《無冠の棋士、に転生する》第7話「研修會員」
頭を下げて、ルナは投了を示した。
何とか勝てた。強い、本當に強かった。
空調の効いた部屋なのに、私の額にはべったりとした汗が浮かんでいる。
長い間続いた張の糸が途切れ、息をゆっくりと吐き出す。
「さくら……強いわね。今回は私の負けだわ」
さばさばとしたじでルナがそう告げる。
しかし彼の瞳はし赤く、潤っている。
泣きたいが、歳下である私の前で泣くわけにはいかず堪えているようだ。
「ありがとう。ルナちゃんもとっても強かった」
「めはいらないわ。今回私があなたに負けたのは、私が弱かったからよ…………そう、弱かったから」
ポロっと一筋の涙がルナの瞳から垂れる。
指でそれを拭い、盤上の駒をかす。
現れた盤面はルナが攻めを焦って悪手を指してしまったあの盤面だ。
「ここが分かれ目かしら」
「うん。もうしゆっくりとした攻め、例えば王の逃げ道を先回して止めていく……とかされてたら私は負けてたかも」
「……なら、こんなじかしら」
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數手駒をかして異なる道筋を作り出す。
二人で駒をかす。會話はないが、將棋がそれを補って自分の気持ちを相手に伝えてくれる。
これは想戦と呼ばれ、対局が終わった後に、重要だった盤面を再現して著手の善悪を検討するのだ。想戦をすることで一局を客観視することができ、勝った方も負けた方も良い経験値とすることができる。
負けた方は自分の弱かった部分を直視することになるが、それを乗り越えてこそ長できるのだ。
「ほらほら君たち。想戦はとても良いことだけど今日は大會で後が詰まってるから簡単にね」
「「ごめんなさい」」
やっぱり今日はトーナメントの大會で後が詰まっているからしっかりと想戦はできないよね。もうしルナちゃんと想戦やりたかったんだけどね。
ルナと揃って席を離れ移する最中、ルナがスマホを取り出した。
「さくら、ライン教えて。お友達になりましょ」
「いーよっ!」
小學校に學したお祝いに買ってもらった格安スマホが役に立つ時が來た。
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小學校のお友達はスマホ持ってる人ないから未だに家族以外に連絡先なかった。
ルナがはじめての家族以外の連絡先だ。
「ルナは將棋大戦やってる? よかったら今度対局しよー」
「暇な時ならいつでもいいわ。今度こそ私が勝つから見てなさい!」
ルナとの連絡先換が終わる。
ふふふっ、桜花以外とネット將棋友達できて嬉しい。ルナも強いしね。
「私に勝ったんだから優勝しなさいよね」
「にゃは、まあ頑張るよ」
「頑張る、じゃなくてするのー!! さくらならきっとあいつ・・・にも勝てるわ」
「あいつ……?」
「私が去年この大會の決勝で負けた相手よ。今年も低學年の部に出てるわ」
へぇ〜。ってかルナちゃん去年の準優勝者なの!?
去年ってことは小學一年生だよね?
上位二名が全國大會に出られるから、ルナちゃんは一年生で全國大會に行ったんだ。すっごーい。
「名前は角淵かくぶち影人かげと。小學三年生で研修會員よ」
■■■
『研修會』。
將棋界にある専門の棋士育機関。
將棋を通じて健全な年の育を目指すことを掲げ、運営している組織である。
その実態はプロ棋士になるための機関である『奨勵會』の事実上の下部組織。
もちろん所屬するすべての人間がプロを目指すわけではなく、あくまで將棋の勉強のために所屬する人もいれば、の中には流棋士を目指す人もいる。
そして『研修會』にるためには最低でもアマ二段程度の実力を持っていなければならない。
「やっぱり研修會員も大會に出場してたのかぁ」
しかし角淵影人。聞いたことある気がするんだよなぁ。たかが研修會員の名前なのに何で引っかかるんだろ?
