《の黒鉄》第2話 渦中へ
トラックに港した戦艦大和は大型艦の錨地である夏島錨地で、碇を下ろした。
その大和の艦橋の最上部にある主砲撃指揮所の上、本來なら人がいるはずも無い危険な場所に一つの人影が見える。
その人は帝國海軍にいないはずのであった。
しい黒髪に吸い込まれそうなほど真っ黒な黒い目。
格は背が高く、全的にスレンダーであり、帝國海軍の白い夏期用士服をにまとっている。
きゅっと凜々しく口を結びつつ張した面持ちでまっすぐ前を見つめている。
機関が徐々に停止し、完全に止まるとそのは張した表を説き、そこから靜かに腰を下ろした。
「平和だな~」
今までの雰囲気からは想像もできないようなのんびりとした口調で一言呟く。
彼の名は大和。この戦艦大和の艦魂である。
艦魂とは船霊とも言われ、船に宿る魂のことである。古來から船にはの魂が宿るとされており、船に姉妹艦のようにを表す言葉が著くのもこれが原因だ。
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船にが乗るとこの船霊が機嫌を悪くし、船を沈めてしまうと言う理由から船は人制であった。
この話はさておき、大和がのんびりと周りの風景を楽しんでいると近くに青いが収束してきた。
そのがまぶしいくらいにまで輝き、すっと消えるとそこからまた別のが姿を現す。
「大和、ようやく到著しましたか。待っていましたよ」
靜かそうな雰囲気で佇むそのは長門の艦魂である。
全的にバランスの取れた型をしており、黒の落ち著いたの著をにまとっている。
「あ、長門さん! お久しぶりです! 前回は柱島でお會いしましたよね」
「ええ、覚えていらしたのですか。嬉しいことです」
長門は目を細めながら微笑んだ。
その後もしばらく雑談を重ねた後に、ふと長門がまじめな顔をして大和に言った。
「大和、連合艦隊の旗艦のことで話があります」
次の瞬間、今までのんびりしていた大和が一気に表を変えた。
「ええ、私も聞いてます。何でも連合艦隊旗艦を長門さんから私に切り替えるとかで」
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「その通り。昔から連合艦隊旗艦はその時代最強の軍艦が擔うのが伝統ですから、大和に移るのは當然のことでしょう」
これには多くの理由があるが最も大きな理由の一つに連合艦隊旗艦というのは、その名の通り連合艦隊全艦の指揮を統率する必要があることが上げられる。
つまり、通信機能などは最新のが求められるのだ。この時、最新の通信機能を備えるのは基本的にはその時代の最新鋭艦であることが多い。また、最も強力な艦は様々な機能が他艦と比べて抜きんでて優秀なが奢られることが多い。
このことから、1941年現在の最新かつ最強の軍艦である大和が連合艦隊の旗艦となるのは必然と言えよう。
「しかし、現在いつ戦爭が始まってもおかしくない狀態です。有事の時に私を連合艦隊旗艦にして司令部は私の使いどころを見失うなんて事は無いでしょうか?」
「その點に関しては司令部を信じるしか無いでしょう。あるとも無いとも私からは言いかねますよ」
長門は難しい表をしながら答える。
この問題は連合艦隊司令部自の問題であり、彼ら艦魂がどうこうできる話では無い。
歯がゆい限りではあるが、彼らには手を出せないのだ。
「そうですか……」
大和は不安そうに顔を曇らせた。
長門はその大和の頭に手を乗せ、優しくでた。
「大丈夫。そもそも戦爭にならなければいい話です。あなたが使われることが無いことが一番良いのですよ」
「そうですね!」
そう言って、二人は小さく笑い合った。
彼らの小さなみは、儚くも崩れ去ることを後に知ることになる。
年の明けた1942年元旦。
正月祝いで盛り上がる日本に水を差すようなニュースがってきた。
ドイツがアメリカと不可侵條約を結んだのだ。これはアメリカの背後の安全が取れたことも意味している。
元々、イギリスはアメリカとの戦爭に対しては消極的である。
これの理由はアメリカとイギリスは兄弟國であることとアメリカが強力な國であることが挙げられる。
アメリカはイギリスから獨立したとは言え、元は同じ國民であったのだから戦爭をしたくないというのは肯けよう。また、アメリカの國力が強大であるため表立っての対立は避けたいことは言うまでも無い。
