《無冠の棋士、に転生する》第10話「えもーしょんせおりー」

やられたらやり返す。倍返しだ!

……なーんて、的に考えてはダメだよ私。落ち著いて、クールに。ビークール。

私の狙いは、私が影人の捕食のけによって減らされたアドバンテージを取り返す事。將棋というゲームは攻める方が駒損をしやすい。そのため先ほど影人がやったようにわざと隙を作って攻める余地を與える。

「そのような守りで大丈夫ですか? 仕返しのつもりかも知れませんが、今のボクにはあなたから取り上げた駒があります。本當にけ切れると思っているのですか」

「もちろん!」

私が即答すると、影人が顔をしかめる。影人だってまだ小學三年生。煽り耐なんて無いはずだ。余裕と思って言った言葉に即答されたら「やれるものならやってみろよ」って思うよね。なくとも私はそう思う。行するかは別としてね。

……ほら攻めてきた。

私がまず気をつけなければならないのが大駒を失うこと。ただでさえ駒損しているのに、ここで大駒を取られれば敗北は一気に近づく。

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持ち駒が多いことはそれだけ選択権が富にあるということだ。選択肢の分母が増えればそれだけ最適解の質も良くなる。そしてそれをける側の負擔、つまり私の負擔も大きくなる。ただでさえ駒損しているのに読まなければならない量が多くなるのだ。

そして守りに徹している狀況でり組んでいる自陣に大駒を待機させるのは、大駒のきを阻害して取られてしまう可能が高い。よって飛車角は外に出してしまうことで読みの數を軽減する。

(今考えると角淵が序盤に角を自陣から出したのは、今の私と同じ考えなのかな。ホントまんまと嵌められてしまった。しめしめと心の中でほくそ笑んでる角淵の顔を思い浮かべるだけでムカついてくる)

將棋の攻めの基本は數的有位を作る事だ。

相手が二つの駒で守っているなら三つ、三つで守ってるなら四つと相手の駒より一つ多い駒で攻める事で相手の守備を突破する事ができる。

角淵の攻めもその基本に忠実。

言うなれば角淵の攻めは、ルナの大駒を中心とした鋭く大膽な攻めとは真逆。ゆっくりとネチネチしつこくこびり付くカビ汚れのような攻め。滅菌殺菌消毒!

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ルナのような即死する怖さはない。その代わり地味だが安定している俗手で大きなミスをしない。著実に相手を追い詰めていく。

先ほどまでの攻撃的なけとはまさに正反対の安定志向で保守的な攻めだ。

……正直言うと私好みの攻め。自分でする分には好きだけど人にされると嫌なパターン。

角淵の攻めを凌ぎつつ盤面が進んでいく。

相手の攻めを引き込むことには功したので、あとは全力で守る。

まぁ、守るというよりは潰す……か。

常に相手の先に回り攻め手を切り落としていく。

形勢判斷を誤るな。駒の損得だけですべてを考えてはダメ。手の損得。玉型。駒の利き。目に見える単純なアドバンテージではなく、複合的な要素から形勢を判斷する。

しかし、それでもしずつだが角淵の攻めが近づき、遂には。

「ほいっと」

角淵の歩が自陣の三段目に突金へと変わる。

『まむしのと金』という言葉がある。歩がって金と同じきを持ったと金は、攻めている時は金と同等に働き取られたとしても一枚の歩にしかならない。

まむしの毒のように自陣をと金が侵していく様子は、格別ないやらしさを持つ。

「んっ〜〜」

頭を抱えて考える。

とりあえず桜花から渡されっぱなしのキャスケット帽をいで桜花の殘り香を吸って気分を落ち著かせる。だいぶ私自の匂いの混ざってわからなくなってきた。殘念。

正直私の目論見は失敗に近い。流石は研修會員と言ったところか。

けが上手いから攻めは下手というわけではなく、攻めも普通に上手い。

ミスをしない教科書のお手本のような攻めに対して、ルナの時のように相手のミスを期待することはできない。

……正確には大きなミスを期待できない、かな。まだ小學生だし完璧ではないはず。

「にゃはは、夢で見たような懐かしさすら覚えるよ」

「……? もしかして電波ちゃんですか?」

「否定できないのが辛い」

どうも前世持ち電波ちゃんです。

前世の『角淵影人』もいやらしい將棋だった。しかし今の彼とはしだが違いもある。今の彼が薄い囲いで攻めをって逆襲するのに対して、前世の彼は鉄壁の囲いで全ての攻めを正面からけ止めてから食い殺して逆襲を狙う。

しかし捕食のけの本質は変わっておらず、前世の場合は捕食のけと守りのけのハイブリッドのような將棋を指していた。

これからプロになる過程で長し適応していくのだろうか。

細かい棋譜とか思い出せれば役に立つんだけど、いかんせん前世の記憶はぼんやりとしたイメージでしかない……。夢で細かい所を思い出せないよう覚に近い。

おっと、思い出にひたってる時間はない。

まず現狀として、と金が作られ始める將棋は非常にまずい。いくら守っている方が駒得しやすいゲームとは言え、と金に攻められるならば不利トレードに応じる割合が高くなる。そうなってしまえば逆転の芽すらない。