「おねぇ、勝利おめ〜」
「えへへ、お姉ちゃん頑張ったよ。桜花ギュッして〜」
「ぎゅぅ〜〜」
次の対局準備が整うまでの休憩時間に、私は桜花と合流してイチャイチャしてイモウトニウムも摂取する。あぁ〜中毒になるんじゃぁ〜。
「桜花も勝ったんだって? 桜花もおめ〜」
「えへへ、楽勝楽勝!」
桜花もこの二年で隨分と將棋が上達した。
前なら定跡のゴリ押しで桜花の得意な終盤に持ち込まれる前に圧殺できたのに、今となっては3割くらい私が負けさせられる。
まだまだ基本が甘いけど、それでも終盤の詰め能力がそれを補ってなお強い。
そんじょそこらの子供にはまず負けないと思ってる。まぁ姉の目かもしれないけど。
「……桜花、帽子取ったんだね」
「室で帽子つけるのおかしくない?」
おめかししていつにも増してベリーキュートな今日の桜花。
特に今回の私のお気にりだったのがキャスケット帽だったのだが、何故か桜花は今被ってない。確かに室で普通帽子は被らないけども。
「いやいや桜花。せっかくのオシャレンティー帽子なんだから見せつけていかないと」
「……おねぇ、前々から思ってたけどオシャレンティーっておばさんくさい」
おば……。
たしかに前世はしがないおっさんだよ。
でもとして六年とし生きてきてだいぶについたと自負してた。プリキュアだって毎週欠かさずリアルタイムで桜花と一緒に観てる。
レベルなら150カンスト勢(自稱)。
さいきょーなのに。
「そんなに言うならおねぇが被ればいい」
パスッ、と帽子をかぶせられる。
ダサい謎の英語プリントTシャツにオシャレンティーなキャスケット帽をにつけるになってしまった。アンバランスがすごい。
「……似合う?」
「うん、おねぇらしい」
「どう言う意味!?」
私がアンバランスって事?
可い桜花の雙子の姉が私だ。つまり桜花と私は非常に顔が似ている。そのため桜花ほどではないにしても可さには多の自信あったのに。
「……ごーいんぐまいうぇい」
「桜花英語できるの? すごい」
ちなみに前世の事は覚えてないけど、今世の私の英語力は……うん。
最近の小學校は一年生から英語を學ばせる方針のようで、晴れて今年の春から小學生になった私も今は英語漬けの日々だ(週二)。
A〜Zまで大文字と小文字で書けるよ!
「で、そのごーいんぐまいうぇいってどう言う意味?」
「……うにゅ、個的……とか」
「個的」
「將棋に例えると桂馬」
「わかりやすい」
なるほど。
他の駒には出來ないきができて、唯一マス目を超えて移できる特を持つ個的な駒。
囲いを壊さずに相手の王を詰みにできたり、飛車と角両方に対して一方的に有利ポジションを取れるなど使いこなせばかなり有用な駒だ。
しかしあまり序盤で進軍させすぎて歩に取られるなんて事もあるし、案外使いにくいことも多い。むしろ相手の桂馬を取って持ち駒として使うのが強い駒だ。
……これ褒めてるのかな?
「じゃあ、私が著てるこの服の英語ってなんて書いてるの?」
「……『もうすぐゴリラになる』」
……ごうかな。
「ちなみに背中は、『私は可いです』」
ゴリラになるのに!?
「なんでおねぇ、そんなにダサいTシャツ著てるの?」
「な、なんでだろうね……」
「………………普通にしてれば可いのに(ボソッ)」
「えっ、なんだって?」
「何でもない」
なんか嬉しい言葉が聞こえた気がした。
気になる気になる。
でも桜花が目を合わせてくれない。
最近お姉ちゃんに冷たくて寂しいぞ。
昔みたいにもーっとベタベタしてきて良いのにね。
そう言えばこの帽子って桜花が朝からずっと被っていたんだよね。
クンクン、と匂いを嗅いでみる。
家の洗剤の匂いの中に微かに桜花の汗の匂いが!!
これは家寶認定試験合格では!?
桜花から渡された帽子に頬ずりして楽しんでいると桜花が。
「おねぇ」
「べ、別に変なことに使わないからね!」
「……? 2回戦始まるみたいだよ」
「ん、あぁそっち。……よし頑張りますか」
えーっと、私の席は……ここか。
相手の人は男の子。格的に小學三年生かな。名前は見たことない。でもここまで殘ってきているって事は強いはず。油斷はできない。
この後、私たち姉妹は順調に勝ち進み、準決勝まで進出した。
その準決勝、桜花の対局相手は例の研修會員の角淵影人だった。
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