マイケル達の機の周囲に黒煙が吹き出し始める。敵艦の対空撃なのであろうが、その激しさは思ったほどではない。そもそも大規模な海上兵力に対し大規模な航空兵力が本格的にぶつかった初の戦闘だ。おそらくは今まで対空撃なぞ想定したことも無かった艦艇ばかりであろう。

日本艦隊の対空撃がそれほど協力ではないのはやむを得ないことであったろう。それでも日本海軍の対空砲火に捕らわれ火を噴かずとも白煙を上げながら高度を落としていく機が何機いた。

「ドック二番機、被弾！　離する！」

「イーグル三番機、敵機撃墜！」

「おい、そっちはだめだ！」

「助けてくれ！　完全に背後を取られた！」

無線機からは様々な會話が聞こえてくる。中には味方の機が落とされたと思われる発音や敵機の機銃弾を被弾したのか會話途中で途切れるものもある。

上空というのは逃げ場がない。一度火を噴き消火できないと燃えさかる棺桶に閉じ込めれたも同然だ。助けなどない。助かりたければ自分で一機でも多くの敵を落とし、生き殘る確率を高めるしかない孤獨な戦闘だ。

ある意味その點では海上の艦艇の方が恵まれているかもしれない。

そんなことを考えながらもマイケルは周囲への警戒を怠らない。ジョンはまもなく急降下軌道にるために縦に集中している。敵の発見が一秒でも遅れれば、火を噴くのはマイケル達の番だ。

「敵機！」

自分たちの機の五時上空だ。敵機はこちらめがけて真一文字に突っ込んでくる。

「落ちろ！」

敵機に標準を合わせ、旋回機銃の引き金を引き続ける。ドンドンと頼りがいのある発音が響き、薬莢が機外へと飛び出していく。裝備しているのは７，６２ミリブローニング重機関銃だ。機関銃では決して大きくは無いが、敵の牽制程度にはなる。

しかし、敵機はヒラリヒラリと蝶のように華麗に躱していく。

周囲の機も敵機に気づいたようで何本かの線が一機を目指し、びていく。だが、敵は一向にひるむ気配は無い。まっすぐにマイケル達の機めざし突っ込んでくる。

最初こそ遠くであったため、詳細までは分からなかったが急速に距離をめることでパイロットの顔まで認識できるほど近づいてきた。

戦闘機と言うにはあまりにも華奢なその機はどちらかというと偵察機といった方がしっくりくる。アメリカの戦闘機はどれもがいかにも頑丈そうな機でまさに戦闘を意識したボクサーのような構造をしている。だが、日本軍機は全的にほっそりとした機で機関銃の一連で落とせそうなほどだ。しかし、この機が先の戦闘で合衆國の數多の機をたたき落としたのだ。

パイロットは口元をマフラーのようなで覆っており表は伺うことはできない。逆にそれがどこか人間離れした恐ろしさを醸し出していた。

「く、來る！」

彼は思わずんだ。

しかし、彼が思い描いたような未來は起きなかった。味方の線が敵機を絡みとり、瞬く間に火を噴いて落ちていったのだ。おそらくはエンジンないしは燃料タンクに被弾したのであろう。それにしてもあまりにもあっけない最後に彼はしばらくの間、落ちていく敵機を見ていた。

「マイケル！　急降下を始める、舌をかむなよ！」

ジョンから聲をかけられ、はっと我に返り周囲を慌てて見渡した。最初は周りにいた５機の機が、今では３機にまでその數を減らしている。

仲間の死を悼む暇は無い。ここで自分たちが落とされれば彼らの思いが無駄になる。

「はい！」

マイケルの返事を待っていたかのように機は急降下を始めた。に浮遊をじ、臓が持ち上げれる覚がする。機の速度計はぐんぐんと上がっていき、時速６００キロを超えんとしていた。見る見る海面が迫ってきて敵艦の姿もふくれあがっていく。

「まだだ、まだだ！」

ジョンは自分に言い聞かせるように呟く。マイケルの目線は後ろを向けないため、どんな艦を狙っているのかは分からない。しかし、周囲におこる対空砲火の黒煙の量から見て大型艦であることが予測できた。そのうちの何発かは機のすぐ近くで炸裂し、機を激しく揺らす。機に激しい金屬音が響き、今にも落とされるのでは無いかという思いが頭をよぎる。

「投下！」

そんな思いはそこで途切れた。ジョンの言葉を聞いて構えた。この後やってくる衝撃に備えているのだ。

機が急激に引き起こされることでにものすごいGがかかる。まるでを萬力で締め付けられるようだ。視界の端にブラックアウトの兆候である黒い影が迫るがなんとか気を保たせ、自機が放った弾の機を見る。

狙ったのは戦艦のようだ。巨大な砲塔が前と後ろに二基ずつ付いているのが見えた。艦上構造の周囲から猛烈な対空砲火を打ち上げている。

自機の放った弾は敵艦の全部にあった砲塔脇に命中。周囲にいた多數の兵士を吹き飛ばすのが見えた。

「命中！」

に押しかかるGに耐えながら怒鳴った。だが、脳ではあれで敵船艦に致命的なダメージを與えられたとは思えなかった。

「よし。マイケル、帰る……」

ジョンがそこまで言ったときのことだ。

マイケルは何が起きたのかは理解できなかった。目の前が急に真っ赤に染まり、視界は急速に漆黒に塗りつぶされていった。

秋月型が放った高１０センチ砲弾がマイケルの機に命中。これを散した瞬間であった。