「負けている時は大膽に……」

どうせ不利なのだから、ハイリスクな手でもハイリターンが見込めるのならば積極的に打っていこう。

「んんっ!?」

私の打った手に角淵が驚きに聲を上げる。

私が打った手、それは陣地の外に避難させていた角を自陣まで戻したからだ。

意味がわからないだろう。取られれば敗北が見える大駒をわざわざ最前線に戻したのだ。そしてさらに。

「飛車もッ!?」

飛車を下げて大駒を二枚とも守りに使う。

取られれば逆に相手の最強の攻め駒となる飛車角。

「私、間違ってた。あなた相手に同じ事をして仕返しするのは無理」

捕食のけとか何だ言って角淵の強さの底にあるのは、定跡と教科書に忠実な基礎力だ。つまり私と同じ研究家タイプ。前世のアドバンテージが多なりともあるとはいえ、小學生の二歳差は大きな力の差となる。

だから自分より強い同類相手に不利な條件で対処的行を強いられるけ將棋を指すのは無謀だったと言っていい。

不本意な、だが厳然たる事実。

「かかって來なさい。私の全力のけ將棋を見せてあげる」

相手のミスを待つけ將棋ではない。

相手のミスをけ將棋。

そしてその大膽な手の後ろに――真の目的を隠す。

「イキり過ぎてて可げないですね。まだあなたの妹の方が素直でしたよ」

「桜花はピュアだからね。可いでしょ?」

「さぁ? ボク子嫌いなんで」

お、おう。このキャ。

確かにわかるよ。男子小學生って子と仲良くしてるだけで友達から囃はやし立てられるもんね。長い人生で一番男が異に対して嫌悪を覚える時期だと思うし。

まあでもね。そのまま思春期に突すると灰の學園生活が始まるよ。……と言うか始まれ! 呪いビーム!

「さてさて、殘り持ち時間は5分。秒読み前に詰ませるとしますか」

「……すー……ふぅー」

一呼吸。

さて、ここから始まるのは偽りのけ。

教科書人間を騙して勝ちを目指す。細い線にを委ねるような小さな勝ち筋。

どれだけ角淵に真の目的を隠せるか。つまり、時間を稼げるか。

神経のすり減る終盤戦が始まった。

■■■

大畫面に映された角淵とさくらの対局を見つめていた二人の――桜花とルナは、靜かにその対局を見守っていた。

桜花は自分が將棋を指しているわけでもないのに汗で濡れた手の平をスカートで拭う。

「ピンチね……」

ルナがボソッと本音をらす。

後手の角淵がと金を中心にさくらの左陣を食い荒らしていく。マムシが喰らい付きその毒が伝搬するようにさくらの本陣を侵食していく。

「でも、おねぇの強さはここからだよ」

「……そうね。私もさくらのけを破れずに負けてしまったわ。でもそれは私がミスっちゃったからでアイツはミスなんてしないわ」

ルナが畫面に映された角淵側を指差す。

昨年対局したルナは角淵の棋風を覚えている。攻めに関しては教科書通りで冒険をしない。ゆっくりとした安全な手で相手を追い詰めて來る。

「おねぇはかたき討ってくれるって言ったもん。だから勝つよ」

「あなたは本當にさくらのこと好きね。でもあなたも將棋指しなら好き嫌いで事を判斷しちゃダメよ」

「うん。でもおねぇならきっと勝つもん」

ルナは「さくらの妹とは言っても、やっぱり小學一年生ね」と心思いため息をつく。

師匠から徹底的に的な思考ではなく論理的な思考で事を考えるように躾をされているルナにとって、桜花の『お姉ちゃん大好き最強!』という先観から生まれる信者的な思考は子供っぽいと思ってしまうのだ。

「そーれーに、わたしまだ見えない・・・・んだ〜」

「見えない?」

「おねぇの負けるところ」

さくら信者の妹の戯言かとルナは思ったが、桜花の瞳を見てその考えをやめた。

まるで世界のそのものを映さないような、その真っ黒な瞳は將棋盤をひとえに見つめていたのだ。まるで全ての詰み筋を読みきっているかのように。

――ゾクッ

背筋が凍りつくような覚。

まるで恐ろしいものを見た時のような覚だ。

(……って、さすがにオカルトが過ぎますわ)

この盤面で終局まで読める人間がいるとしたら、それは神か悪魔だ。

ルナは頭を振り、今じたことを妄想だと考え片付ける。

それでも桜花には見えていて自分には見えてないものがあるのではないかと再び盤面を見て思考にふける。

「…………ん〜、やっぱり私には見えないわね」

確かに有効な詰めろもすぐには起こりそうにない。しかしだからと言ってさくらの不利には変わりない。ルナは、これを見てさくらが負けないと言うのはやはり論理的ではない気がするのだ。

「にゃはは、考えてる時のルナちぃはおねぇみたいだね。大仏っぽい」

「大仏……。というかルナちぃって私のこと?」

「うん、かわいーでしょ?」

「えっ……いや……そうかしら?」

「え〜。じゃあルナルナとかルナえもんとか?」

「それはやめて。普通にルナじゃダメなの」

「面白くない」

を尖らせ、そうワガママに告げるルナ。

ルナえもんとか意味わからないあだ名付けられるよりはマシかとルナは折れる。

「…………ルナちぃでいいわ」

「えへへ、よろしくルナちぃ」

そんな一幕のかたわらでさくらの將棋はどんどんと進んでいくのだった。

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