ゆえにアメリカの背後から襲う可能があるのはドイツのみと考えられていた。
しかし、今回の條約によりアメリカはドイツと不可侵條約を結んだことにより、戦力のほとんどを太平洋に送り込むことが可能なのだ。
このことは日本としてはゆゆしき問題である。
當初、日本の外務省はフランスとの同盟の関係上、アメリカとドイツが不可侵條約を結ぶことはないであろうと考えていた。
アメリカは現在、フランスと同盟を結んでいるがそのフランスは、ドイツを敵視している國だ。
ドイツのホロコーストはフランスの自由主義から逸する考えであり、フランスはドイツとは犬猿の仲であった。元々隣國は仲が悪くなりやすいものであったが、この二カ國は特に激しいものである。
しかし、アメリカは日本の予想に反し、何かしらの方法でフランスを説き伏せ、ドイツと條約を結ぶことに功した。
これは日本が窮地に追い込まれる可能のある事態であることは誰の目にも明白であろう。
今後の方針を考えるべく日本はイギリスに外務大臣を派遣。イギリスと有事の際における日本との関係について再度確認を行う。
しかし、この渉において対米戦に関する明確な回答は得られず、渉はうやむやになってしまった。
そんな世界が混する中、ドイツは急激にき出した。
1942年2月14日未明。突如、ポーランドへと侵攻。この直後、タイミングを計ったかのようにソ連も時期を同じくしてポーランドに侵攻を開始する。ポーランド軍の闘もむなしく東をソ連、西をドイツに占領されてしまう。
おそらくは影で何かしらの取引があったのであろう。
これにイギリスをはじめとする世界各國は非難聲明を出したもののドイツやソ連と戦爭を行なおうとする國はいなかった。
當然、戦爭となれば大きな被害が出る。場合によっては負ける可能すらあることをわざわざ他國のためにするお人好しな國などどこにも存在しない。
これで完全にポーランドは世界から見捨てられることとなった。
ドイツのヒトラーはソ連を不倶戴天の敵と見ており、両國がそれで留まるとは日本の外務省は考えていなかった。すると案の定ドイツはこれのみでは留まらず、ソ連に宣戦布告。
これに呼応し、イタリアもソ連に宣戦布告を行い、獨伊連合対ソ連の構図ができあがる。
アメリカやフランスと言った諸國はドイツとの関係を意識し、協力的であったソ連との関係を斷ち切り、靜観をしている。
この事態に対し、最も危機を抱いたのはイギリスであった。
イギリスはドイツとの関係が冷え込んでおり、もしソ連が倒されたとき、次の標的となるのはイギリスの可能が高い。
この時、フランスは靜観をするどころか呼応する可能すら考えられる。
このような事態を避けたいイギリスはソ連への支援を行いたいが、日本はこれに渋った。
日本はソ連との國境も近く、ソ連と戦爭になればイギリスから送られた支援資が日本の脅威となることも考えられる。
このことから日本とイギリスは再度渉の場を設け、互いの利害との関係を見直すことにする。
その渉の結果、日本はイギリスによるソ連への支援を認める代わりに(無論、その支援資が日本への脅威とならぬようイギリスは全力を盡くす)、対米戦におけるイギリスの軍事支援(武力介を含む)を認め、渉は終了した。
そして、ついに世界は大國ソ英連合と獨伊というヨーロッパの大國がぶつかり合う戦爭にまで発展した。この飛び火はやがて太平洋を襲うであろうと日本の誰もが考えていた。
世界がまた大きな戦果へと突き進む時、長門の艦橋にある長公室で二人の艦魂がいた。
「近いうちに戦爭となるわね」
新聞を読みつつ、小さく呟いくのは長門だ。
その橫にはボーイッシュな髪型をした陸奧の艦魂が立っている。
「ああ。戦爭となれば多くの艦が傷つくな……」
言葉なく、返答をした。
その目からは悲しみのが見える。
「敵は恐らくアメリカよ」
長門の言葉には悲しみが宿っていた。
彼らは何度かアメリカ艦と流があり、彼らの素晴らしさはよく分かっている。
それ故、爭いたくなど無い。
「そうか。それだけは避けたい事態だったが無理だったか」
陸奧も悲しそうな表で話す。
不意に艦が強いに流れて周囲に渦がいくつかできた。周囲を漂う木の葉が巻き込まれていく。
その巻き込まれていく木の葉を二人は見つめていた。
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