《無冠の棋士、に転生する》第3話「妹育計畫、そして卒園」

私が前世の記憶(と言っても曖昧なモノ)に目覚めて3ヶ月がたった。

お盆の頃の大地を焦がすような日のは鳴りを潛め、今は真っ赤な紅葉が景を彩り始める季節。

この3ヶ月で私の棋力もだいぶ上がってきたと思う。やっぱり若さって偉大だね。スポンジのような吸収力でどんどん長していくのがわかる。

それと前世の記憶に関してだが、固有名詞などはまだ思い出せないが、漠然としたイメージとして前世を思い出すことはできた。

まぁ、將棋の指し方に関しての的な記憶は思い出せないので、棋力はしずつ上げていくしかない。

「おねぇ、早く〜」

「まってまって、急かさないで」

それと一つ僥倖な事があって、それは桜花が將棋にハマってくれた事だ。

対戦相手はネットがあるから困る事は無いけど、やっぱりリアルで一緒に將棋をしてくれる人がいるのはとてもありがたい。

父も將棋できるけど、基本的に仕事で忙しい人だからあまり構ってくれない。娘と仕事どっちが大事なの? って聞いたら泣きそうな顔していた。社畜かわいそう。

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「……解けた」

「おそーい」

と言う事で、稚園で仲良く母の迎えを待っている私達姉妹は何冊目かになる詰將棋の本を二人で解いていた。最初に買った本に比べたらかなり難しい問題も収録されている。

だいぶ將棋の覚をつかめてきた私でもすぐには解く事が出來ない中々ハイレベルな問題が揃っている。

……揃っているのだけど。

「よーい、ドン」

私の合図と共にページをめくる。

私達はどちらが早く詰將棋を解けるか、という競爭をいつもしている。

「…………わかった!」

「うぐぅ……」

先に手を挙げたのは桜花だった。

実は詰將棋の早解きで、私は桜花に全く歯が立たないのだ。

この3ヶ月、桜花と一緒に將棋をしてきて分かったのだが、桜花の集中力とパズルを解く速さは常軌を逸している。

特に『詰み』という明確なゴールがある詰將棋と言うパズルに関して言えば、私が數十秒掛かる問題を桜花は數秒で解く。

初めて父のスマホで將棋をした時に、私の気づけなかった詰みを桜花は見つけていた。あの時すでにこの才能は開花していたのだろう。

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「……詰將棋はここまでにしようか。普通に將棋しよ」

「わかったー」

リュックに隠して持ってきていたプラスチックの將棋盤を出す。駒が小ちゃくて児が飲み込む可能があるからホントは持ってきちゃダメなんだけどね。

「王手」

「うぐぅ……」

私の飛車が桜花の王を攻め立てる。容赦はしない。詰將棋でやられた分お返しだ。やられたらやり返す、倍返しだ!

桜花はパズル的センスは抜群だが、記憶力はさして強くない。定跡の覚え込みがモノを言う序盤は特に苦手なようで、私との將棋はこの序盤で覆せないほどの差をつけられて桜花は負ける。

要は詰みのある所まで相手を追い込まなければ桜花の力は十全には発揮できないのだ。

「はい、これで詰み」

「むぅ〜、おねぇもっと早く詰みにできたよー」

そう言い何手か戻して、私の手よりももっと効率の良い手を示す。桜花は自分の詰みもかなりの速さで読み解くから、こんな事が毎回だ。

「桜花もそろそろ好きな囲いとか覚えたら?」

「むぅ〜、でもおねぇと同じひっきーはヤダ」

ひっきーとは私がよくする熊という囲いの事だ。盤の角っこに王を引きこもらせて周りを駒で囲うことで、絶対に一手では王手すらできない布陣の事を言う。王手ができないという事は詰めろ(守ったり逃げたりしなければ負ける狀況)が掛からない。そのため桜花の奇襲を気にせずに攻める事ができるのだ。

熊はプロアマ問わず使われる人気戦法で、熊に囲うことに功すればそれだけで一本取ったと言われるくらい強力な囲いだ。

ただその分完するまでに時間を有するのが弱點なのだけどね。

「まぁ、熊は記憶力がばがばの桜花には合ってないしね。うーん、桜花なら下手に守るよりもひたすら攻め続けて強引に詰みを見つける方があってるかもね」

「攻めるー!!」

「――と言う事で初心者にはやっぱり『棒銀』でしょ」

「ぼーぎん?」

「そっ、棒銀。こうやって飛車の前の歩と近くの銀を使って相手の角の頭を狙っていくんだよ」

駒をかして棒銀の基本的な攻め方を見せる。詳しく知りたい人はググろう。

何度か見せてから、今度は桜花にやらせてみる。

「……むぅ、難しい」

「桜花って詰將棋得意だよね」

「うん、ちょーとくい」

「ならこれも考え方を変えてみよっか。詰將棋と違ってゴールは王を取ることじゃなくて、こんな風に飛車を相手の陣地にらせる事。これを考えてみて」

桜花はゴール――つまり終著點を示してあげればそれに向かってパズルを高速に解く才能を持っている。ならば、終著點を設定してあげればいい。そうすれば桜花はその終著點に向かって最適解を指し続ける事が出來るはずだ。

