。

「……その返り、まさか『八裂鉄拳オーガストブレイク』で……」

「それも考えたが、これは純粋に奴をシバき倒した時に付著しただ。隨分の図に乗った発言を繰り返してくれたんでな。すんなり殺すより、生き地獄を見せてやる事にした」

それにしても結構な量だ。

相當ボコボコにしたと見える。

「……しかし、こんな馬鹿広い空間を、屋敷の地下に造られていたとはな」

マコトが呆れるのも無理は無い。

もう２人は、なく見積もっても地下３０メートル程の地點にいる。

「……質作系の魔法使い……だけじゃ、これは無理ねってじ」

「ああ、おそらく、『リベリオン』とやらのせる技だろうな」

２人は階段を下る。

コクトウから、話は聞いている。

完品なら、この世界を作り変える事さえできる究極の斷魔法、リベリオン。

不完全なでも、時間をかければこれくらいの地下空間は削りだせるだろう。

「……む」

２人は階段を抜け、大部屋にる。

今までにもいくつか通った『迎撃室』……とはし様相が違う。

マコト達がけた印象としては、広く作り過ぎた玉座の間、と言うじ。

壁には今まで無かった豪華な裝飾があるし、量も『薄明るい』では無く、普通の視界を確保できるくらいはある。

部屋の１番奧には、王様がふんぞり返るために作られた様な豪華な造りの椅子。

その椅子に座っている、１人の。

そして、そのの傍ら、明な球狀のに覆い包まれたと、そのに抱かれて眠る赤子。

「お嬢様！」

「マコト……？　マリも……？」

「いらっしゃい、全然歓迎する気は無いけどね」

ふぅ、と重い溜息を吐き、が立ち上がる。

「全く……あなた達は、あの手の『見せしめ』が逆効果に作用するタイプだった様ね。余計な労力だったわ」

「見せしめ……」

マコトはすぐにピンと來た。マリもだ。

「……お前が、アリアト・ビルクダンテか」

「あら、私の事を知ってるのね。名乗る手間が省けていいわ」

「……そうか」

やってられない、と言う表のアリアトに対し、マコトとマリは笑みを浮かべる。

しかし、その目は決して笑っていない。

「お前か」

やっと、見つけた。

青白い閃が、弾ける。

狹い通路の至る所が、刃に斬られ、雷撃に砕かれる。

「っ…んのジジィ！」

「ホハッ！」

自へ向け蛇行してくる刃を躱し、雙剣を構えた老人が駆け抜ける。

「すばしっこい……！」

モヒカンヘアの執事、ベニムは空いている左手をポシェットへと突っ込んだ。

収納を目的とした魔法道だ。中には、ベニムの武が大量に収められている。

その中から、彼が取り出したのは赤いゴムボール。

それを１度だけ強く握り潰し、こちらへ猛進してくる老人へと投げつける。

直後、発。

結構な近距離での発に、ベニム自も煽られる。

「どうだこんの野郎！」

ベニムは全力で後方へと跳ねまくり、広い空間、『迎撃室』の１つに到達する。

それを追い、老人も煙を切り裂き飛び出した。

笑顔は健在、頬に煤、服にしコゲが付いた程度。

「クッソ……！　化め！」

「これこれ！　老人を放って逃げる奴があるか、薄な若者め！」

冗談めいた調子で言葉を吐きながら、老人は雙剣を振るう。

ベニムは蛇腹の剣でその一撃をけ止めるが、

「どわっ！？」

老人とは思えない腕力で、そのまま吹っ飛ばされる。

「ぐ、ぁっ……」

柱に思い切り背を打ち付け、その痛みにぐベニム。

その目の前に、老人が迫る。

そして、ベニムの腹に、思い切り蒼白の刃を突き立てた。

「が、あぁぁぁぁぁぁぁああああああぁぁっっ！？」

を裂かれ、骨を斷たれる激痛。

それに加えて、全を駆け抜ける雷撃。

「くはははは！　良い悲鳴じゃ！　年甲斐も無くそそりおるわ！」

「っぎ、ぁっ…が……こんの、戦闘狂がぁっ！」

ベニムの苦し紛れの蹴りが、老人の腹を抉る。

蹴りの衝撃で老人がしよろめいた所に、ベニムはポシェットから取り出した短刀を居合切りの要領で振るった。

しかし、既に老人は距離を取っていた。

「っぐ……う、……？」

思ったより、腹の傷が痛まない……いや、痛みが、全く無い。

「麻痺……！？」

「その通り。この『ソウハク』の雷撃には、痛覚をしばらく眠らせる効果がある」

