《無冠の棋士、に転生する》プロローグ「おっさん、転生する」

「參りました」

私は頭を下げる。

眼前にあるのは將棋盤と將棋の駒。

最短17手で私の玉が詰まされる、そんな盤面。

今回も負けてしまった。

天を見上げ、茫然自失になる。

今日行われた対局は名人戦第7局。

名人とは將棋のタイトルの最高位。

A級順位戦と呼ばれるトッププロ達の巣窟を勝ち抜いた者が挑戦者として現名人と七番勝負をするのだ。

私は今年の名人への挑戦者だった。

今までタイトル戦の挑戦者になった事は幾度もあるが、私がタイトルを獲得した事は一度もなかった。

歳も40を超え、力の衰えが見える今、これが最後のタイトル挑戦になるだろうと意気込み全てを捧げた。

3勝3敗で迎えたこの第7局。

終始名人を抑え込み、勝ちが見えていた。

初のタイトル獲得ができたと思った。

「それが、このざまか……」

一人で晩酌をしながら呟く。

名人のたった一手の鬼手。それで全てがひっくり返った。圧倒していた盤面は敗北寸前の盤面へと変わったのだ。

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は足掻いてみたものの、コンピュータを超えると言われる名人の終盤力の前に埃を払うかのようにあしらわれる。

「はははっ……流石は魔王……か」

私より10歳以上若い現名人。

かつて神の子と呼ばれ中學生でプロになった名人は20年近く將棋界を引っ張り、そして君臨し続けてきた。

かつて神の子と呼ばれた名人。その今のあだ名は――魔王。その名にふさわしき実力で將棋界のタイトルをしいままにした。

「これで何度目だよ、魔王! いい加減にしてくれよ。……一度でいいんだ、たった一度でいいからタイトルを取らせてくれよ」

私と同年代の世代は無冠の世代と呼ばれる。

全盛期を魔王によって躙され、ただ一つのタイトルすら取れなかった世代。

同世代でA級順位戦に今も殘っているのは私だけ。私以外は魔王世代と呼ばれる魔王の眷屬達で埋め盡くされていた。

何の因果か、魔王と同世代には魔王に立ち向かう事が許された才能の持ち主が何人もいた。それが魔王世代。最近のタイトル戦は魔王VS魔王世代の対局となる事がほとんどだ。

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私が今回A級順位戦を勝ち抜き名人への挑戦権を獲得できたのも奇跡に近い。

魔王の眷屬を相手に年間を通して凡人のおっさんが勝ち抜けたのだ。よくやったと自分を褒めてあげたい。

「……この一年……本當に大変だった」

魔王の眷屬は大抵がタイトルホルダー。

この一年間の対局は自分にとっても多大な経験値になった。だからこそ――

「勝てると思ったんだけどなぁ……」

名人相手に3勝したのだ。それだけで周りは褒めてくれる。

惜しかった。

あの名人相手によくやったよ。

まぁ、相手が悪かった。

周りがそんな風にめてくれる。

「ふざけるな!」

勝てなければ意味がないんだ。

3勝しても4敗するなら何も意味がない。

今日の一局の重みはそういう事だ。

「勝たなければ意味がないんだよ……」

無冠の世代の最後の一人。

ただの一度もタイトルを取れなかった男。

永遠の九段。

それが私だ。

グビッとコップに注がれた酒を飲む。

カァーッと頭が熱くなるが、もうどうだっていい。

目の前がグラつく。それでも私は酒を飲む手を止めない。飲まなければ何もかも失いそうだからだ。

「……もし私も魔王世代だったら」

魔王世代が強いのにも理由がある。

彼らはずっと魔王と一緒にまれ育った世代なのだ。あの規格外とずっと一緒にいたからこそ、並びはせずともそのに爪を立てる事ができる。

もし私があと10年生まれるのが遅ければ、私もい頃からあの魔王と対局してもっと強くなれたのかもしれないのに。

「ふふふっ、そんな妄想を抱くなんて飲みすぎだな」

今日は早めに寢よう。

そう思い、私は立ち上がろうと機に手をかけた。

しかし――

「あれ――」

目の前が反転する。

家が傾く。違う。私が倒れているのだ。

酒で酔いすぎたか。

鈍い音が響く。その瞬間に視界がブラックアウトした。

■■■

「…………ら」

うぅ、頭がガンガンする。

「…………くら」

若いの聲が聞こえる。

どうやら私は眠っているようだ。

深い泉から這い上がるように、眠りの底からゆっくりと私は目を開ける。

「やっと起きた。著いたわよ、さくら」

パチパチ、とマバタキをする。

目の前には20代後半から30代のが私を覗き込んでいた。

何事かと橫を見ると窓から景が見えた。人が騒々しく歩き回る。ここは駅か。

「何ぼーっとしてるの。早く行くわよ。おじいちゃん達が待っているわ」

はそう言って――私を抱えた。

えっ!?

