《の黒鉄》第34話 大艦隊?
「……」
呂一〇はハワイー本土間を航行する米海軍の軍艦の撃沈を行うべく、深度三〇にて潛行し音を探っていた。
もう潛行を始めてから半日が経とうとしている。
そろそろ浮上し、空気をれ換えないと危険な時間帯だ。念のため、空気清浄缶を持ってはいるものの余り能は良くないために極力使用は控えたい。
「うん?」
右の方から何かの音が聞こえた気がして、呂一〇はそこに神経を尖らせた。
何かをかき回すような音が聞こえてくる。それも一つや二つでは無く、數十下手すれば數百単位のものだ。
「……」
聴音兵も気付いたのか、音を拾った旨を知らせる手を挙げて、艦長に伝える。
「二時方向に多數のスクリュー音を確認! 敵の大艦隊と思われます」
聲を押し殺しながら、聴音兵が言った。
「大艦隊だと? どちらに向かっているか分かるか?」
「いえ。ですがおそらくはハワイから米本土に向かっているものと思われます。右から聞こえ始めたことからこの艦隊はハワイから來た可能が高いです」
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「ならば、余計に分からんな。敵が大艦隊をかす理由が分からん。何せ敵は大きな被害をけたとは言え、完全に力を失ったとは言えない。故に撤退するとは思えんし、艦隊を移させる意味が見つからん」
流石の艦長もアメリカ海軍とイギリス海軍の間で行われている大西洋の戦いが関係してくるとまでは読めなかったらしい。何せこの報は両軍にとっては分かってはいても極事項だ。他國の人間がそう簡単に摑めるようなものではない。日本軍上層部は陸軍の報局の功績により摑んではいたが、確信を持ててはいなかったために、海軍全には伝えてはいなかったのだ。
「とりあえず確認をするぞ。潛鏡深度まで浮上!」
艦長は小聲で指示を出した。とにもかくにもその姿を確認しないことには攻撃をするかどうかを判別できない。
味方には敵艦隊を見つけたという合図の鯨の聲のまねを行った。
鯨の鳴き聲というのはかなり遠くまで屆くため、敵の聴音兵に聞かれても気付かれない場合が多いのだ。
すぐに呂一〇は艦に貯めてあった海水を圧空気で噴出させて船を浮き上がらせていく。
「潛鏡上げ!」
指揮所の中央に大黒柱のように立つ柱が下からせり上がっていき、艦長の目線の位置で停止する。
「潛鏡深度です!」
兵士の一人が艦長に告げた。その聲は張を含んでいる。何せ、この狀態において潛水艦は無防備だ。敵に攻撃されたらひとたまりも無いのだ。
「……」
艦長一言も言わず、潛鏡を抱え込み、一周回して周囲の様子を探り、すぐに潛鏡を下げるように命じた。
「確かに報告のあった方向に何隻かの艦影を確認することが出來た。しかし、妙だ」
「何がです?」
「確かに多くの軍艦の姿が確認できたのだが、明らかに輸送船の數が多すぎる」
艦長が見た瞬間に確認できたのは十隻ほどの艦影。しかし、そのうちの八隻近くが輸送船の姿であったのだ。
確かに大規模な船団と言えば分からないでも無いが、數百隻もの艦艇の大半がと言うことは考えずらい。
「まさか、敵はハワイ本島から本當に完全な撤退を行っているのでは……」
「とにかく味方に敵を伝えろ」
今度は鯨の鳴き聲のまねを使って敵との距離、方位を味方の潛水艦に伝える。
「伊一〇が本艦右舷に浮上してきます!」
聴音兵が音で判斷する。
その直後、伊一〇から攻撃を行う旨の連絡が來る。
「すぐに潛行するぞ!」
艦長は敵に位置をバレるのを恐れて潛行を開始した。
これによって一隻は敵艦の様子を探ることに専念でき、もう一方は敵を攻撃することに専念できるという利點がある。
「急速潛行!」
副長が命じて慌ただしくも靜かに艦の乗員がき出す。
艦にっていた空気が今度ははき出され海水をれて、重くなった船は一気に潛行していく。
「伊一〇、魚雷を発!」
聴音兵が周囲の音に混じって聞こえた圧空気噴音を聞き、艦長に報告した。
「伊一〇も急速潛行を開始しました!」
二隻は一気に潛行していき、深度七〇で停止した。
「敵狀変わらず!」
おそらくは敵はまだこちらが魚雷を撃ったことに気付いていないのであろう。
(そのまま、そのまま行け!)
艦長は祈るように思った。
そして……。
「魚雷到達時間です!」
その聲に同時かし遅れていくつかの発音が聞こえた。
「……」
しかし、誰も歓聲は上げない。この瞬間洋上では潛水艦の攻撃に気付いた敵の駆逐艦が死にものぐるいで聞き耳を立てながらこちらの位置を探りに來ているからだ。
數からいっておそらくは三隻ほどの敵艦に撃沈ないしは大破に値する被害を與えられたと艦長は手応えをじていた。
呂一〇も嬉しさをじてはいたが、今はそのを耐えていた。
「敵スクリュー音探知! 本艦右舷二時方向、距離一〇! 駆逐艦と思われます!」
聴音兵が言った後、シャワシャワと水をかき回す音が乗員にも聞こえるほどにまで迫ってきた。
(バレるなよ!)
呂一〇、そして伊一〇乗員の思いはただその一言に盡きた。
いつ聞こえてくるか分からない雷の投音に怯えながら、呂一〇はその音が消えるのを待った。
しかし、この戦果が後に多大な影響を與えることになろうとはこの中の誰が予想できたのであろうか。
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