「っ……こっちの自壊狙いの武裝構想デザインだな、趣味悪ぃぞ……」

「お前さんの髪型と黒メガネも中々趣味が悪いと思うぞ」

「放っとけクソジジィ！　つぅか殺すぞ！」

「やってみろ」

老人が再度ベニムに迫る。

「っ……」

痛みが無いからと派手にくのは不味い。麻痺が解けた後にけなくなる程、傷が悪化する恐れがある。

だが、そんなんを警戒して攻撃を食らって死んでしまっては、本末転倒だ。

老人の瞬速の太刀を、ベニムはギリギリで回避。

彼が先程まで背を預けていた柱を、２本の刃は難なく斬り捨てる。

「っの！」

ベニムが短刀を投げつけるが、老人はあっさりと回避。

「頑張るのう若いの」

「死にたくねぇからな……！」

「ほう、にしては不自然じゃな」

「あぁ？」

「本當に死にたくないのなら、何故本気で逃げない？　何故逃げに徹さない？　何故闘おうという意思を捨てない？」

先程からベニムは、後退はしても、戦場からの離を計ろうとはしない。

「ワシの力量が測れぬ程、お前さんは弱そうには見えん。わかっとるはずじゃ。勝目が無い事、そして、自分にはあの空の魔剣の嬢さんの様な闘い方は、できん事も」

「……やっぱり、あんたがラフィリアさんが闘ったっつってた、じぃさんか……」

あのラフィリアが「あのまま続けてたら確実に殺されていた」と、完全な敗北を認める程の相手。

それがこの老人。

通りで敵う気がしない訳だ、とベニムは納得する。

「確かに、あんたみたいなのが相手なら、逃げるのが１番だろうな」

ここに乗り込む際にも全員で決めた事がある。

グリーヴィマジョリティには、まだこちらが把握してないメンバーや戦力が未知數な者がいるかも知れない。

そいつと戦し、絶対に勝てないと判斷した時は、迷わず逃げろ。

そう、決めてある。

「頭じゃ、わかってんだけどな……」

でも、

「知ってっか？　お前らのボスがふざけた真似してくれた執事が、どんな奴だったか」

「知らんな。アリアトから『素敵な年だった』とは聞いている」

「ロマンはな、馬鹿だ」

ベニムが、笑う。楽しい記憶を思い返している、そんなじの表。

「自分のが１番大事だとかほざいてる癖に、大抵自分以外の奴のために張ってやがる」

本人やシングから聞いた話の中でもそうだし、シェリーのためにダンジョン攻略に乗り出した時もそうだ。

自分がそうしたいと思った。これは自分の意思だ。

だから、自分が苦労するのは仕方無い。誰かのせいじゃない。

ロマンは、思考回路の底に、そんな考えを持っている様な奴だ。

あいつと會話してたら、わかる。

自分が後悔をしたくない、後味の悪い思いをしたくない。

だから育児に手を抜かない。

だから世界最強の男が相手でも立ち向かう。

だから代理で決闘だってける。

だからダンジョンにだって挑む。

……誰かのための行でも、あいつは脳であれこれ理由を付けて「自分のための行だ」と変換しやがる。

そして、それに自分自気付いていない。

あいつは、どこまでも自分のために生きているつもりでいるんだろう。

きっと、自の事を「結構俺って自分勝手な人間だよなぁ」とか評価しているんだろう。

ベニムから見れば、馬鹿野郎以外の何者でも無い。

本當に、馬鹿な奴だと思う。

「お前らが傷付けたのは、そんな最高に馬鹿な奴なんだよ」

そして、

「……知ってっか？　馬鹿って染うつるんだぜ」

こいつらは、ロマンを、最高に馬鹿でナイスな家族を傷付けた。

絶対に許せない、１人殘らずシバき倒して、後悔させてやりたい。

「俺はなぁ、お前ら全員ブン毆り倒したくて仕方無ぇんだよ」

そうしないと、

「俺の気が済まねぇ……気分が悪ぃんだよ！」

ただ、自分の気晴らしのために、ベニムはこの老人を倒したいと思っている。

自分が爽快を得るために、ロマンの仇討ちに臨んでいる。

それだけだ。

ベニムがどうにかして老人に勝とうと足掻く理由は、ただそれだけ。

「蛇腹の剣ッ！　ヒィウィゴォォッ！」

鋼の刃が、虛空を斬り裂き、蛇行する。

「ふむ、闘う理由も、闘い方も若いのう」

それを侮蔑する訳でも、馬鹿にする訳でも無く、老人は笑った。