大人の私を軽々と抱える……違う。

が小さくなっている!?

この瞬間全てが頭の中に蘇った。

私の名前は空亡そらなきさくら。

今年で5歳になる――の子。

今日はお盆で母方の実家に帰省するのだ。

「おねぇばっかりズルイ。わたしもだっこー」

「桜花はパパにしてもらいなさい。パパー、桜花抱っこしてあげて」

母の足元で手を上げて抱っこをせがんでいるのは私の雙子の妹の空亡そらなき桜花。

見た目は私と同じで黒い髪を長くばしている。私と違って髪を纏めているリボンは青だ。ちなみに私は赤。

そう。私は転生したのだ。の子に。

祖父母の家まで車に乗せられて移する。

その間、私は自分の記憶と向き合っていた。

私の脳には空亡さくらとしての記憶がしっかりとある。

そして前世の――

「――思い出せない!?」

「おおいらせない?」

橫に仲良く座る桜花が、私の真似をしてきた。食べている飴で口元がベタベタだ。

前世の記憶が斷片的にしか思い出せなかった。名前すらも思い出せない。

ただ自分が將棋指しのおっさんであったこと。そして死んだこと。これだけははっきりとわかる。

構ってしいとペチペチ私の頭を叩く妹の桜花。ごめん、お姉ちゃん考え事で忙しいの。

「……名人」

そして名人という言葉。

將棋界の最高位。私はそれを目指していた。そしてれなかった。

そしてそれに対する強い後悔。

あーう、と私の腕をハムハム甘噛みする妹。流石にベタベタして気持ち悪いので払う。

私が反応してくれたのが嬉しいのかまたハムハムしてくる。

もういい無視。

將棋が指したい。

自然と人差し指と中指で空想の駒をつまむ。

「ふふふっ……」

「あう?」

神様がいるか知らない。でももう一度私に挑戦するチャンスをくれたこと。

――ありがたい。

「名人、今度こそなってやろうじゃないの」

「おねぇ、めーじんになるの?」

そうだよ妹よ。太鼓の名人じゃないからね。將棋の名人だからね。

ハッキリとは思い出せないけど、確かにあった前世の想い。

小さく握りこぶしを作り、今度こそは、と決意する。

祖父母の家に著くと早速墓參り。

そしてなんやかんやしているうちに夕食の時間。そして母と妹と一緒にお風呂。前世がおっさんとはいえとして5年過ごした記憶があるので混浴(?)でも特に苦にもならない。中枯れたおっさんだしね。外見もだしね。

お風呂から上がると父と祖父が將棋を指していた。そう言えばさくらの祖父は將棋が好きだったけ。前世の記憶を思い出すまでは大して興味が湧かなかったさくらだが、今日は違う。

「パパー、私も將棋指すー」

父の隣に座って貓で聲で甘える。

父はデレッデレな顔で私を膝の上に乗せる。

「ほぉ、さくらも將棋に興味が出てきたか。の子なのに珍しか」

自分の趣味に興味を持ってくれた孫にデレッデレの祖父。父と祖父はが繋がってないのに、よく似てる。孫娘や娘を前にしたらみんなこんな顔になるのかもしれない。

私は將棋の駒を初期配置に並べる。

うん、このくらいは覚えてる。將棋の駒のかし方も頭の中で確認した限り大丈夫そうだ。前世の記憶がハッキリとしてないけど、しなら將棋は指せそうだ。

「よーし、じゃあお爺ちゃんと対局しようか」

そう言って祖父は飛車角桂香を駒れに落とした。

「じいじ、別に手加減しなくていいよ」

「フォフォフォッ、孫娘相手に本気を出すのは大人気ないけんね。駒落ちは將棋のルールにもあるんじゃよ、さくら」

まぁ、當然だよね。

祖父からみたら私は初めて將棋を指す子供。

「よーし、じゃあ私が先に指すよ」

「フォフォ、どうぞ」

ちなみに、本來のルールだと駒落ちで対局する場合。駒を落とした方が先手なんだけどね。家族でのローカル対局だし、孫の可さに祖父も先手を譲ってくれた。

私は角の右斜め前の歩を指で握る。

懐かしくもじる駒を持つ覚。

トクン、と心臓が高鳴るのをじた。

パチン!

そんな音を響かせ、私は駒を進めた。

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