の黒鉄》第36話 連合艦隊の分かれ目

「今後の米海軍へ向けてどのような対策を練るべきか諸君等の率直な意見が聞きたい」

古賀は連合艦隊司令部の幕僚の前で言った。

彼の聲には張が見えているのは當然と言えよう。この場での決定が今後の日本の趨勢を決める上で大変重要な立ち位置になってくるのだ。

既に幕僚達には米國のに関しては伝えてある。

「私が思いますに現狀としては米軍を漸減作戦を用いて、すり減らす以外に手は無いと思われます」

まず、そう言ったのが森下だ。

「現狀としては米海軍の本拠地のサンディエゴを直接叩くには距離が遠すぎる上、敵の哨戒の目も厳しく戦果は期待できないでしょう。故に今は連戦で疲れた將兵を休ませ、來る米海軍との決戦に備え、國力を増強し、待つべきです」

「それでは米海軍に痛打を與えることは出來ないでしょう」

森下の意見に反論をしたのが草鹿だ。

「米海軍はその程度で戦爭を諦めるような弱な民族ではありません。おそらくは勝てるまで戦い続けるでしょう。ですから手は一つ。ハワイを足がかりに敵本土に急襲を掛け、國民の戦意を損失させるか、弱った米太平洋艦隊を完なきまでに叩きのめすのです」

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「それでは危険すぎます!」

草加の意見に森下が反論した。

「確かにハワイを得ることは簡単でしょう。されどその後のハワイの維持や補給はどうするのです? 本土からは遠すぎて補給路が極めて長大になります。そのような狀況で敵が潛水艦でも送り込んでくれば、我々としては手の打ちようがありません。シンガポールと本土の航路とは訳が違いますぞ!」

「しかし、アメリカは一度徹底的に叩いて國民に知らしめなければあの國には絶対に勝てん。いずれ必ず我が軍を超える兵力を備え、我が軍は敗北するでしょう」

「今から負ける気でどうするのです!」

「真実を言っているまでです! アメリカには消極論では勝てません! なぜならあの國が最も得意とする戦いこそ消耗戦であり、消極的な戦いだからです!」

「他に意見は無いのか?」

會議が二人の意見一に染まってしまったがために、し話を本題に戻そうと古賀が言った。

一人手を挙げる者がいる。通信參謀の中島親孝だ。

「手はございます。しかし、果して実現可能かどうかは分かりませんが」

「いや、構わない。なんで言ってみてくれ」

「イギリス海軍と協力し、太平洋方面から強力な攻撃をアメリカに仕掛けるのです。その前哨基地をハワイにするのではなく、イギリスと友好國であるオーストラリアに協力を仰ぎ、ここを拠點としましょう」

「イギリス海軍にそんな余裕はあるのか? 第一、アメリカ本土までの距離はオーストラリアからとハワイからとではまるで違う! それであれば、ハワイを取ってイギリスと協力し攻め挙がった方がまだ有効打を與えやすい!」

「しかし、輸送の能力を考えればハワイは厳しいと言わざるを得ません」

草鹿の反論に中島は言い返す。

どの意見にも一長一短があり、難しい問題だ。ただ大まかに分けるのであれば、中島、草鹿案は攻勢重視の考えであり、森下の意見は守勢の考えと言えるであろう。

「分かった。まず、守勢に出るべきか攻勢に出るべきかそれだけでも決めよう」

宇垣がこれ以上の話し合いをしても対立を起こすだけだと考え、大まかな流れを決めようと言った。

「まず守勢に回るべきだと考える者は?」

森下を含め、數人の幕僚が手を挙げるが余り主流派では無い。

「では攻勢に出るべきだと考えるのは?」

草鹿を始め、數多くの幕僚が挙手をする。

「分かった。では攻勢に出よう。ではどのようにすべきかだ」

そう言って、古賀は皆を見ながら言った。

「この時に大事となってくるのはアメリカにどう當たるべきかだ。恐らく我が軍だけでアメリカに當たるのは危険すぎる。當然、イギリス軍との協力が必要だ。その協力をどうすべきか。そしてどのようにアメリカを追い込むのかも大事な考えとなってくる。當然だが終わり方を考えなければ、目標が定まらない。そうすれば、我が軍は無駄な犠牲を出すことになる」

そう言って古賀は皆を見渡す。幕僚の顔に出ているのは不安の二文字だ。

もし、この場での決定が間違えるようなことがあれば大日本帝國の滅亡を意味する。その責任は計り知れないであった。

「大丈夫だ。貴殿等が最大限の結果を出せば、決してアメリカに勝てぬと言うことはない」

古賀は表を緩めながら言ったが、それは本心では無い。

正直、古賀の中では降伏という二文字が限りなく大きくなっていた。當初の日本の方針はアメリカ國の厭戦気分を利用して講和への道を模索していたが、それがほぼ不可能となった以上、アメリカを武力で屈服させるしか無い。だが、アメリカは日本の國力の十倍はある強國だ。

(私は敗戦後の日本に批判される連合艦隊司令長になるやもしれん)

ふとそんな考えをしながら、會議を見続けていた。

「長……」

大和は古賀の表を見ながらその中を察し、悲しげな目で見ていた。大和も日に日に大きくなる古賀と同じ考えに苦しめられていた。

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