《香川外科の愉快な仲間たち》久米先生編 「夏事件」の後 10

「ほら、久米先生は例の事件の時に何もない所で思いっきり転倒したでしょ?

その時、普通の人間は反的に手が前に出るのが普通だけど、顔面を強打しただけで掌にも怪我は一切ナシだったわよね。

あれって、人間は脊髄反で転倒した時に手が出るという従來の學説とは異なって、後天的に學習していくものだという學説をまで張って証明してくれたわね……」

オレ數多い黒歴史の一つを暴されてしまった。特に田中先生は教授の方に行っていたので、病院には居なかった。だからだろう、田中先生は凄く可笑しそうに笑っている。

出來るなら田中先生には言えずに隠しておきたい昏い過去だったが。

オレは田中先生のことを尊敬はしているし、こんな兄が居ればいいと思うほど基本的には良い人だとも思う。しかし、その一方でからかいのネタを見つけられるとコトあるごとに言及される。オレが言われて本當にイヤなことは言葉にしないという最低ラインは守ってくれているようだが。

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「ああ、あれは普通の人間だったら長過程で學んでいくことなので、本能に組み込まれていると皆が思い込んだ『神話』めいた共通認識になっていたようですが、実際は脳が経験則で判斷していたようですね」

田中先生は大きな手で持っているので余計に華奢に見えるハイヒールを用にくるくると回しながら可笑しそうにオレを見ていた。

い頃からそういう走り回るような遊びを経験していないのでしょう。

ま、私もハイヒールを履いた経験は當然有りませんが、人間何事も経験したほうが人生楽しいですよ。

ま、私は経験したくはないですが」

矛盾することを平然と言い切ってしまう辺りが田中先生の最大の強みだと思う。

そしてオレがこれ以上抵抗の気力をなくしてしまうのも、いつものパターンだ。

「このタイプならパンストが不要だからある意味楽よ。素足で履けるでしょ。もちろん、搬送の要請が救急車からったら、即座にそのスペースは空けてもらうわよっ1

ただ、その場合、久米先生はコケる可能が高いし、私が怒鳴るよりも先に……」

杉田師長は、本來ならば大學附屬病院レベルではない――醫師の視點からだとそこいらの総合病院とか公立病院に運ばれるべき患者さん――もれてしまう。ただ、それでも部からもクレームが出ないのは、野生の勘みたいなじで重篤患者一人一人に適切な人員を差配出來る點と、現場指揮として稀有な才能と抱負過ぎる経験を持っているからだった。映畫でしか観たことのない激戦地域の野戦病院に似たじの時は怒鳴り聲が大きすぎて耳鼻科に鼓を癒しに行きたくなることも多々あったが。

「その點については想定済です。救急車のサイレンが聞こえるか聞こえないかの瞬間に、久米先生がパニくってコケてしまうよりも前に、私と柏木先生の二人で責任を持ってこのぶよっとしたを運びます。救急車が現著する時には完全に撤退して綺麗にしておきますので。

その點はお約束します。

柏木先生も巻き込んだのは――私の人だったら一人で楽々運ぶ自信は有るのですが、流石に久米先生とは重も、そしてコツも摑んでいないという致命的な違いがあるので――念には念をれて、です。

杉田師長は腕組みを――確か神科だか心理學だったかは忘れたが、両手をの辺りでクロスさせるのは「拒絶」もしくは「出來れば斷りたい」という心理が働いているからだったような気がする――解いて、田中先生に向かって笑いかけた。

「ああ、田中先生の人さんはスタイル抜群だし、重も軽そうだものね、久米先生と比べればの話だけど。それに確かにコツは摑んでいるわね」

教授のお蔭で病院の稼ぎ頭に最短で躍り出た香川外科は――當時のオレはまだ學生だった――救急救命室に教授のお眼鏡に適った有能な醫師を派遣していることでも名を馳せた、あくまで病院だけだったが。

その先駆者が田中先生だったので、杉田師長――當時は結婚していなかったので名字は違ったが、その結婚相手と師長を巡り合わせたのは田中先生だとの専らのウワサだった。ご主人は大學病院で稀に起こる訴訟を擔當する有能かつ敏腕な有名弁護士の先生だと聞いている。

俗にいう「お姫様抱っこ」は実際のところ、もっともへの負擔が軽いリフティングだが、田中先生の彼は東京デートとかで大切に扱って貰っているのだろう。それに付き合いが長い分、杉田師長は田中先生からプライベートの話も聞いているのだろう。

世界中を飛び回る貌の商社レディが田中先生の人だが、実際に見たという人間の話は聞いたことがない。

しかし。

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