《香川外科の愉快な仲間たち》久米先生編 「夏事件」の後 114

アクアマリン姫が家に帰るとプフリルひらひらのエプロン姿で玄関まで出迎えてくれていて、しかも料理の良い香りを振り撒きながら「お帰りなさい。ご飯にしますか?それともお風呂……。それともわ・た・し♡」なんて言ってくれた日には嬉しさの余り心が天に舞い上がってそのまま帰れなくなりそうだ。

オレだって男だし、仕事で力も神力も使い果たしていた後なので、斷然、最後のを選びたい!というよりもう即斷即決で押し倒したくなる。

一応「仮病」中というれ込みなのに――まあ、今の所知っているのはウチの醫局の中でも手スタッフとして選ばれている人だけっぽいのでバレないとは思うけれど――スキップしながらも鼻息が荒くなっているのを慌てて止めた。

病院はある意味閉された空間なので、ベッドから降りることを許可された患者さんとか、ナースと仲がいい事務局の、そして、何か特別な用事が有って外來診療から席を外した先生などの目がっているので気は抜けない。

そこで、ハタと気付いた。

「オレって、夫婦生活の……特に夜の営みなんて全然知らないということを。

いや、知識は有る。中高は男子校だったので仲間で「そういう」DVDの鑑賞會を開いたり、「HOW TO」雑誌も読んだし、「今更聞けない!初めてのお泊りデートで彼を悅ばせるテクニック」とかの特集が組まれたのも読んだし、記憶にも鮮明に殘っている。

ただ、悲しいことに実踐が皆無なのも事実だった。

同級生――斷っておくけれども、香川教授の「世界の至寶」とまで賞賛されている腕の腱けんをメスで切斷しようとする暴挙というか、醫療界の悪夢のような酷い目に遭わせかけた、ま、無事で本當に良かったのだけれども、あの日の夜は醫局の皆が、お祖父さんが良く観ていた覚えのある「任俠にんきょう映畫の「カチコミ」直前と言ったじで殺気立っていた。

あんなに溫厚で目立たない遠藤先生がメスを持って脳外科の醫局に毆り込みに行きかけたのは、腰が抜けるほどビックリした。

というのも、遠藤先生は教授の手技を神様のように崇あがめていて、外科醫として腕を磨くことも諦めた人だ。「何でも才能が月とすっぽん、天と地ほど違うことを自覚した。一生かかってもあんなふうにはなれない凡庸ぼんようさを痛させられたよ」と先生本人は言っている。そして研究醫がウイルスを観察するのと同じノリで「香川教授の手についてのレポート・論文」を書くことに自分の存在意義を見出している。

オレも含めてだけれども、K大醫學部にって、無事に醫師になった人はプライドも高い。

それなのに。

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