《俺の小説家人生がこんなラブコメ展開だと予想できるはずがない。》102.二度目の招集令嬢
ーー空白ーー
黒のデスク上には一見辭書に見える解説本と書き用のパソコン、高校で執筆するための最低限ワープロ機能しかないノートパソコンの極小版が雑に置かれていて、そこに付け加えられるように印刷したばかりの紙類が散している。
高校生で夏休み、と連想ゲームでもしてみれば、一発で「課題」という言葉が浮かび上がりそうだが、今のところはそうじゃない。かといって小説家になりかけの俺らしく、ワープロで打ち込んだ原稿を紙に起こしているーー言うところ、「ゲラの作」のような仕事の一端でもない。
俺は機上に置かれている書類の一部を手に取り、そして嘆の聲をあげる代わりに、長く深い溜息をついた。
「どうしたものかな。まさかネット上で付き纏われ、メールまでも送信してきたファンが本になるとはよ」
ストーカーだと思っていた人がまさかの教室の中にいて、しかも俺の小説のイラストを描くことになり……と複雑すぎて何が何だか分からなくなる。そんなことを言うのならば、俺の席の左隣、水無月桜もその例外ならぬ一例であるが。
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高校生活初日の授業をほったらかしにして、いやはや面倒な奴が隣の席になったと思いきや、あろうことか俺の部希先である文蕓部に先回りされ、パソコンばかりいじっていると思えば、いじっている理由が俺の小説の編集作業やらダメ出しやらで、噓みたいな日常ばかり過ごしてきた。
「噓みたいな日常……か。確かにそう考えたら、考えるのを止めたらそうなるか……」
誰もいない個室、自室でぽつりと獨り言を溢す。再び真っ白な天井に目を向け、上半も背中側は椅子にもたれかけさせ、天を仰ぐ。
神無月茜の相談ーー俺の小説を出版する際にイラストを描くか否かを相談した後、俺たちはそのまま帰路についた。神無月はひとりでに「別の場所に用があるから」と走り去ってしまったが、その後ろ姿は達やこれから始まる本當のクリエイターとしての人生への待が見えた。だが、それに対し、どこか虛ろ気というべきか、傍らかたわらに靄もやがとどまっていたような気もしたのだった。
「あの違和は一何だったんだ……?」
疑問が膨れ上がり、ついには口に出さずにはいられない違和。小説のイラストを本格的に描き、そしてデビューできることになぜ違和を持つのか自分でも分からないのだ。
あの「マガトが快く思ってくれて良かった」と言いながら差し向けた微笑み、振り向きざまに見えたあの不安そうな表はどこから來たのか。そしてわざとらしく二度こちらを振り返っては手を振ってきたあの笑顔の裏側にはなにがあったのだろうか。
「さっぱり分からねえ……これだから時雨にも『察しろ』なんて言われるんだろうな。っでも、分からないことは分からないんだよ」
それにした察したとしても、前も一度考えはしたが、やけに事が上手く運び過ぎている。
編集者であり、アシスタントでもある水無月桜、昔からネットイラストレーターで、新聞部員でもある神無月茜。作家としての水無月の編集者であった掛依真珠がクラスの擔任。
そして、
俺が通う山が丘高校の理事長であり、ヒカリ&ナイトレーベル文庫の編集部、編集長である、水無月桜の実母、水無月雅。
特段運が良かったとも悪かったとも思わないーーがしかし、俺の擔任が掛依真珠であることは運が悪いというか、悪運としか思えないが。全て高・校・繋・が・り・であることはやはり腑に落ちないものだ。
しかもタイミングを見計らったかのように、俺の元に出版依頼の通知が來たのは高校に學するちょうど前の時。どうにも誰かが意図的に、しかも全てを見・・か・し・た・う・え・で計畫したようにしか思えない。
だが、どうやって俺の報を知った?