「羨ましいわ」

刃を躱し、老人が突っ込む。

その２本の鋒で、ベニムの腹と肩を、刺し貫く。

「ぐ、がぁ、っぅぅ……！」

「…む？」

ベニムの全を雷撃が駆け抜け、彼を側から破壊していく。

そんな中、老人が覚えたのは、貫く間際、一瞬の違和。

「今、お前さん……」

ベニムの顎を伝い、が滴り落ちる。

そのを零した口角が、上がる。

「わざと躱さずに……！？」

老人が気付いた時には、もう遅い。

老人の手と、ベニムの手が、手錠で繋がれる。

ベニムの魔法道だ。

「……ふん、『インパルスシェアリング』か。この狀況では中々良いチョイスだが、相手が悪かったな」

この手錠は、相手に自分の神経狀態を強制共有する。

つまり、自分と相手の痛みダメージを共有できる。

今、ベニムは腹と肩を刺し貫かれ、全に雷撃を浴び続けている狀態だ。

老人にシェアされるダメージも、強烈な。

しかし、

「殘念ながら、ワシは…」

「ああ、自分の痛覚、麻痺させてんだろ」

「その通…」

またしても、老人は違和を覚える。

……今、ベニムは常に雷撃を浴び続けている。

雷撃を纏うソウハクの刀がれているのだから、當然。

なのに、ベニムはやたら余裕のある口調だった。

「まさか……！」

「おかげで、俺は今、何の痛みもじずに、あんたを捕らえる事ができたって訳だ」

ベニムは察していた。この老人がどんな攻撃にも全く怯まない様子から、痛覚制に近い何かを行っている事を。

だから、この手錠は、老人の神経狀態を自分にシェアする様に設定してある。

「痛みをじんからと言って、わざと刺突をけるなど……！」

「言っただろうが……馬鹿って、染るんだぜ」

蛇腹の剣の鋒が、Ｕターンする。

そして、老人のドテッ腹を、背後から刺し貫いた。

「がふっ……」

痛み云々では無い。

腹をブチ抜かれれば、臓が傷付く。臓が傷付けば、吐する。

このまま蛇腹の剣を捻って、臓を滅茶苦茶にしてやる。

そうすれば、痛みなんぞじなくとも、生命維持が困難になるはずだ。

ベニムがこうとした時、

「っ、ぐぅぁ……！？」

雷撃の覚が、再度ベニムの脳へと襲いかかる。

老人がベニムのから剣を１本引き抜き、振るい、手錠の鎖を斷ち斬ったのだ。

そのため、ベニムの無痛狀態が解除された。

老人はベニムがひるんだ隙に前に踏み出す。

蛇腹の剣を背から抜き、そのままベニムにタックルを浴びせて、吹っ飛ばした。

「ふん、まさか昨日の今日でまた腹を抜かれるとはな……それにしても、今のは中々ヒヤッとしたぞ」

「っぐ……」

「本當に素晴らしいな、デヴォラの飼い犬達は……ゾクゾクさせてくれおるわ……！　早く、他の者とも闘いたいのう！」

「……ぐ…もう俺を倒した気でいるのかよ……年寄りは気が早ぇな…おい……！」

「ふむ、まぁ気が早くなった事は否定せんよ。じゃが、お前さんがもうまともに闘えんのは、確かな事実じゃろう」

「っ……」

老人の判斷は、正しい。

もう、ベニムはけない。

まだ刺し傷の麻痺は解けちゃいない。

だが、雷撃を浴びすぎた。全の筋が酷く損傷している。

を起こす事さえ、難しい。

「そこで寢ておれ。ワシは、次の……」

老人の言葉を遮る様に、天井が、弾ける。

「「！？」」

ベニムと老人が共に驚愕する中、瓦礫と共に、その男は舞い降りた。

「……ふむ、やはり、道に迷った時は壁か床を壊すに限るな」

「なっ……」

そのやたらおっさん地味た男の聲を、ベニムは知っている。

本當に、本當にたまに、屋敷に暑中見舞いを持ってくる、あの男だ。

テレビや雑誌で、『世界最強の冒険者』と稱される、あの男だ。

「來てくれたんだな……！」

「うむ。し遅くなってしまったが……久しぶりだな、ベニム」

実年齢よりもし老け込んだ顔。筋骨隆々とした。

ポロシャツ風のシャツにスラックス、肘から下を申し訳程度に覆う金の手甲、と言う軽裝。

そして、自のの丈程もある大剣を、片手で振り回す。

圧倒的で、理不盡にも思える程の理攻撃を振りかざし、魔法をもねじ伏せる。

レベルを上げて理で毆る。

それだけをただ追求し、極めた男。

ゲオル・Ｊ・ギウスだ。