「なーるほどー。やってみるー」

考え方を変えた桜花の打ち筋は見違えるように変わった。無駄やミスなくひたすらに攻め続けてくる。桜花に関しては定跡を覚えさせるよりも、こっちの方がに合っているらしい。

何度かワザとスキを見せる。桜花はそれを見逃さずにしっかりと最適手で攻める。

「うんうん、出來てる。じゃあもう一回やろうか」

今度は定跡通りに桜花の棒銀を捌く。

原始棒銀の様な単純な戦法は、単純な分け方も定跡化されている。

「むぅ、全然突破できない……」

「棒銀は対策を知っていればけ切れるからね。だから次は――」

他にも何個か教える。あくまで定跡ではなく、最終的に何を目標とした戦法なのか、という事を教え込む。

「むぅ〜、覚えきれない」

「まぁ、しずつ慣れていけばいいよ」

桜花の格的に覚えるより慣れた方が強くなる。むしろこれは才能か。

將棋を解く。羨ましくじ無いわけでは無い。

將棋の世界は才能の世界である。努力ではどうしても越えられない壁が確かに存在する。

名前は思い出せないけど、私が前世で競い合った名人や彼の同世代達。

彼らは輝かんばかりの才能に努力を重ねた本達だった。

「努力と研究でなんとか食らいついていた凡人のおっさんが私……なんだよなぁ」

「おっさん、おっさーん!」

私のおっさん発言に便乗して「おっさんおっさん」と連呼する桜花。そんなにおっさんが好きかね。

せっかくの前世持ちなのに、知識が使えないし、前世はおっさんだしいいとこなしだねこれ。

「さくらちゃーん、桜花ちゃーん。お母さんが迎えに來たわよ。何処にいるのー?」

やばっ。保母さんが探しに來た。

早急に將棋盤を畳んで服の中に隠す。

「あっ、こんな所にいた。お母さんが迎えに來たわよ。帰る準備しなさい」

「はーい」

母の迎えの車に乗って自宅に帰る。

家に帰り著く頃には19時を軽く過ぎていた。

私の両親は共働きだから、稚園から帰るのは大こんな時間になる。

家に帰り著くと母が夕食を用意してくれる。私達姉妹は小さな頃からできる手伝いは積極的にやるように教育されている。

だから母が夕食を作っている間に二人で乾燥機から洗濯を出して畳んで、ご飯を待つ。

パパが社畜で家事の手伝いがあまり出來ないからね。私達がママを支えないと。それにご褒のためだ。

夕食を食べ終わったら、家事を手伝ったご褒にパソコンをする時間貰える。

將棋の対戦アプリはお父さんのスマホにしかってないので(5歳の私達がスマホを買ってもらえるわけないし)、暇な時は母に頼んでパソコンでネット將棋をやらせてもらう。

うちの母はパソコンはチンプカンプンなので、設定とか登録とかは全部私がした。母からは「さくらはパソコン詳しいのねぇ」と褒められた。

プロの間でもパソコンを使っての研究が主流になっているし、パソコンのスキルは必須だ。

「どう、桜花。見える?」

「んー、見えない」

最近は私と桜花の二人掛かりで、ネット將棋をしている。正直反則だけど、これだと桜花に私が教えながら、終盤の桜花の詰めの覚を私が験できる。

基本的に私が序盤中盤をさして、終盤に桜花が詰みが見えると殘りを桜花に任せるといった形だ。

私は序盤の定跡は徹底的に叩き込んでいるので、よほど高レートと當たらなければ追い込まれることはない。あとは妹の天才的詰め力で相手を倒せばいい。

「んっ、見えた」

「マジ? 全然詰まなさそうだけど」

「すこしながい。おねぇ、代」

マウスを桜花に譲る。

そして桜花はノータイムで指していく。

ふむふむ。あぁ、なるほど。

確かにこれなら詰みそう。

桜花が何手か指してから私も詰みに気づく。

正直あの盤面から、この詰みがどうやったら見えるのか教えてしいよ。

「やったよ、おねぇ。勝った勝った」

「今日はドン勝つだ」

「……? 今日の夕食はカツ丼じゃなくてハンバーグだったよ?」

「気にしないで」

こんな風に私の稚園時代は、將棋漬けの生活をした。

昔と違ってネットがある現代は相手に困らない。

自分と同等かそれ以上の強い相手の毎日対局できるのは、とてつもない経験値になる。

そんな私に付き合わされて(楽しそうなので「付き合って」かもしれない)同じく將棋漬けな桜花もぐんぐん長していった。

こうして2年が過ぎた。

小學校に學する歳になって私達雙子は、初めて同じ世代の歳の子と対局する機會に恵まれたのだった。

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