第一、どうしたって山が丘高校に學することを決めた一因なんて特定できないだろうし、それに掛依真珠だってそんな何度も転勤は出來ないはずだ。しかもそう予想するならば、俺が高校に學した後に水無月や神無月のどちらかでも転してくるのが、合わせてくるのが普通ではないか。
いやしかし、俺の周囲にクリエイターを配備させるために彼らの人生を犠牲にするとも思えない。
「わっからん……」
俺は再び獨り言を溜息と同時に吐き散らかした。それでも多分というか大方目途が付いていないわけでもない。首謀者の名前は聲に出さずともあの人しか考えようがないと中、自答しつつ俺はふと視線を天井からデスクに移す。
すると突如、び聲をあげてしまった。「真夜中に何事か!!」と騒音被害を訴えられそうなので、咄嗟に口を閉じたが。
ピコン、とパソコンから音がしたのである。つまり招集狀メールが屆いたことの他ならない。
俺はその容に思わず聲をあげてしまったのだ。
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AM:0:12
From:水無月(如月)桜
To:曲谷孔(早苗月亮)
件名:本は読み終えたかしら?
本文:
先日はどうもご苦労様。作品の方は順調に書けているかしら。まさかデートだけして終わり……なんてことはないでしょうね。もし、そうなっていたとしたら「缶詰」にしてあげるから覚悟してなさいわね。
それと、件名にも書いたけどもう本は読み終えた?ああ、なるほど読めたのね。なら明日、というか今日の1:00頃に私の家に來なさい。
それだけよ、じゃあ明日……ではなく今日ね。
p.s:本は自分で返しなさい
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いつも通りの展開、定石に呆れるしかない。まず一つ、「覚悟してなさいなさいわね。」ってなんだよ、せっかく説教じみているし、脅迫めいた分でもあるのに、この一言だけでゆるゆるですよ。しかも電話ではなくメールであるのに、なぜ話し口調なのだ、今日と言い換えるのなら再度書き直せばいいことではないのか。
まぁしかし、なぜこんな破天荒な文を送りつけたのかは明日聞くとして。
「まだ半分しか読んでないじゃんか……」
辭書のように分厚く、しかも漢字ばかり羅列している解説書、『自作の小説が出版されるまで~序章~』如月桜著。
なんという作品を、本を書いたのかと嫌気を差しながら、俺は眠気眼にわれるのを拒む。そして、栞が挾まれているページから再び読み進めることにしたのだった。
というか、ここまで連続出勤させるとか、やっぱり世知辛い世の中だな。
いや、単にあいつ水無月桜が世知辛い人間なだけなんじゃないか。
と、深く、長い夜がまた始まったのだった。
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【TOブックス様より第4巻発売中】【コミカライズ2巻9月発売】 【本編全260話――完結しました】【番外編連載】 ――これは乙女ゲームというシナリオを歪ませる物語です―― 孤児の少女アーリシアは、自分の身體を奪って“ヒロイン”に成り代わろうとする女に襲われ、その時に得た斷片的な知識から、この世界が『剣と魔法の世界』の『乙女ゲーム』の舞臺であることを知る。 得られた知識で真実を知った幼いアーリシアは、乙女ゲームを『くだらない』と切り捨て、“ヒロイン”の運命から逃れるために孤児院を逃げ出した。 自分の命を狙う悪役令嬢。現れる偽のヒロイン。アーリシアは生き抜くために得られた斷片的な知識を基に自己を鍛え上げ、盜賊ギルドや暗殺者ギルドからも恐れられる『最強の暗殺者』へと成長していく。 ※Q:チートはありますか? ※A:主人公にチートはありません。ある意味知識チートとも言えますが、一般的な戦闘能力を駆使して戦います。戦闘に手段は問いません。 ※Q:戀愛要素はありますか? ※A:多少の戀愛要素はございます。攻略対象と関わることもありますが、相手は彼らとは限りません。 ※Q:サバイバルでほのぼの要素はありますか? ※A:人跡未踏の地を開拓して生活向上のようなものではなく、生き殘りの意味でのサバイバルです。かなり殺伐としています。 ※注:主人公の倫理観はかなり薄めです。
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