《高欄に佇む、千載を距てた染で》追慕

第四話

すっかり寂れた故郷。

の実家は、疾《と》うに無くなっていた。

染橋も嘗《かつ》てより古くなってるのが明らかに……

変わらないのは、橋の下を流れる川の流れと橋から見る空の景だけだった。

あいにくの曇り空。

『何年? 何十年…… ここで約束した事に、縋り付いていたのだろう』

改めて、歳を重ねたが若かりし日の思い出を掘り起こしていた。

『やっぱり…… あれは、淡い思い出……

何故、もっと早く気付かなかったんだろう。気付いていたら、もっと違う人生だったのかも。でも今は、そんな事どうでもいい。やっと…… やっと、踏み出せそうだから。

もうこれで、この場所とも、この橋とも、この景ともお別れ……

さようなら   染橋。

さようなら   淡い思い出。

最後に、この橋から見る綺麗な夕を見たかった…… 』

そう橋の上で誓い、前を向いて歩み出そうとするに……

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僅かな雲の切れ間から…… 夕が一瞬、顔を出す。

川の水面に一筋の夕

『ふふっ。ありがとう染橋。やっと最後に願いを葉えてくれて…… 』

……

2ヶ月後。

靜かな染橋。

橋の真ん中に人影。

背が高い、中年の男

「何十年ぶりだろうか? この橋に來たのは。街はすっかり変わってしまって。

でも、まだこの橋は殘っていたんだな。

……ごめん」

小さな聲で謝った男。

かつてこの橋でと約束をわした男。

今頃、何故ここに。

スーツを著て、白いシャツに……

 ……黒いネクタイ。

「ごめんな。俺が約束を…… 破ったんだよな。ずっと心の奧に罪悪みたいなのが、あったけど……

俺がお前の所に行ったら…… お前の幸せを壊すかもしれなくて…… 行けなかった。

てっきり幸せになってるとばかり…… 思ってたから。ずっと守ってくれていたんだな、約束。        本當にごめん。

でもあまりに早過ぎるだろ!

まだまだ人生これからだろ!

なんで、よりによってお前が…… 」

は、この橋に來た2ヶ月後に突然の……

人生の終わりを迎えた。

やっと…… 摑めそうな幸せを まえに。

男は、自分を責めていた。

幸せに暮らしていた男だったが、やはり気に し続けた人生だった。

男の脳裏に若かりし頃の思い出が……

「この橋で、々 話をしたな。夕を見ながら暗くなるまで。楽しかった。

そして…… 好きだった。      なのに……

染橋か。

もっとアイツにを與えてやってくれよ!約束を破った俺じゃなくアイツに……

せめて……   生きていてしかった。

そしたらいつか」

橋の欄干に両手をつき俯き、川を眺めながら。

ふと男が顔を上げる。

真っ赤な夕

「この橋から見る夕は、こんな赤かったか? こんなに綺麗だったか?

くそっ。

俺は、そんな事も忘れてしまった程……

ごめん、こんな男で。

もう一度だけ…… この夕を一緒に見たかった」

男は、夕が沈んでもずっと佇んでい

た。

、染める…… 染橋で。

……

目が覚めた。

どの位、寢ていたのだろうか。

いや、いつも通りだった。

一晩の夢で、他人の人生を観た夢なんて勿論初めての経験。

まして、目が覚めてもはっきりと夢を覚えているなんて……

あの橋に行った事が、あの二人の思いを自分に伝える為のきっかけになったのか……

夢なのに真実の出來事の様な、二人の想い。

それを確かめる為、あの橋に再び向かった。

いざ橋に著くと、夢に出て來た風景とはまるで違っていた。初めに來た時と同じ、寂れた橋。かつて街があったとは想像出來ない程、荒れ果てた周りの景

橋の真ん中に進み、川を覗き込む。

川の流れは、夢と同じ。

その川に途中で買った白い花を、そっと流した。

夢が真実かどうかは分からない。ただ、の思いに…… せめて花だけでも添えてあげたかった。

あの二人にとって大事な思い出の夕は、とても見る事が出來ない空模様だった。

やはりここから見る夕は、あの二人だけのものらしい。

そっと橋を後に……

橋の終わりに差し掛かった時、

一瞬  風が通り過ぎた。

一度きり。

それ以降、風は吹かなかった。

振り返り、橋を見返す。

何も無い。誰もいない。

不思議な経験をしたけれど、おでこの橋とこの景は、ずっと自分の心に殘るだろうと……

染橋を後にした。

橋を後にしてから、あんなにはっきりと覚えていた夢の記憶が……

橋から遠ざかる程、夢の記憶が消えていった。

何となく記憶に殘ったのは、帰り際に……

一瞬吹いた風のだけだった。

第四話    終

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