《無冠の棋士、に転生する》第25話「大會前夜」
「だから子とは將棋指さないって言ってるだろ」
「いいじゃん一局くらい、ケチ!」
私がしつこく言ってみても「やらない」の一點張り。
角淵なら何だかんだ言ってすぐ折れてくれるのにね。
飛鳥と多分友達であろう角淵にも説得を手伝ってもらおうと思い橫を見るが、角淵くんは死んだ魚の目をして窓の外を眺めていた。我関せず。見ない聞かない喋らない。
「ああっ!! おねぇが知らない男子と將棋指してる!」
玄関の自ドアが開くとともに、セミの鳴き聲と共に可らしい聲がフロントに響く。
マイシスターの桜花ちゃんだ。
電車ではにつけてなかった麥わら帽子を被っていて、とても似合っている。田舎の田園風景でたたずむみたいだ。將來の夢は海賊かな。
タッタッタと駆けて來る桜花の後ろからはルナと神無月先生がやってきた。
3人で観していたのだろう。
神無月先生の両手にはお土産らしきものがぶら下がっている。
「ぶっちーそこ邪魔どいて」
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「ええ、ええ。分かりましたよ。ボクはそこあたりでべそかいているんで終わったら呼んでください。別に自分の扱いに拗ねてるわけじゃないですからね」
桜花に席を奪われて、角淵は部屋の隅の方の壺にブツブツの話しかける。
2つも歳下の子に椅子を取られててなんかかわいそう。まぁ、半分は私が取ったんだけどね。
そういう事で私の隣に座った桜花はグルルルとを鳴らして飛鳥を威嚇している。ライオンというより子貓だけど。
よーしよしよしよし。なでなでなでなで。
「……同じ顔が2つ。影分かぁ?」
「実は忍者だってばよ」
「ンなわけないだろ! どう見たって雙子だろ!」
飛鳥がふってきたからボケたのに。
雙子ネタは常日頃から懐でぬくぬくと溫めているのに、なかなか発揮する機會に恵まれない。マタドガスとか、細胞分裂とか。
「グルルル、おねぇに何の用? ナンパ? おねぇこいつぶっ倒していい?」
「思考回路全く同じじゃねぇか! 雙子揃って好戦的だなおい。大人しく子はちゃおでも読んでろよ」
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「私はどちらかというとなかよし派かな。飛鳥くんはボンボン?」
「コロコロだっつーの。……ボンボンって何だ?」
マジか。今の世代はボンボン知らないのか。おじさんカルチャーショックけちゃうよ。
「はぁ〜、めんどくせぇ。……一局だけだ。一局だけしてやるから終わったらどっか行け」
飛鳥が諦めたように、そうぼやいた。
よっしゃ、折れた。
さすが私。これが大人の説得力だよ。
「こらこら、ダメだよ」
やっと將棋が指せるぜとウキウキしていると神無月先生が介してきた。
「大會の前日及び前々日は大會參加者同士の対局は止されているんだ。トラブルになる可能があるからね。角淵くんと飛鳥くんの仲ならトラブルになることはないから黙認してもいいけど、君たちの対局は見過ごすわけにはいかない」
「そんなルールあったんだ……」
はええ、ネットの大會パンフを一寸足りとも見てなかったから知らなかった。
しかしなんてめんどくさいルール。
神無月先生が言っている通り仲の良い友達くらいなら將棋するのを黙認されてるところからしても、親しくない人同士が対局してトラブルを起こして大會運営に問題が発生する可能を防ぐことが目的なのかな。
參加者は大人ではなく小學生だし予防線を張っているのかもしれない。
小學生なんてだけでくだもんね。私と違って。私と違って!
「……ってことだ、殘念だったな。明日頑張んな」
「ぐぬぬ、そっちこそ私と當たる前に負けないでよね!」
「ははっ、俺はお前がたまたま偶然勝てた影人より強いんだぜ。負ける訳ないだろ」
自信満々に、まるで自分のその力に疑い一つ無いように飛鳥は誇る。
角淵より強いのか、この赤メッシュマン。
いや、自稱竜王の弟子だしこっちも自稱な可能も……。
「……そんなこと言って予選で宗一と當たっても知りませんよ」
「うぁあっ、いきなり後ろから話しかけんなよ影人! 今年は宗一にも負けねーよ。絶対に勝って優勝してやる」
飛鳥は盤上から飛車を拾い上げ、クルッと回して5五に叩きつける。
飛車はり上がると竜王になる。
盤上の最中央5五に竜王が君臨していた。
「今年は俺のり上がりの年だ。この大會で優勝すればあの人だって俺を弟子として認めてくれるはずだ」
子供らしくない……いや、ある意味では子供らしいとも言える純粋で獰猛な笑みを浮かべていた。
彼が幻視しているのは越えるべき天敵――私がまだ見ぬ最強の敵。
「ボクだって今年は翔にも、そして宗一にも、……もちろんさくら、あなたにも逆襲して優勝を取りますよ」
角淵は角で飛鳥の飛車を弾き、同じく5五に叩きつける。
挑発するように笑い、それに飛鳥も笑いかえす。
角淵の角行。
飛鳥の飛車。
2人の眷屬が――雙璧が並び立っていた。
そんな強者2人を前に私は。
「みんな私がぶっ倒す!」
そう宣言した。
それが私が生まれ変わった意味の一つなのだから。
■■■
寢室。
さくらはフロントでの騒があった後、また熱がぶり返してきたので早めにベッドにりスヤスヤと休んでいる。
そんなさくらを橫目に桜花とルナは
「おねぇ、なんかテンション高かったね」
「そうね。お風呂でもセクハラしてくるし気持ち悪かったわ」
「いや、おねぇはアレがふつー。いつもやーらしー」
「普通なの……。あなたも苦労してるのね」
「いつもならやり返すけど、今日はルナちーいたからじちょーした」
えっへん、えらいだろ、とを張る桜花にルナは嘆息する。
雙子揃って何かズレているとルナはじた。
「それにしてもおねぇ大丈夫かなー。熱下がらないと大會でられないけど」
「微熱だし大丈夫じゃないかしら。いざとなったらあなたがいるじゃない」
「?」
ルナの意図が読み取れず桜花は首をかしげる。
ふふふっと意味深に笑いルナは言葉を続ける。
「れ替わり大作戦よ。雙子だからバレないわ」
「おぉ〜、ルナちー天才。…………でもやだー。わたしが負けたらおねぇに迷かかる。わたしが勝ってもおねぇはそんなもの絶対にいらないっていうと思う」
「……あなた達、そういう所は雙子揃って真面目よね」
ルナはベッドに倒れ込み、苦笑する。
そこで2人の會話が途切れ靜かな時間が流れた。
微妙に居心地が悪くなった桜花はバックからマグネット將棋盤を取り出す。
「ルナちー、寢る前に一局しよ」
「いいわ。そうだ、そこのスペースでやりましょう」
ルナと桜花は広縁(ホテルの部屋の窓際によくある機と椅子がある謎の空間のこと)まで移して、パチパチと盤の上に駒を並べる。
「桜花、あなた最近長考することが増えたわね」
「ん、よく分からないけど考えてたら時間が過ぎてるのー。そのせいでネット將棋だと時間切れ多くてレート落ちてる、悲しい」
以前までは終盤のみだった長考が、中盤でもするようになり桜花は持ち時間を切らすようになっていた。
一度読み切れば早打ちできるのだが、読むまでが時間かかるのだ。
特に中盤は終盤と違い一度読みきっても勝ちに直接繋がらず、何度か斷続的に長考する必要があり、ここが持ち時間を浪費することに繋がっている。
駒を並べ終わると、ルナはスマホでチェスクロックを起する。
持ち時間は――互いに2時間。
「流名人戦の予選の待ち時間でやりましょうか。時間を気にしないあなたと將棋を指してみたいわ」
ネット將棋は種類にもよるが基本的に持ち時間はとても短い。
「にひひ、 ルナちー電車で負けたのに持ってる?」
「まさか。ただの好奇心よ。あなたはもしかしたら將來ルナと同じ舞臺に立つかもしれないしね」
「わたしは別に流棋士にもプロ棋士にもなるつもりはないよー。おねぇと將棋できるならなんでもいいもん」
「……今はそういうことにしてあげるわ。さぁ、振り駒しましょうか」
大會前夜。
夜はますます更けていく。
明日、桜花とルナは寢不足に苦しむのだが楽しそうに將棋を指す彼達には今はまだ関係のないことだった。
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